第18話 腹が減っては生きては行けぬ

「モクテキチ、トウチャクデス」


 エ・メスが喋る機械的なナビゲーション音声に従って歩いた俺たちは、妙に広い場所に到着した。

 またもや何時間もダンジョンを歩き回り、体はへとへとだ。

 青く茂る草、響く野生の声。はるか遠い天井からは、煌々と明かりが注いでいる。


「ここが、お医者様の住まい……屋内ドームです」


 なるほど、屋内ドームか。最初にレパルドに会ったのも、ここだったな。


「さっきの場所よりは、大分住まいっぽい感じはするな……」

「住まいの環境は、ご主人様と似ているのでしょうか……。生きているものは生きている物同士、死んでいるものは死んでいる物同士……似ている……のですかね……」

「なるほど、そうなのかも。……あっ」


 視界の端に、レパルドとゴシカの姿を見つけた。ゴシカもこちらを見つけて、手を振っている。

 その招きに応じるようにして、俺は彼女たちと合流した。


「遅かったな、人間」

「遅かったなも何も、お前が勝手に走り回って置いて行っちゃったんじゃないかよ」

「何せ緊急事態だったものでな」

「緊急事態って、臭くて?」

「臭くてだ」


 自分勝手に走り去っておきながら、その態度の不遜具合はいつも通りだ。逆にこっちが悪い気がしてくる。


「ううう、ごめんね、そんなに臭いのかな……」


 実際ゴシカは、とても済まなそうにしている。俺は少しだけ、助け舟を出してやった。


「そりゃアンデッド連中が臭かったのは事実かもだけど……そこまで必死に逃げなくてもいいんじゃないのか」

「うるさい。人間とは鼻の構造が違うのだ。それと、ゴーレム」


 俺の言葉はバッサリと切り捨てられ、レパルドの矛先は、今度はエ・メスに向けられた。


「先ほどの芳香ブレス、途中から別の匂いに変わっていただろう」

「別の匂い? そういえば……途中から森の匂いがあんまりしなくなってたかも?」

「そうだ人間。あれはマタタビだ」

「マタタビ! 猫がメロメロになる、あれか!」

「あ……そう言われますと、芳香剤が切れたとき用の予備タンクに、大旦那様がそのようなものを混ぜていたような……気もします」

「やはりな。それでわたしや猫のテンションがおかしくなったわけだ」

「申し訳ございません……」


 謝るエ・メスを、レパルドはキッと睨み付けている。

 頭を下げてしょげているエ・メスの姿は、先ほど俺を放り投げた後にうつむいていたその顔と、妙に重なる印象があった。

 思わず、口をついて言葉が出る。


「まあまあレパルド。エ・メスも悪気があってやったんじゃないだろうし、許してやんなよ」

「ご主人様……そんな、お庇いいただかなくとも……」

「わたしはもとよりエ・メスを責めるつもりはない。このゴーレムには悪意はないからな。しかし、老人どもに悪意を感じるのは事実だ」


 それは確かに。俺はレパルドがぴしゃりと言い当てた思惑を理解し、納得する。


「なるほど、そうか。あのジジイたちのことだ、マタタビを嗅がせて混乱したレパルドを、ゴシカとわざと争わせて……花嫁候補の蹴落とし合いを狙ってるのか? うまくすれば共倒れ、そのスキにエ・メスをトップに押し上げようっていう……」

「いいや、そういうことではない」


 レパルドは俺の言葉を制止した。


「老人どもは、ただ単に面白そうだからという理由で、こういう手の込んだことをしているに決まっている」

「面白そうだからって……エ・メスにマタタビのブレスを吐かせて、レパルドにかがせるのが?」

「そうだ。わたしが死体どもの巣窟に行くのを嫌がり、森の芳香で一旦納得することまで想定した上で、その先に罠を仕掛けている。そしてあの事態だ。こういうことを面白がるためだけに、あのダンジョンマスターは、余計な手間を惜しまないのだ!」

