第22話 旅の仲間(笑)2
「ねえエ・メス。いまこっちでグルームの声、聞こえたよね?」
「聞こえたように……思います……」
「困ったなあ。散歩して迷っちゃったのかなあ。レパルドがいれば、臭いで見つけてくれるんだけど」
「お医者様は、この時間は睡眠の方が大事なご様子ですからね……」
「試しに起こしてみたけど、『睡眠は生物の本能だからな、抗えないのだ。ぐう』とか言って寝ちゃうし」
「モノマネ……すごく似てますね……。本人同然です……」
俺を探しに来ていた、女王とメイドの二人組。その声におののいて、思わず物陰に隠れてしまった。
ピットといっしょに。
「やばいやばい……屋敷をこっそり抜け出してここに来てるって言うのを、うっかり忘れてた。逃げ出そうとしてることを知られたら、どうなるかわかんないもんな……」
「何、あの女の子?」
隠れたままの状態で、ピットがゴシカを指差して質問する。
「あれが俺の花嫁候補の、アンデッドの女王なんだよ……」
「へー、かわいいじゃん。逆玉も悪くないね」
「……なんならお前に譲るけど?」
「冗談よしなよ。って、あれ、エ・メスもいる」
「エ・メスのことは知ってるのか? あれも俺の花嫁候補なんだってよ」
「花嫁候補? エ・メスが?」
「なんだよ、うらやましいか?」
ピットは少し考え込んだ後に、答えた。
「……うん、うらやましいな」
「はあ? お前頭どうかしてるのか? ありゃゴーレムなんだぞ」
「いや、その……あのさ、グルーム。ボクの話聞いてくれる?」
「何だよ。今更謝っても許さねーぞ」
「アンタの大事な宝石を盗んで、勝手に使っちゃったのは悪かったよ。だからさ、お詫びにいいこと教えてあげる」
「どうせろくでもないことだろ」
するとピットは、顰めていた声を更に顰めて、耳元でささやいた。
「さっき買った、このダンジョンに眠るっていう伝説の宝の情報なんだけど」
「……因幡と話してた、あれのことか?」
「うん、そう。結構高かった情報だよ。本当なら誰にも教えたくない話」
「そりゃ高いわ、俺の虎の子の宝石と同じ価値だぞ? あの宝石があれば、帰還のスカーフを買って生きて帰れたんだ!」
「まあまあ、そう怒らないでってば。それより今は伝説のお宝の話。聞きたいでしょ? そんなに値の張る情報なんだから」
「冒険者としては聞きたい話だけど……今の状態の俺が聞いても、意味ないだろ」
「いや、今の状態のグルームだからこそ、この話を聞く意味があるんだよ。まあ聞いてよ、絶対役に立つから」
「そりゃまあ聞かせてくれるなら聞くけど。でもこの情報だけで宝石の件をチャラにしようったって、そうはいかないからな。俺が今欲しかったのは、そんなものじゃないんだ!」
俺の主張を無視するようにして、ピットはダンジョンに眠る伝説の宝について、ひそひそと語り始めた。
「あのね、このダンジョンには、どんな願いでも叶えてくれる、すごい魔法のお宝が眠ってるんだって」
「……そりゃまた、ありがちな噂話だな。『どんな願いでも叶えてくれる』だなんて、いかにも尾ひれがついて話が大きくなりました、って感じじゃねーか。眉唾ものだなあ」
「確かによくある類の噂だと思うよ。でもボクは、噂を信じてる。このダンジョンの規模・成立の古さなんかからして、相当重要なお宝が、このダンジョンには隠されてると思うんだ。何度もこのダンジョンに挑んでみて、ボクは肌でそれを実感してる。しかも因幡から情報を買って、この噂に裏が取れたんだよ。ついさっき!」
「裏が取れたって、どうやってだよ」
「王宮騎士団やら道楽貴族やらの要請で、このダンジョンの成立について研究している学者っていうのが、結構な数いるんだってさ。そっちの筋から出てきた情報を、因幡が集めてリークしてくれたの。ここにすごい宝があるってのは、学者の目から見ても間違いないみたいだよ」
「すごいな、あの商人。そんな重要機密まで売買してるのか?」
「それだけじゃないよ? ダンジョンマスターのジイさんたちが話してた話も、結構重要でさ」
「スナイクとゴンゴルが?」
俺の頭に、痩せぎすノッポとチビデブドワーフの姿が浮かぶ。
「あの二人がこっそり話してたのを、因幡本人が商売中に聞いたらしいんだけどね。『エ・メスは自分たちが作ったものじゃない、このダンジョンの宝を守るために、ずっと昔からここに安置されていたゴーレムなんだ』って。あれほど高性能で人間さながらのゴーレムなんて、どこでも見たことないでしょ? きっとこのダンジョンには、古代文明のすごい技術が詰め込まれてるんだよ。そこまでしてでも守らなきゃいけない、とんでもない宝のために……」
