第14話 二度会うヤツには三度会う

 俺は屋敷の二階で、エ・メスが用意した新たな服に着替えていた。

 今日はこの後、あの連中と一緒にダンジョン内を観光する予定になっているらしい。

 あの連中というのは、花嫁候補モンスター三人組だ。

 とても気がすすまないイベントではあったが、俺には少しだけ考えがあった。


 最初に変なところからこのダンジョンに放り込まれたけど、そもそもここは多くの冒険者が足を運ぶ場所なんだ。

 本来の出入り口が、どこかにあるはず。

 そこを見つけて脱出を試みれば、なんとかここから逃げることも可能かもしれない……。

 観光とやらのついでにダンジョン内を探索して、まずは逃げ道を確保しよう。

 このまま結婚騒動に巻き込まれっぱなしで、自分から行動を起こさないわけにもいかない。

 自分の命は自分で守らないとな!


 改めて意思を固める俺の部屋を、ノックする音が響く。

 「はい?」とそれに応えると、エ・メスがおずおずとドアを開けた。


「あの……ご主人様」

「あれ、えっと、準備はまだだけど」

「いえ、その……お伝え忘れていたことがありまして」

「なんだろ」

「昨日のうちに……大旦那様が屋敷のあちこちに罠を仕掛けておいでですので、お気をつけくださいませ」

「ええ? 仮にも俺らが住む家なんじゃないの、ここ? なんであのジジイは家に罠を仕掛けたがるの?」

「ご主人様を……逃がさないためだとか、おっしゃっていました……」

「え」

「わたくしには大旦那様の言葉の意味が、良くわからないのですが……」

「あっ、ああー。そう、そうなの。そっかー」


 さっきまでの自分の脱走計画が既にジジイどもに見透かされてる気がして、背筋が寒くなる。


「お着替えの最中では、わたくしがご主人様のお体を、罠からお守りすることも出来ませんから……」

「あ、うん」

「死なない程度に身をお守りくださいませ。それでは、失礼いたします……」


 エ・メスはそう言い残して、部屋を後にした。

 はあ、そっか。まあそうだよなあ。逃げ出すことを考えに入れてないわけがないか。

 屋敷から逃げるだけでも、一苦労なんだろうな……。

 やっぱりダンジョンから逃げるためには、あちこち下見をしておいたほうがいいのかもしれない。

 この屋敷と酒場、最初にジジイに会った場所や、花嫁候補のいた通路ぐらいしか、俺はダンジョンの中を知らないわけだし。どこかどう繋がっているのかもわからない。

 内部構造を知っておくことは重要だよな。ダンジョンに入ったら、マッピングしないと。


 そんなことを考えながら、屋敷の二階の窓から外を見る。外に広がる景色は、岩壁だ。

 そりゃそうだ、ダンジョンの中の一軒家なんだから。

 これって、部屋の窓……必要あるのかな。

 というかそもそも、ダンジョンの中に二階建ての屋敷を作るその発想が良くわからないけどな。

 ジジイどもの住処を基準にして、新婚用に家を建てたんだって、エ・メスに聞いたけど……。

 ダンジョン内に灯された明かりが、屋敷の窓をすり抜けて室内を僅かに照らしているという、これ……なんだ……? 間接照明的な……?


