第15話 ダンジョン観光、その前にブレスケア
「じゃあみんなで、ダンジョン探検れっつごーだ!」
「あー、うん。じゃあ行こうか」
ピットの件が片付いて、身支度も整えて。
はしゃぐゴシカにせきたてられるように、一人と三匹で連れ立って、ダンジョンの奥に足を運ぶ。もちろん俺の返事は、楽しく元気にという感じでもない。
エ・メスは言われるがままに従順についてくるが、レパルドは眉間に皺を寄せ、俺と同じく、いささか乗り気ではないように見える。
いや、こいつは大体いつもこんなとっつきにくい、厳しい顔してるか。
それにしてもダンジョン探索って、普通はパーティーにモンスターは含まれてないはずなんだけどな。
モンスターに警戒しながら進むべきものなのに、探索メンバーに既にモンスターが存在してる。
むしろ比率としては3:1の割合で人間の方が少ないというこのパーティー編成。俺の方が浮いているという事実。
そんな信じがたい状況にくらくらしていると、ゴシカが話しかけてきた。
「でもさ、なんでおじいさんたちは、グルームをダンジョン観光に連れ出せとか言うんだろうね?」
「あ、この観光ってのも、ジジイの差し金なのか」
「ふん。老人どものことだ、また何か企んでいるのかも知れんな」
「大旦那様が言うには……各自の人となりを、ご主人様により深く知ってもらうためということですが……」
人となり、ねえ。
モンスターに人となりも何も無いような気はするが。
とりあえず、人間の常識がまったく通用しない連中だってことだけは、今のところ身に沁みて理解している。
「おじいさんたちが何をしたいのかは良くわからないけど、要はみんなが普段住んでるところに、グルームを案内すれば良いんだよね?」
「そのようです……」
「なんだか楽しそうで、いいよね!」
「楽しいかあ?」
一人テンション高めで舞い上がっているゴシカに、疑問を呈す。
「楽しいよー! 普段レパルドとかエ・メスとかがどんな暮らししてるか、あたしもちゃんとは知らないもん!」
「そうだな、わたしも貴様たちの生活を詳しくは知らないな。見識を広めることで、良い研究材料にはなりそうだ」
「ね? きっとレパルドだって楽しいよ」
「そうですね……。楽しそう、ですね……」
「あっ、エ・メス笑った! 珍しい!」
「早速貴重なサンプルが取れたな。記録しておこう」
「やめて……くださいませ……」
なんだか女子同士楽しそうだな。
いや、モンスター同士楽しそう……ってほうが正しいのかな。
ジジイどもの意図は俺たちにはよくわからないままだったが、さしあたって道案内の三人ともが、ダンジョン観光自体に否定的ではないようだ。
とりあえずこのまま行動を共にしつつ、当初の目的通り、逃げ道を探すことにしよう。俺の最大の目的はそこなんだから。
それに、探索行が楽しげなのは悪いことじゃない。殺伐としてるよりはね。
少なくとも三人とも、見栄えは若い女の子だし。楽しそうにしていてくれれば、少しは気が楽になる。
しばしの間、エ・メスの笑顔の話で盛り上がっていた女モンスター三匹だったが、やがてレパルドが口火を切った。
「まあいい。行くと決まったなら行き先を決めよう。まずどこに行くのだ」
「そうだね、最初はあたしの住んでる魔窟から行こうか!」
「そうか。ではわたしは行くのをやめよう」
あまりにきっぱりと言い切るレパルドに、早速調子を崩される。
「ええ? 今さっきまで割と乗り気だったのに、結局行かないのかよ?」
「ああ。あそこは臭いからな」
またも自信満々に自我を貫き通すその姿と言動には、良く意味のわからない威厳すら感じられた。
「えー、いいじゃん行こうよー、レパルドー」
「お前たちは良いだろうが、あの場所はわたしの鼻が曲がるほど臭いのだ。その上陰気臭いのだ。足を運ぶ気はない」
「うーん、まあ仕方ないかー。レパルドが言うことだもんね」
「ああ。わたしが言うことだから仕方ないな」
「いやいや、自分で仕方ないとか言うなよ」
ゴシカの説得に聞く耳を持たないレパルドを見て、業を煮やした三つのしもべも、口を挟んでくる。
例の、ゴシカのお供の三匹の死体だ。
「まったくわがままなことですな。これだから獣の知能の低さにはついていけませぬ」
「脳みそが腐っている連中に言われることではない。というか、お前たちも臭い。消えろ」
「なんザマスって!」
「ちゃんと毛づくろいしてるから、臭くないニャ!」
「死体が死体をなめても臭いものは臭い」
「ニャんだとー! 毛づくろい仲間のくせしてー!」
「もう、みんなケンカしないでよー」
アンデッドたちとレパルドの言い争いに、ゴシカが困惑気味に仲裁に入った。
不遜な獣人と、それを取り巻く一つ目生首と、一つ目黒猫と、一つ目コウモリ。両者をとりなすアンデッドの女王。
相変わらずカオスな絵面だ。それに、このパーティーのモンスターと人間の比率が、6:1に上がった。
そんな風に話が平行線をたどっていると、そこにエ・メスが口を挟む。
「あのー……ちょっとよろしいでしょうか……」
「なんだ、ゴーレム」
態度を崩さぬまま、レパルドが応える。
「臭いの問題でしたら……なんとかなると思われます……新機能で……」
「ほう、新機能。幾分興味深いな、説明しろ」
「はい……大旦那様が、新たな機能をつけてくださいましたので……このように……」
エ・メスはそう言って口を大きく開く。
すると彼女の口から緑色のブレスが吐き出され、さわやかな木々の香りが広がっていくではないか。
「これは……消臭・芳香効果の息! なんちゅー機能的で平和なブレスだ」
俺は感嘆の声を上げた。
まさか冒険者生活で初めてくらうことになるブレスが、森の香りになるとは思わなかった。もちろんダメージとかバッドステータスとかはない。
「ふむ……心地よい香りだな。これなら死体どもの臭いも、さほど気にならない」
「あがががが、あががが……」
「メイドさん、あのさ。一旦口を閉じて話さないと、何言ってるかわかんないよ」
「あが……そうでした。ええと、これでいかがでしょう」
「ああ、これならなんとかなりそうだ。ゴーレム、引き続き頼むぞ」
「かしこまりました……」
こうして命令している姿を見ていると、レパルドがエ・メスの主人のようだ。
まあいいか、メイドなんだし。みんなのお手伝いさんってことで。
「やれやれ、じゃあ行こうかゴシカ。道案内頼むよ」
アンデッドの女王の方を向いて話を振ると、彼女は自分の腕に鼻を近づけ、神妙な顔をしていた。
「もしかして、あたしも死体臭いのかな……?」
「ん? 何してるの?」
「あ……うんゴメン、なんでもない! じゃあとっとと、行こうー!」
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