「そういえば……ジジイどもがエ・メスに対して、『お前にはワシらも知らん機能がある』とかなんとか、昨夜酒場で言ってたような気がするな。あれはそういうことだったのか……?」
「それ、すごいじゃん! やっぱりモンスターの身近にいると、情報が入ってくるもんだね!」
「こら、あんまり興奮するなよ。隠れてるのがばれるから」
押しとどめる俺にも構わず、ピットはまくし立てる。
「あのね、どうやらこのダンジョンのすごいお宝ってのは、エ・メスがそのカギを握ってるらしいんだよ」
「あの子が? 鍵を握ってる? ……うーん、馬鹿力と家事以外では、そんなに役に立ちそうじゃないけどな……」
「秘密を守るために、ネコをかぶってるのかもしれないよ」
「そう言われると、いつも何かを迷ってるような、何かを隠してるような感じも、しなくはないけど」
「ねえグルーム、これ、チャンスだよ」
「チャンス? 何が?」
「長年冒険者がこのダンジョンに挑んできて果たせなかった、秘宝中の秘宝をゲットする、大チャンスだってこと!」
「は?」
「もう、相変わらずニブいなあ! アンタ、エ・メスとかと一緒に暮らしてるんでしょ? モンスターと住んでるんでしょ?」
「そうだよ、早く抜け出したいけどな」
「ボクの作戦に乗れば、そこから逃げるの手伝ってあげるよ」
「マジで! そりゃ助かる。味方らしい味方が誰もいなくて困ってたんだ!」
「じゃあ言うこと聞いて。グルームはこれからも花嫁候補の女の子たちと、仲良く暮らし続けるの」
ピットの提案に、俺は目を丸くする。
「えええ? なんだよそれ。逃げるのと真逆じゃん」
「宝を手に入れるためには、モンスターに身近な人間がいた方がいいよ。そのほうが情報も手に入れやすくなるし」
「そりゃそうかもしれないけど、でもお前なあ」
「エ・メスとも近づけるでしょ? すぐ近くで得られる情報を片っ端からチェックして。どんな些細な事でもいいから! それと、結婚の期限は具体的にいつ? 期限付きだって聞いたけど」
「えっと……今日を入れてあと六日、でも今日は日付もじきに変わるから、実質あと五日かな……」
「それまでには逃げられるように、ボクが準備整えておくから。その間グルームは、できる限りモンスターたちから情報収集するの。なんなら逃げ出す前に宝を入手するつもりで!」
「宝……。宝、か……」
「どうせ今のままじゃ逃げ出す方法もないでしょ? 指くわえて過ごしてるより、冒険者ならお宝ゲットに命かける!」
「お、おう。そうだな。誰も手に入れることの出来なかった、伝説の宝か。俺たちの手でそれを手に入れるのも悪くないな」
「よっし話は決まった! これでボクらは、宝を狙う冒険者仲間だ!」
「……わかった、そうしよう。お互い、持ちつ持たれつだな!」
俺はピットと腕をクロスして組み、仲間意識をぐっと高めた。
「それにしてもなんだかんだで、結局……仲間になったな。お前とだけは手を組まないだろうって、ついさっきまで思ってたのに」
「それはお互い様。とにかく、常に彼女たちと行動を共にして、小さな出来事でも目を光らせておくんだよ? 何がお宝に繋がる情報になるかわからないんだから!」
「常に行動を共に、か……。命を大事にしつつ、善処するよ」
「じゃあ女の子たちと仲良くしてな! ボクはその隙にうまいこと、ここから逃げることにするから、さ」
「うわっつ、おい!」
ピットが背後に回り込み、背中をぽんっと蹴り飛ばす。
体勢を崩した俺は、物陰から倒れこむようにして、通路の真ん中に姿を現した。
するとかくれんぼの鬼が、早速俺を見つける。鬼は鬼でも、吸血鬼だけど。
「あー、グルーム見つけたー!」
「あ、あはは、見つかっちゃった」
「どうしたの、こんな時間に? 迷子になっちゃった?」
「……いやその、今日はかなり観光とかしたから……。一人でも少しぐらいなら、ダンジョンを歩き回れるかと思ったんだけどね」
「お気を付けくださいませ……危険のないよう、わたくしがいつもおそばにいますから……」
「あ、うん、そ……そうだね。そうしてくれると、助かるかな?」
適当に話をあわせてごまかしていると、視界の端に、そそくさとこの場を去るピットの後姿が映る。
盗賊は去り際に、俺に向けて親指をぐっと突き出していた。
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