第20話 行商人因幡の光明
コワモテドワーフと話していたその若い男に、俺は話しかけた。
「あのー、あんた、何者? なんだか見慣れない格好してるけど……」
「そういう君は、ただいま噂のモンスターの亭主だね。君の話題でダンジョンは持ちきりなようだな」
「……言っとくけどな、まだ亭主にはなってないんだぞ」
「これは失礼。俺の名前は因幡、東方の国ヤマタイの商人だ」
「商人?」
「ああ。火打石から古代の秘宝まで、手広く売買をやらせてもらっている。この一張羅は、その証でね」
「ワシが遺跡の奥から掘り出してやったんジャ。いわゆるオーパーツというやつジャな」
「この時代・この世界には伝わらない技術で出来上がっている品物さ。商売の幅の広さを表すには、格好の服装だろう? 『ビジネススーツ』って言うらしいよ。まさにうってつけの服さ」
なるほど、俺も詳しくは知らないが、古代遺跡からドワーフ達が奇妙なカラクリを発掘していることは知っている。よくわからない発掘物は、全部まとめてオーパーツと呼ばれていることも知っている。
ピットが履いていたスニーカーもそうだし、おそらくエ・メスに備わっている、魔法とも神の奇跡とも違った機能は、そうしたオーパーツのものなんだろう。
『その手のよくワケの分からないモノまですべて取り扱っていますよ』、ということをわかりやすく示すには、この奇妙な服装はうってつけなのかもしれない。
「ヤマタイの商人が、なんでこんなところにいるんだよ」
「それはもちろん、ヤマタイの人間が行くところにはビジネスありだ。このダンジョンは俺の上得意でね、あれこれと商売をやらせてもらっている」
「ダンジョンで、商売?」
意外な言葉に、驚きの声を上げてしまった。
「さほどおかしなことでもないだろう。ダンジョンにだって住人がいる。住人がいれば商売は成り立つよ」
「そりゃ、そうだけど……」
「君は、リザードマンの酒場に行ったことはあるか?」
「それなら昨日大歓迎されたよ」
「あそこの食材は俺から仕入れているんだ。他にも、ダンジョンマスターが必要としている素材や備品も、俺がこうして行商に来て販売している」
「へー、ダンジョンのモンスターども御用達の、商売人ねえ……」
「何も俺の商売の相手は、モンスターに限らないさ。ダンジョンの中で路頭に迷った冒険者だって、いい客になってくれる」
「おいおい、そんなどっちつかずでいいのかよ? モンスターと取引してるのに、冒険者にまで」
「問題ないさ。俺は平等に、金のあるところに行って必要なものを売るだけだ。さっきも常連の盗賊にポーションを売ったばかりだ」
「常連の盗賊って……ピットとかいうやつか?」
「ああ、君も知っているのか? あいつはかなりの常連客だな」
「今朝方死にかけたはずなのに、元気なやつだなあ……。街に転移したんじゃなかったのかよ」
「一日に何度でも行ったり来たりを繰り返すよ、ピットはね」
商売っ気旺盛な、因幡とか言う商人と話していたその時。
重大なことに俺は気づいた。
「ん、待てよ? それって、俺でも商売相手になるってことか?」
「もちろん。十分な金さえあれば」
「金……金……。あるな、あるぞ」
俺は昨日、このダンジョンに放り込まれる前のことを思い出していた。
酒場に行くとき……何か防具の類でも買うべきかと、ベルトポーチには虎の子の宝石を忍ばせておいた。
そうだ、このベルトポーチの中に、宝石が……。
「ベルトポーチがない!?」
自分の腰を見て、失意の声を上げる。
ない、ないのだ。俺が腰に巻きつけていたはずのベルトがない! ベルトがなければもちろん、ベルトポーチだってない!
なんだよ、いつの間に? おかしなことが起こりすぎてて、全然気づいてなかった!
「あれ、俺の、大事なあの……!?」
「どうか……されましたか、ご主人様……」
焦ってうろたえていると、爆弾の山を運搬途中のエ・メスが、気にして声をかけてくる。
「そ、それがさ、俺のベルトなんだけど、昨日までは腰につけてたはずなのに、いつの間にかなくなってて……」
「すみません……大事なものでしたか……。本日は長時間の移動となりますので、なるべくお荷物が少なく済むようにと……お着替えから外させていただいていたのですが……」
「えっ? じゃあ、屋敷に戻ればあるわけ?」
「はい……大切に保管させていただいております……」
「そうか、ありがとうエ・メス!」
「おーいエ・メス! 何を油を売っておるんジャ! とっとと運ばんかい!」
「あっ……申し訳ございません、大旦那様……。あの、ご主人様。わたくし運搬の続きを……」
「あ、うん、俺のことは気にしないで、続けて続けて!」
「それでは……運搬に戻らせていただきます……」
立ち去るエ・メスの背中を見ながら、俺はほっと胸をなでおろした。
良かった。屋敷に戻れば、あの宝石がまだ残っている。それなら話は早いんだ。
「その……ちょっといいかな、因幡くん」
ゴンゴルやエ・メスの目を盗み、商人を呼び寄せて、こっそりと話を続ける。
スナイクやレパルドたちは、まだ住居問題と誹謗中傷でもめている。今がチャンスだ。
「君から何か商品を買うとして、お金の支払いは、宝石とかでも構わないのかな?」
「勿論。価値があればそれでも構わないよ」
「今、手元にはないんだけど、後でよければ払えるんだけどな。充分な価値のある宝石なんだ!」
「後払いは困るが……なんなら派遣販売もやっているよ。ダンジョンの内部構造は、俺もおおまかに把握している。場所と時間を指定してもらえれば、そちらに出向くことも可能だけれど」
「本当に!!!」
「なんジャ、急に大声を出して! 驚いて爆弾を取り落とすところジャ!」
喜びのあまり俺は思わず大きな声を出してしまい、ゴンゴルの注意をひきつけてしまう。
「ご、ごめんなさーい。気にしないでくれよー」
「せっかく新しい爆弾を大量に入手して、並べて楽しんでいるところジャ、邪魔するなよ!」
ゴンゴルはそう言って、倉庫にまた戻っていく。そのスキに俺は、話をまとめた。
「じゃあ、今夜十時に、洞窟の奥の屋敷のところに来れるか? 俺が花嫁候補のモンスターと住んでるところだ」
「ああ、噂の新居か。出向くのに骨は折れるが、まあ無理じゃないね。大事な宝石とやらを準備して待っていてくれ。欲しいのは何だ?」
「街にテレポートして帰れる、便利なマジックアイテムがあるって聞いたんだが……それはあるか?」
「帰還のスカーフだな。それなら何日か前にピットに売って品切れしたから、夜までに仕入れておこう」
「よーし、よしよしよし……風が向いて来たぞ。そうと決まれば……」
俺は意気揚々と、まだ言い争いを続けていたレパルドやジジイたちのところに向かい、こう言った。
「なあ、そろそろ新居に戻らないか? 見たいものは見れていろいろわかったし、屋敷でゆっくり休もうぜ」
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