第16話 死にぞこないのすむところ

 出立前の一騒動も終わり、改めて家を出た俺たち、モンスターパーティー御一行様。

 ダンジョンの薄暗い通路を、あっちを曲がってこっちを潜り、ややこしい道のりを奥へ奥へと進んでいく。


「結構……入り組んだところにあるんだね」

「そうだねー。なにせアンデッドの棲家は、ダンジョンの中でも一番奥だからね」


 俺の漏らした感想に対して、ゴシカが応える。

 だがその言葉に、レパルドが余計な一言を付け足した。


「臭いものは、奥に追いやっておかんとな」

「ふざけたことを抜かすでないですぞ獣!」


 ゴシカのしもべの一つ目生首がキレて、またもや口論のゴングが鳴ってしまった。


「我ら魔の軍勢は、ダンジョン最奥部にある姫様の寝室をお守りするべく、もっとも奥まったところに住んでいるのです!」

「ふん、なるべく日の届かない場所に閉じこもっていたいだけだろう」

「むむむむ! 口の減らない!」

「整然と事実を述べているだけだが」

「だからもう、ケンカしないの!」


 ちょっとしたことで、ゴシカのしもべたちとレパルドの間で言い争いが起こる。そして、その争いをゴシカが止める。

 行きの道中は、ずっとこんな感じだった。

 そんな騒ぎのスキに俺は、逃げ出すタイミングをうかがってみたが……ダメだった。

 出口らしき場所が見つからないのはもとより、通路が入り組んでいるために、一人でここを離れても、迷って行き場をなくしてしまうのがオチだ。

 彼女たちから離れたら、二度と生還できない迷子になる自信がある。ゴシカがスイスイ進むから、脳内マッピングもおっつかないし。

 うーん、どうしようかな……。


「さて、着いたよー。ここがあたしたちアンデッドの住処、魔窟だよ!」


 数時間に渡って曲がりくねった道を進んで、瘴気に満ち溢れた場所に足を踏み入れる。

 ここがゴシカたちアンデッドの住まい、魔窟のようだ。

 逃げ方を考えている間に、着いちゃったな。


「姫様ー!!」

「姫様がおいでだー!」

「ひべざばー!!」

「うわっ! 気持ち悪い」


 アンデッドの棲家に足を踏み入れた途端、積まれたゴミや死体の中から、有象無象の死にぞこないどもが一斉に顔を出す。

 腐って溶けかけのゾンビやら、体が透けてるゴーストやら、何かの骨をくわえたグールとか。

 はみ出た腸を引きずって歩いてくるやつや、なくなった目玉の代わりに眼窩にネズミを詰め込んでいるやつもいる。


「おおおおー! 例の人間だー」

「こいつが姫様の旦那様になるのか?」

「昨日酒場で酔いつぶれてたぞ、この男」

「飲んだくれの旦那様だぁ」

「今後ともよろしくございますですだ、旦那様」

「あ、ああ、うん」

「ちょっと脳みそかじってもいいですか旦那様」

「ずるいぞ俺もだー」

「こ、こら、かじろうとするなー! うわー!!!」


 俺のもとに押し寄せるアンデッドは、敬意を向けているのか敵意を向けているのか、よく判別がつかない。

 だがこれだけはわかる。こいつらに付き合ってたら、まさしく取って食われる。

 腐っている手や半透明の手が、俺の体を掴んで離さない。身動きが取れない!


「こ、こらやめて、やめろって、離せよ!」

「うひひ人肌だー」

「暖かい生き血が吸えるのう」

「わああ!」


 その時だった。


「いいかげんにせぬか、愚民ども! 控えよ!!」


 突如響いた、威厳ある一声に、アンデッドたちはぴたりと静止する。

 なんだ、この凛とした声は。レパルドか?

