第17話 にゃんにゃんパニック

「えっ、どうしたのレパルド。なんかお前、体から変な音してるぞ?」

「ふむ、わたしにもよくわからないのだが、なんだか妙にテンションが高い。フニャゴー!(ゴロゴロゴロゴロ)」


 レパルドが突如伸ばした鋭い爪が空を裂き、俺の隣にいたスケルトンの頭を、はるか遠くに跳ね飛ばした。


「おい、何するんだよ、危ないだろ!」

「まったく、一体どうしたことだろうなこれは。思わずじゃれ付いてしまったにゃん(ゴロゴロゴロゴロ)」

「にゃん???」

「じゃあグルーム、案内するね。特別な魔法陣の部屋があってね、そこにリングズ師匠が……」

「いやちょっと待ってゴシカ。それよりも今、レパルドの様子がすごくおかしいんだけど」

「え? どーしたの?」

「わたしにもよくわからないにゃん(ゴロゴロゴロゴロ)」

「な、おかしいだろ?」

「にゃんって言った!」

「言ったよなあ」

「かわいい! レパルドイメチェンしたんだ?」

「いやいやいや、そういうことじゃなくてさ」

「かわいいなどとは心外だにゃん。フニャゴニャー!(ゴロゴロゴロゴロ)」

「きゃっ」


 レパルドの鋭い爪は、今度はゴシカの首を吹っ飛ばした。


 ????