 ぽつりぽつりと設置された光源と岩肌以外、特に代わり映えしない景色を眺めていると、景色に動きがあった。

 窓に、人影が見える。

 二階の窓の外にへばりついている、小さな人影。こちらを覗いている。


 「えっ」と思う間もなく、そいつの体が瞬時にロープでぐるぐる巻きにされ、直後に窓がガチャリバタンと自動開閉。

 縛られた人物が、部屋の中に放り込まれてきた。ご丁寧に『盗人御用』なんてシールまで貼りつけられて。

 一瞬で起こった予想外の出来事に、俺は目を丸くする。


「あいててて……くっそージジイ連中め。罠だけに飽き足らず、余計なシールまで用意しやがって……」

「ん?」

「おや?」

「あれ、アンタは??」

「えっ、あれ??」


 罠にかかって現れたのは、俺がこのダンジョンに放り込まれる前、街で出会った盗賊の少年だった。


「おいお前、昨日会ったよな、街の酒場の入り口で!」

「あー、会ったねえ。何だよアンタ、ジジイどもの仲間だったわけ?」

「いや全然そんなことないんだけど。て言うか聞いてくれよ! 今、大変なんだよ!」

「何だよ、すごい剣幕で。よくわかんないけど話の前に、この縄ほどいてくれないかな」

「あ、ああわかった。ちょっと待ってろ」


 昨日街で会ったばかりとはいえ、一応見知った外の人間だ。ようやくモンスターじみてない人間との出会いだ。

 俺はこの出会いに喜びを感じつつ、盗賊の縄をほどいてやる。


「ほどいてくれてありがと」

「いやいやなんのなんの」

「つーかさ、アンタなんでこんなところに住んでるの? 冒険者かけだしって感じじゃなかったっけ」

「住んでるというか、これは半ば監禁なんだよ……」

「監禁? なんで? モンスターにつかまって、取って食われるとか?」

「いや、食われはしないと思うけど……食われたほうがまだマシかもしれない」

「なんだか大変そうだな」

「このままだと俺、モンスターと結婚させられるハメになるんだ!」


 必死の訴えを盗賊にしてみるが、反応は薄い。


「結婚。意味わかんないんだけど」

「俺もわかんないよ。急につかまって閉じ込められて、一週間後に結婚だなんて、そんなバカな話があるか」

「へー、そりゃとても大変ですねえ。ふんふんふーん♪」


 盗賊は鼻歌交じりに、部屋を物色し始めた。


「……お前、人の話聞かないで、何してるんだよ」

「だってもともと、この変な屋敷の中に何かお宝でもあるんじゃないかと思って来たわけだし。こないだダンジョン潜った時はこの屋敷なかったんだよね。せっかくだから、部屋あさらないとさ」