「そ、そうか……それもすごい説得力があるな」


 眉間にしわを寄せたレパルドは、新たな命令を口にした。


「おいゴーレム、すぐに老人どものところに案内しろ」

「えっ? グルームに住処の紹介はしないの、レパルド?」


 驚いたゴシカが、疑問を投げかける。


「そんなものはどうでもいい。元々人間に、わたしの住処を紹介するつもりもなかった。わたしは自身の研究のために、ゴシカやエ・メスの生活を知れればそれでいいのだ」

「まあ、俺は……どっちでもいいけど」


 要は逃げ出すチャンスを見計らえるなら、なんでもいいわけだし。

 不満そうにしているのは、ゴシカだけだ。


「ちぇー、なんだー。せっかくレパルドのおうちが見れて、面白そうだと思ったのにー」

「そもそも面白くなくて良いのだ。老人の余興に付き合ってやる義理はない」

「それに関しては、珍しく俺も同意だな」

「ふん、人間と意見が一致することもあるもんだな。では、行くぞ」


 レパルドはそう言うと、ドームの中央部にずかずかと進んで行く。


「あれっ? 行くのそっちで良いの? 通路側と逆だよ、レパルド?」

「せっかくだからな、畑の様子だけ見てくる。ヒマなら人間たちもついてくるがいい」

「やったー! 畑見せてくれるって! 行こうよグルーム!」

「……畑?」


 俺の頭には、疑問符が浮かんでいた。ダンジョン内で畑って、どういうことだ。

 しかしその疑問は、非常にわかりやすい形で、すぐに晴れることになる。

 レパルドのあとをしばらくついていくと、そこには、確かに畑があったのだ。


「マン次郎、サス子。ちゃんと仕事にはげんでいるか」

「モヂュー」


 何ともシュールな光景だ。ダンジョンの中には屋内ドームがあり、はるか高い天井に開いた穴から光が注ぐ。どこからか水も引かれ、小さくとも立派な畑がある。

 そしてその畑を、獣人の美女の指示に従って、巨大昆虫たちが世話しているのだ。

 その巨大昆虫とは、かつて俺を襲ったジャイアント・マンティスと、ジャイアント・ホーネットだった。


「カマキリが、カマで稲刈りしてる……な」

「あのカマは、案外農作業に向いているのだ」

「ジャイアント・ホーネットの方は、空中から種をまいてる……!」

「おい人間、間違えるな。やつはジャイアント・ホーネットではない、ジャイアント・ビーだ」

「ビー? ってことはあいつは、スズメバチじゃなくて、ミツバチ?」

「ああ。やつが集めた蜜も、こうして保管されている」


 レパルドは俊敏な動きで木々を登り、巨大なハチの巣の一角をもいで、俺たちのもとに降りてきた。


「いとも簡単にあんなところに登って、そんなでかい蜂の巣もいで帰ってくるなんて、お前身体能力すげーな」

「掴まれるところなんかどこにもなさそうだったのに、ひょいひょい登っちゃうんだもん、すごいよね!」


 獣人の肉体に驚いている俺に、ゴシカが同調する。


「ふん、わたしの俊敏さなどたいしたことではない」


 そんな褒め言葉を意に介さず、レパルドは蜂の巣をぐいと差し出した。


「飲め。甘いぞ」


 もがれた蜂の巣からは、琥珀色に光る蜜が溢れていた。俺は人差し指を伸ばして、それをそっとすくう。


「どれどれ、コレなら昨日の酒場のメシと違って……やっぱりそうだ、安心して食べられる味だ! 甘いなあ!」

「う、うん、本当だ、甘いね!」

「強い味覚を感知します……」


 レパルドからの施しを受けて、俺たちは思いのほかテンションを上げていた。これはうまい。


「おっと、いかんな」

「? どうした、レパルド?」

「腹がすいた。食事をしなければやる気が起きない」

「そ、そんな自信満々に、ダメっぽい発言をするなよ!」

「何がダメなものか。欲求には素直に従う。それが生物のあるべき姿であろう」

「そっかあ、いいなあ、生物は……」


 ハチミツのついた指を舐めながら、ゴシカがひとりごちる。


「まあ、ある意味ちょうど良い。老人どもに会いに行く前に、ここで腹ごしらえをしておこう。畑なら食料には事欠かない」

「ではわたくしは……調理をいたします……」


 エ・メスは持っていたバッグの中から、調理用具一式を取り出す。

 俺は成り行きのまま、ダンジョンの畑の真ん中で、巨大昆虫が作った作物を、ゴーレムに調理してもらって食べることになったのだった。


 なんというこれは……非日常的な生活なんだろう。

 一冒険者として、これでいいのかと思わざるを得ない。

 しかもこれがまた、瓜のソテーやら干し肉のスープやら、案外うまいでやんの。

 思わず舌鼓を打ってしまった。ちょっとくやしい。


「ティーセットはお持ちしませんでしたので、食後のお茶はご用意できません……すみません……」

「いやそんな、そこまでしてもらわなくていいよ」

「ありがとー、エ・メス」

「ご主人様や、お姫様に、褒めていただいて……うれしいです……」


 エ・メスは照れているのか、頬を染めながらフォークを指先でくしゃくしゃに握りつぶしている。

 相変わらずすごい力だな……。

 そんな食後の一休みの中で、俺は何気なくレパルドに疑問をぶつけてみた。


「それにしても、なんでダンジョンの中に畑があるんだ?」

「愚かな。人間の割には、賢くないやつだな」

「なんだよ、悪かったな。そりゃ頭は良いほうじゃないけどさ」

「なら聞くが人間、ダンジョンのモンスターは、何を食って生きていると思うのだ?」

「えーっと……? 冒険者、とか……?」

「それもひとつの正解ではある。しかし、冒険者を襲って食しているだけでは、この広いダンジョンでは需要と供給が見合わない。それに、過剰に冒険者の捕食を続けていると、奴らは恐れをなして、このダンジョンに足を運ぶことも少なくなってくる。我々は自らのねぐらで、より効率的に腹を満たす方法が必要なのだ」

「そっかー、あたしたちみたいに、何も食べないってわけには行かないものね」

「このまま徒にダンジョン内での生物が増えれば、いずれは共食いの危険性も出てくる。だから我々は、自らの住まいの中で農耕を始めたのだ」

「へー……そうかー」


 ダンジョン内でのモンスターの食事。そんなもの、考えたこともなかった。

 俺は取って食われる側の人間なわけだし、当たり前といえば当たり前なんだが。

 それにしても、モンスターが農耕ねえ。そんなことが成立するもんなのか。

 いやまあ、成立している様子を今、我が身で体験したけども。


「さて、突然の空腹で本能を優先させたが、そろそろ老人どもに会いに行こうではないか。ゴーレム、案内しろ」

「かしこまりました……」

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