 自分で自分の目を疑ったが、間違いない。

 レパルドが、ゴシカの首を、吹っ飛ばしたのだ。


「!!! く、首が! 首が?」

「おっと、テンションが上がった勢いでうっかりやってしまったにゃん(ゴロゴロゴロゴロ)」

「お、お前! うっかりとかそういう問題じゃないだろう! こ、こんな、こんな……」


 言葉を失っている俺の前で、言葉を失うどころか息も吸うのも忘れるような事態が、立て続けに起こる。


「もー、首が取れちゃったじゃーん。どうしたのレパルド?」


 首なしゴシカは、自分の生首を取りに、小走りに移動した。しゃべっていたのは飛んでいった頭の方だ。

 そして自分の顔を拾って、こともなげにそれを元の位置に戻した。

 首の肉や骨が見る見る結合し、あっさりくっつく頭。


「ええ? く、首? 首!」


 表現する方法がわからず、ただただゴシカの首周りを指さしうろたえる俺。


「あ、首? えへへ……えっと、くっついちゃった!」

「くっついちゃった! って!」


 不死者の女王。その凄まじさを、俺は目と鼻の先で見ることが出来た。

 無数のアンデッドを従わせる声、はねられてもすぐに元に戻る首。

 間違いない、彼女はノーライフ・クイーンだ。

 死者たちの頂上に立つ、魔の姫君なんだ。


「どうしたのグルーム、青い顔して?」

「姫様、今のは人間には少々刺激が強すぎたようでございます」

「そっか……そっかあ。……うん、まあしょうがない、よね。あははは」


 ゴシカの笑い声が、死者であふれた魔窟に、空虚に響き渡った。


「それにしてもレパルドめ、姫様に手を上げるとは何たることザマスか」

「いいよいいよ、あたしは平気だし。それよりレパルドどうしちゃったのかな?」

「テンションが上がっただけでなく、少しボンヤリもしてきたにゃん(ゴロゴロゴロゴロ)」

「ニャニャニャーンニャーン(ゴロゴロゴロゴロ)」


 執拗に寝返りをうつ、ひとつ目の黒猫。


「あれっ? いつの間にかデスロデムまでおかしくなってる? なんで地面で転がってるの! 愛くるしい!」

「姫様、もしかするとアレが原因なのではありませぬか」

「アレって……あっ、エ・メス」

「ぼはあー」

「口から吐いているブレスの色が、当初の色と変わっておりますぞ」

「この臭い、さっきの臭いとちょっと違うザマスね」

「なんだろ、よくわかんないけど……ねえエ・メス、一旦そのブレスやめてみてくれる?」

「ぼは、ぼははは……はい、かしこまりました」


 ゴシカの要請で、エ・メスが口から吐いているブレスが止まった途端、レパルドの様子は一変した。


「ふむ、臭いな。急に臭いなこの部屋が」

「あ、レパルドの体からしてた変な音消えちゃった」

「『にゃん』って言う語尾も……なくなりましたね……。かわいかったのに……」

「ブレス吐きながらエ・メスも聞いてたんだ! そーだよね、かわいかったよね!」

「はい……お似合いでした……」

「うん、臭い。余りにも臭いぞ。こんな臭いところには一時もいられないな。早々に出よう」

「あっ、えっ? ちょっと待ってレパルドー!」


 そそくさと自分のペースで移動するレパルドと、それを追うゴシカ。二人はあっという間に、どこかへと走り去ってしまう。

 そのころ俺はと言えば、先ほどのゴシカ首もげ事件で、その場でまだ硬直していた。

 目の前の出来事を、ただただ視界に入れていただけだ。それしか出来なかった。

 最初に酒場で、目が取れるのは見せられたけど……。生々しく首がもげて再生するシーンは、ひよっこの俺にはヘビー過ぎた。

 そんな風に身動きが取れず立ち尽くしていたところを、エ・メスにひょいと抱えられる。

 こうして、去っていったレパルドたちを追う形で俺は、エ・メスと共に魔窟を後にしたのだった。


 しばらくエ・メスはレパルドたちの後を追ったが、マイペースで進む獣人とアンデッドのスピードには、かなうべくもない。

 先行した二人の後ろ姿すら見失ったところで、メイドが俺に話しかけてくる。


「ご主人様、お気を確かに……」

「……はっ、いかん。戦慄して動きが止まってた。も、もう下ろしていいよ」

「かしこまりました……」


 そう応えたエ・メスは、担いでいた俺を無造作に地面に放り投げる。


「ぐあっつ! じ、地面が、岩肌がむき出しのところに背中が……当たった……!」

「どうかいたしましたか……ご主人様」

「どうかしたもなにも、地面に放り投げないでよ、痛いでしょ!」

「申し訳ございません……加減がわからないものでして……。わたくし、力の扱い方がよくわかっておりません……」


 うつむいてしょげるエ・メス。

 痛い目にあったのはこっちの方なのに、ちょっとだけ悪い気がしてしまう。


「い、いやいいよ。そんなに反省しないでもさ。ケガは……してないみたいだし」

「……安心いたしました」

「ところでレパルドとゴシカは、結局どうしちゃったんだろ。どこに向かって走って行ったんだ?」

「走りだした方向からすると、お医者様はご自分の住処に向かったものと思われます。姫様も、それを追って……。しかし、どこをどう走って行かれたのでしょうか……」

「そっか。えーっと、どうする? 適当にその辺、歩き回ってみようか?」


 俺は密かに、これはチャンスなんじゃないかと思っていた。

 今目の前にいるのは、エ・メスのみ。彼女一人をどうにか丸め込んで、この場を離れて……。

 あとは自力で出口を見つければ、ダンジョンから逃げ出せるかもしれない。


「とりあえずこの分かれ道、こっちに行ってみようかな。エ・メスは向こうを探してみてよ。手分けしたほうが見つかりやすいだろうし」

「イキサキルートハ、ミギホウコウデス」


 急にエ・メスの口から出た声は、いつもとは違った印象の声だった。


「んん? 何だその声?」

「……こういった事態もあるかと思いまして、大旦那様に組み込んでいただいたナビゲーションシステムです。これなら迷いません……」

「あ、なーんだ、そうなの。へー」

「コノサキ、20メートルチョクシンデス」


 くそっ、また逃げる機会を失った。

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