第21話 旅の仲間(笑)1
そして夜。
とは言っても、ダンジョンの中では夜も昼も区別はつかない。
だが、俺は屋敷に備えられたスナイク作の怪しい時計を眺めて、今が夜の十時であることを確認していた。
この時間にこっそり屋敷を出て、約束の人物と出会う手はずだ。
向こうは時間ぴったりに、約束の場所にやってきていた。
計画通りのはずだった。
ただ、問題は……。
「約束通りに来たな、グルーム。だがすまない、先客との話が終わるまで待ってくれ」
眼鏡にスーツの行商人・因幡は、屋敷の裏手で誰かと話をしていた。
相手はモンスターではなく、ダンジョンマスターのジジイどもでもない。
「あれ、お前は、また?」
そこにいたのは、何度も出会った盗賊少年の、ピットだった。
「あらまー。ホントに縁があるねアンタとは」
「あんまり良い縁でもなさそうだけどな」
「それはこっちのセリフだっつーの、旦那様」
「旦那様って言うんじゃねーよ!」
そんなピットと俺のやりとりを見て、因幡が意外そうな顔をする。
「なんだ、名前を知っているだけかと思ったら、あんたたちお互い、顔見知りなんだな」
「え? こいつがボクの名前を知ってるの?」
「ああ。爆弾の納品の際に会って、彼の方からピットの名前を出してきたんだよ。その時は知り合い同士だとは思わなかったが」
「まあそもそも俺とピットは、知り合いってほどの仲でもないけどな」
「ちょっと、因幡から聞いたわけでもないなら、何でグルームがボクの名前を知ってるの?」
「ダンジョンのモンスターたちが教えてくれたんだよ。お前相当な有名人らしいな」
「ふーん、モンスターから聞いて? ボクがピットだって? 知ったんだ?」
「ああ、そうだよ。何か文句あるのか?」
「文句はあるけど、まあいいや。やっぱりにぶいねアンタ」
「なんだと、ケンカ売るつもりか?」
「おい、俺の客同士でもめるのはやめてくれよ。ケンカだけは売り買いしない主義なんだ」
因幡の言うことも、もっともだ。ここでピットともめていても、何も得しない。
屋敷をこっそり抜け出してきたのに、騒動を起こしてゴシカたちにバレてしまったら、予定は水の泡だ。
俺が引き下がったのを確認し、因幡は改めてピットに向き直って、話をまとめに入った。
一体何を売買したんだろう、こいつら。
「とにかくピット、例の件についてはさっきの情報で以上だ。あとはお前の幸運を祈るよ」
「へっへー、それは任せてよ商人さん! 宝を買い取れるだけの金を、ちゃんと用意しておいてね!」
なんだその話。商人と盗賊が、冒険ゴコロをくすぐる話をしているぞ。
「宝って……? ひょっとして、このダンジョンに眠るって言われてる、あのお宝の話か?」
「ばーか、情報料を払ってないお前に、大事な宝の話をするわけないだろ」
「ピットの言う通りだ。情報とはいえ大事な商品、これ以上こちらの話に立ち入るなら、対価を払ってくれ」
「はいはい、そりゃ悪かったよ」
さすがに金にシビアな職業の二人だ。言ってることも理にかなっている。
でも少し、その話を聞いてみたかった。お宝にはロマンがあるもんなあ。
「さてこれで、ピットとの取引は終わりだ。今度はグルーム、あんたの番だな。待たせてすまなかった。欲しい品物はこれだったよな……」
因幡が手持ちの特殊な金属ケースから、一枚の布切れを取り出す。その布切れには、光沢のある不思議な文様の刺繍が施されていた。
「あー! 帰還のスカーフじゃん! えっ、これでアンタ、トキオカの街まで逃げ帰るの? ねえ!」
「うるさいなあ、お前もこっちの話には首突っ込むなよ!」
「なんだよー、ケチ」
「ケンカしている暇はないだろう。取引をするなら早めに済ませようじゃないか。その方が都合が良いだろ?」
因幡が話を先に進めようとする。
だが、俺は困り果てていた。
そう、俺の計画は……破綻していたのだ。
「お前の言う宝石とやらを見せてくれ。このアイテムは貴重品だからな、充分な値打ちの宝石でなければ交換は出来ないぞ」
「それが、その……」
「なんだ、どうした?」
「宝石が……いつのまにか、なくなっちゃったみたいで」
「おいおい、どういうことだ」
「俺も良くわかんないんだよ。屋敷に戻って装備品を確認したけど、宝石を入れてたポーチだけが、切り取られて無くなってるんだ。ベルトは残ってるのに……」
「大方誰かに取られたんじゃないのか? モンスター連中ならありえる話だ」
「いや、エ・メスに聞いてみたんだけど、俺がこのダンジョンに来てから紛失したものはないはず、厳重に保管しているからって……」
宝を守るのが本分のゴーレムの名誉にかけて、俺の所持品はエ・メスが守ってくれているらしい。
そもそも宝目当てに寄ってくるたぐいのモンスターは、このダンジョンにはあまりいないようにも思える。同じ屋敷にいるゴシカやレパルドなんか特に、そういうものに興味は薄いみたいだし。
「なあ因幡、ここは俺を助けると思って、そのスカーフ譲ってくれよお……! 金ならここを出た後で、きっちり稼いで返すから!」
「ヤマタイの商人は誰とでも商売をするが、売買がその場で成立しない場合はその限りじゃない。金がないならどうにもならないよ。後は相手が信用に足る場合ぐらいだが……。まあ、君じゃ無理だな」
「そんな……殺生な!」
俺は懇願したが、因幡は聞く耳を持ってくれない。
まさに殺生だ。ここでこのアイテムを手に入れられるかどうかは、生きるか死ぬかの瀬戸際だ。
ああ、目の前に脱出のための道具があるっていうのに!