「せめて俺のこの、世にも奇妙な不幸話ぐらい、腰を落ち着けて聞いてくれたっていいじゃんかよ」

「だってさあ、人の不幸話聞いてるより、お宝探ししてる方が面白いんだから、仕方ないじゃん?」

「そりゃそうかもしれないけど……」

「じゃあ決まりだ、せっかくだから一緒に探索しようぜ。話はそのついでに聞いてやるから」

「お、おお、うん」


 なんとなくペースを握られてしまう、俺だった。


「あのさあ、もしこれでお宝が見つかったとしてさあ」


 部屋の隅々を注意深く探りながら、盗賊は言った。


「その調子じゃ、アンタは持っててもしょうがないよね。だから何か見つかったら、ボクのものってことで」

「なんだよ、それじゃあ手伝い損じゃねーか」


 一緒になって部屋を物色していた俺は、抗議の声をあげる。


「いいじゃん、手柄と名誉だけはあげるよ。後はモンスターと結婚して、その武勇伝をダンジョン内で子々孫々語り継いでくれ」

「ひでーこと言うなお前! あの時仲間になってもらわなくて良かったわ、本当に」

「お互い様だね。モンスターの亭主と仲間になるつもりはないよ」

「……だけど宝探しは手伝わせるのか」

「こき使う分には仲間じゃないもんね」

「つくづくヒドイこと言うなあお前」

「おっ、隠し扉はっけーん」


 ぐだぐだと雑談中に、盗賊はいつの間にか隠し扉を見つけ出していた。

 しかし俺には、そこに隠し扉があると言われても、まったく目視することが出来ない。ただの壁があるだけに見える。


「アンタ、見えてないだろこの扉。こうするんだよっ、と」


 俺にニヤリと笑みを向けた少年は、良くわからないすばやい手さばきで、壁を叩いたりさすったり蹴ったりする。

 すると、ただの壁だと思っていた場所に溝が生まれ、一部がくるりと回転した。

 その手際は見事の一言。さすが盗賊と言ったところか。


「さてさて、中にはどんなお宝が眠ってるのかなーっと♪」


 手もみしながらそいつが扉の中に入ろうとすると、部屋の四方から扉に向かって、電撃が飛んできた。


「ぎゃーーーーーーーっ」


 発動した罠の直撃を受けて、激しい叫びを上げる盗賊。見る見るうちにその姿は、黒焦げになってしまった。

 休む間もなく今度は、急回転を始めた扉に全身を跳ね飛ばされ、天井に体を打ち付け、床に落ちてはいつくばる。

 強烈なトラップの効果を見て、俺は言葉を失い、呆然と立ち尽くしてしまった。


「今の音……何事でしょう、ご主人様」


 騒ぎを聞きつけてやってきたのは、エ・メスだった。


「あっ。あ、あのー、なんかトラップに引っかかったみたいでー」

「トラップに……! ああ……やっぱりわたくしが一緒にいるべきでしたでしょうか……」

「いやその、俺じゃないんだけどね、トラップにやられたのは」

「おや、この方ですね」

「そうなんだ、気絶しちゃってるみたいなんだけど、どうにかならないものかな」

「はい……お任せくださいませ」


 エ・メスは片手で盗賊の少年をひょいと持ち上げ、二階の窓を開けて、外に放り投げてしまった。

 地面にたたきつけられて、「ぐえっ」とうめき声が上がるのが聞こえる。


「投げちゃだめでしょ投げちゃ!」

「ご主人様がそうおっしゃられたものですから……」

「言ってない、言ってないってば」


 弁明をしているところに、今度はゴシカが姿を現す。


「ねえねえ何の騒ぎ? さっきなんか、『ぎゃーーーっ』て、断末魔みたいなのがしたけど」

「断末魔か……。あれを見たら、あながち間違っちゃいないかもしれないけど……」


 俺が二階の窓から地面を指し示すと、そこに倒れている盗賊の少年を見て、ゴシカは言った。


「あー、ピットかー。じゃあ死なないね!」

「え? 名前知ってるの? 知り合い?」


 その疑問に答えてくれたのは、悠々と最後に部屋に現れた、Dr.レパルドだった。


「あの盗賊はこのダンジョンの常連アタッカーだからな。ちょっとした有名人だ。皆が名前を知っている」

「ああ、そうか……。ちょくちょくここに来てるのか、あいつ」

「いつもあんな調子だ。どうやら主に、スナイクの罠に引っかかる用件で足を運んでいるらしい」


 とうとうと持論を述べるレパルドに、エ・メスが納得した様子で応える。


「なるほど……そういったご用事でいつもわざわざいらっしゃってたんですね……」

「いや、違うと思う。俺は違うと思うよ」


 それにしても、あんな大怪我負って放置されたら、いくらなんでも死んじゃうんじゃないか。電撃と落下だぞ。

 落下のほうが……ダメージ大きかったかもな。

 ピットと呼ばれた盗賊を、心配しつつ眺めていると、その姿が一瞬にして消えた。


「えっ、消えた?」

「ふむ。いつものテレポートだな」

「テ、テレポート? 魔法まで使えるのかアイツ」

「そうじゃないよ。なんかね、瀕死になったら街まで転送してくれる、ありがたいマジックアイテムが売ってるんだって」


 ゴシカが身振り手振りで、「こーんな、首とか手とかに巻くやつ」とマジックアイテムの説明をしてくれる。

 たぶんスカーフか何かなのだろう。そういえばピットが巻いていたような気がする。


「あの盗賊はダンジョンにもぐる際、テレポート用のアイテムをよく身につけているのだ。単身で身動きが出来なくなっては帰還の手段がないからな」

「へー、そうなんだ」

「ああやって死に掛けては街に戻って、神殿や宿で治療して、またここに来ては死に掛けるのだ。人間というのは興味深いな」

「すごいねー、人間って。生きてるのによく死なないよね!」

「いや別に人間全てがああじゃないと思うけどね?」


 常識はずれの見解を述べる、ゴシカとレパルド。

 あれが人間のスタンダードだと思われると、俺の身がまた危ない気がしたので、一応否定をしておいた。


「あの生命力には、恐れ入ります……」

「いやそれは君が言うセリフじゃないと思うけどね?」


 エ・メスも見当違いなことを言っていたので、ついでに否定しておいた。

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