 そう思ってくだんのドクターを見やるが、彼女は俺のことなど無視して、魔窟のあちこちを観察してメモを取っている。

 エ・メスは口を大きく開いて消臭・芳香のブレスを吐き散らしているため、まともな言葉は発せそうになかった。

 とすると、そうだ。この声の主は、ゴシカだ。ゴシカ・ロイヤルだ。

 ゴシカの方に目を向けると、普段の彼女の柔和な表情から一変した、厳しい視線をアンデッドたちに注いでいるのがわかった。

 表情だけではない。全身から放たれる、高貴かつ禍々しいオーラは、まさにノーライフ・クイーンのそれだった。


「……うおお姫様、申し訳ありませぬー」

「ぼーじわげありまぜぬー!」

「どうかお許しを、姫様の寵愛を受けられなくては、死にぞこなっている意味がないのです!!」

「たーすけーてーえええー!!」


 静止していたアンデッドたちが、ゴシカに対しておびえるように擦り寄り始め、急に動きを取り戻す。

 俺を捕まえていた手は全て解き払われ、ゴシカに向かう懇願の手に変えられていた。


「もう、そんなにオドオドしないでよ、みんなー」

「ひ、ひめさまー、おゆるしをー」

「許すも許さないも、もう少しだけちゃんとしてくれればいいだけなんだから、ね?」

「わかりましたあああ」


 恐怖をまとった様子から一転して、ゴシカは普段通りの女の子らしい雰囲気を取り戻した。

 それに準じて、アンデッドたちもふたたび活気を取り戻す。


「とにかくみんな、グルームにはあんまり詰め寄らないこと! グルームは人間なんだから、ビックリしちゃうでしょ?」

「はーい!」

「ビックリして心臓止まったら、人間はもう動けないんだからね?」

「そっかー。生きてるままだと、心臓止まると動けないんだな。不便だなー」

「そ、それぐらいわかっててくれよお前ら。俺の心臓止めないでくれよ? な?」


 こうした一連の騒動を見て、ゴシカの三つのしもべたちも、口々に感想を述べ始めた。


「なんともはや、下級アンデッドたちはいささか知能が低いのが玉に瑕でありますな」

「でもおかげで、久々に姫様の威厳のあるところを見れたニャ」

「やっぱり姫様はアンデッドの女王に相応しいお方ザマス」

「まっこと、不死の王家の血筋を引くお方であること……」

「そうだニャー」

「ザマスねー」


 アンデッドの女王、かあ……。

 なんだか妙に明るくて、三人の花嫁候補とやらの中でも一番なれなれしかったから、いまいち実感がなかったけど。

 改めてこうして、恐ろしい死体どもをあっさり平伏させた姿を見ると、この子はとんでもない存在なんだってことがよくわかるな。

 見栄えはこんなに、かわいい女の子なんだけどなー……。


「でね、この奥があたしの部屋でねー、って……聞いてる? グルーム?」


 俺はぼーっとしていて、いつの間にかゴシカが話しかけていたのにも気づかず、その言葉を半ば聞き流してしまっていた。


「あ……ああ、ゴメン! あんまり聞いてなかった。この奥が、なんだって?」

「うん、この奥がね……」


 話を続けようとするゴシカだったが、不意に口ごもり、伏し目がちに尋ねてくる。


「……ゴメンね。みんなが驚かせちゃったから、もうここにいるの……嫌になっちゃった?」

「いやいや、そういうことじゃないんだけどさ。大丈夫、気にしないで!」

「そっか、嫌になってないなら良かった!」


 ゴシカの顔に、再び笑顔が戻った。

 ああ、そうなんだ。俺はこの魔窟にいるのが嫌になって、話を聞いていなかったんじゃない。うっかりしてたんだ。

 うっかり……一瞬、見とれてしまってたんだ。アンデッドの女王に対して。

 死体相手に何をしてるんだ俺は、まったく。

 俺のそんな気持ちに気づく風もなく、女王様は話を続けていた。


「じゃあせっかくここまで来たから、あとはあたしの魔術の師匠にも会ってもらおうかなー」

「魔術の、師匠?」

「うん。リングズっていう、すごーいリッチーなの。リッチーってわかる?」

「ええと……不死の秘法を研究して、自分が不死者になった魔法使い……とかだったっけ」

「そう、すごい魔法たくさん使えるんだよ! 多分このダンジョンでもナンバーワン!」

「え? ノーライフ・クイーンのゴシカよりも、すごい魔法使えるの?」

「うん、魔法では太刀打ちできる人いないと思う。ここ数百年ぐらいは、リングズ師匠よりもすごい魔法使いは見たことないなー」

「そうか、そりゃすごい……って、数百年? 見たことない? ゴシカが?」

「うん!」

「それってつまり……ゴシカが数百年生きてるってこと?」

「うん、そうだよ!」

「まあ正確には生きているのではなくて、ずっと死んでいるのだがな(ゴロゴロゴロゴロ)」


 横から割り込んでゴシカの話に突っ込みを入れたDr.レパルドは、体から妙な音を発していた。

 なんだこの音。

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