それを手に入れるだけの金も、持っていたはずなのに!
「金さえ手に入れば、またいつでも俺を頼ってくれ。望みの物を用意して待っているよ。だが残念ながら、本日は閉店だ」
「そ、そんな……」
俺の声は、どんどん悲しみに包まれていく。せっかくの脱出のチャンスを、ふいにしてしまって……。
ええい、因幡から力ずくであのスカーフを奪うか?
いや、そんなことをしでかしたら、俺はもう冒険者じゃなくて、ただの追い剥ぎだ。
ダンジョンにいるモンスターどもと、さして変わりない連中へと成り果ててしまう。
「では、帰るぞ」
因幡は俺に背を向け、その場を去ろうとする。
そして、悲しみに暮れる俺に対し、去り際にこんな言葉を向けてきた。
「……ああそうだ、グルーム。このスカーフを購入する金額の目安を、最後に教えておいてやろう」
因幡は懐からひとつの宝石を取り出し、俺に見せる。
「帰還のスカーフ一枚なら、ちょうどこの宝石ひとつが、妥当な取引だな」
「え……おい、ちょっと待てよ。それ」
奴の手の上にある赤く輝く宝石には、非常に見覚えがあった。
大きさといいカットの仕方といい、間違いない。
これは、俺が持っていた宝石だ。ベルトポーチに入れていた宝石だ。
「因幡、それは俺の! それが俺の持ってた宝石だ! それをなんでお前が持ってるんだ!」
「そこのピットが、ダンジョンの宝の情報を得るために、今、俺に売った宝石だからさ」
「わー! 何でそういうこと言うの因幡! わー!」
商人の口から出た驚きの言葉に、俺よりもピットのほうが驚き、慌てふためいている。
「ピットお前! 何でお前がこの宝石を……」
「あ、そ、それはさー」
「盗んだんだな? お前が盗んだんだな!?」
「えへへ、そのー、それはまあ盗賊なので、ちょいちょいと、ね……」
「おーまーえー!」
「うわー!」
頭に血を上らせ、ピットに飛び掛った。
そんな喧騒を尻目に、因幡は「またのご利用を」と言い残して、そそくさと去って行く。
だが因幡の後ろ姿は、既に俺の目には入っていなかった。頭の中が、ピットへの怒りでいっぱいだったからだ。
手を伸ばし、その体を掴まえようとする。
だがあいつは盗賊らしいすばやい身のこなしで、追いすがる手をするするとかいくぐった。
「あーもーこんなことになるなら、横で話聞いてないで早く帰っちゃえばよかった!」
「人の不幸ばかり喜んでたお前に、ついに天罰がくだる時が来たんだろ? いや天罰じゃない、俺の手で罰を与えてやる!」
「そんなに怒るなってグルーム、頭に血が上って死んじゃうよ?」
「死ぬとしても、せめてお前を道連れにして死ぬぞ! こっち来い!」
「嫌だよ、つかまったら大変な目にあいそうだもん」
「そもそも既に大変な目にあってるのは俺だー!」
「だってさー。ちょいとこう、出会い頭に軽くね、手を出したら……全然アンタが気づかないもんだから……ね?」
「出会い頭だあ?」
「いやホラ、街で最初に会ったときにさ」
俺はコイツとはじめて会ったときのことを思い出した。
街の酒場から飛び出してきたピットとぶつかって、そのあと仲間に誘ったけど断られて……。
「最初にぶつかったときか! あのときに盗んだんだな!! ポーチごと切り取って盗みやがったなー!」
「冒険者ならフツーあれぐらいわかるって! バレたら返すつもりだったんだよ!」
「返すどころか、使っちゃってるじゃねーか! じゃあいいよ、お前が持ってる帰還のスカーフを俺によこせよ! それでチャラにしてやる!」
「あのアイテムは使い捨てだから、今朝消費してなくなっちゃったんだよ」
「なんだとー!!!」
怒りが頂点に達していた俺は、大声でピットを追い回した。
しかし、そんな煮えた頭を冷ますような、この場で聞きたくなかった声が響き、手を止めさせることになる。
「ご主人様ー……どちらでしょうかー……」
「グルームー。どこー!?」
エ・メスとゴシカの呼び声だ。
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