第13話 女王様が癒やしてあげる

 俺に無断で作られた新居の、寝心地だけはいいベッドの上で、現在の休息の必要性について思いを巡らせていると。

 横ではゴシカが、しもべのアンデッド三人衆と、何か話をしていた。


「それにしても、花嫁を決めるまで一週間もあるとは、長すぎるですぞ」

「どうせ姫様を選ぶに決まってるんニャから、今すぐ決めてしまえばいいのニャ」

「そうザマス。あんなケモノや機械人形なんか、姫様の足元にも及ばないザマス」

「こらー! そういう自分勝手なこと言わないの! それにレパルドもエ・メスもみんなかわいいし、立派な花嫁さんでしょ!」

「姫様はご謙遜しすぎでありますよ。王族としてはもう少し、確固たる自信をお持ちいただかないと……」

「自信も何も……あたしはみんなと違って、何も出来ないし……。とにかく悪口ダメ! 反省しなさい!」

「ぐむ、申し訳ありませぬ」

「ニャ」

「マス」


 こうしてやり取りを見てると、アンデッドって思ったよりは殺伐としてないんだな……。

 そもそもアンデッドとこんなに会話が出来るとは、思ってなかったけど。


「あ、そうだグルーム」

「ん?」

「人間は具合が悪くなると熱が高くなるんだよね?」

「はあ、まあそうだけど」

「あたしが熱みてあげる。おでこ触ればいいんだよね?」


 ゴシカの白い手が、俺の額にすっと伸びる。細い指先が、優しく体に触れた。


「きゃあ、熱い! グルームすごい熱い!」

「うわあ冷たい! ゴシカの手ヒンヤリする!」


 お互いに真逆のリアクションだ。俺は額に急に冷たい手を載せられて驚き、向こうは向こうで俺の熱さに驚いていた。


「こんなに熱があるってことは……? これは大層大変な病気とかなんじゃ……?」

「いやいや違うって、そうじゃないって。多分俺、熱ないって」

「待ってて、すぐに冷やすから。熱があるときは冷やせばいいって、レパルドが言ってた!」

「いやだから平熱だってば、きっと」


 言葉がゴシカに届いていないのか、彼女は一人でテンパって、話を勝手に進めようとする。


「高熱をこじらせて死んだりしたら大変だよ! 早めに処置しないと!」

「まあ死んでしまえば我らと仲良くなりやすくはありますな」

「だとしても死にたてのぺーぺーニャんか、姫様に気を使ってもらうなんて大それたこと、本来はできないからニャ」

「例え死んでも身分の差は歴然ザマスよ、よく憶えておくザマス」

「いやその、勝手に生きるの死ぬのと決められてもさ。困るんですけど」


 アンデッドのしもべどもと会話している俺のことを無視して、ゴシカは二言三言、呪文をつぶやいていた。

 すると、突如部屋の中に、激しく風が舞い上がる。


「うわっ、これっ……?」

「いいからじっとしてて! 病人は動かないの!」


 ゴシカにベッドに押さえつけられる俺。

 部屋の中で巻き起こる吹雪。

 かけていたシーツが飛んでいき、新たに生まれた雪のシーツに全身を包まれる。

 数秒後、俺はベッドの上で、見事な雪だるまになっていた。


「ふー、良かったー。冷気の魔法得意なんだ! これで一安心」

「……ぶはっ! ひ、一安心じゃない! 寒い! 雪に埋もれて息もできない! 死ぬ、死ぬ!」


 のしかかった雪の塊を押しのけて、俺は叫びとともに飛び上がった。


「寒いの……? 人間は熱が出ると寒気がするってレパルドに聞いたよ? やっぱりヤバイじゃない! グルーム瀕死!?」

「ヤバイのはヤバイけど、寒気とかじゃないよ! 瀕死になってるのはこの魔法のせいだよ!」

「魔法のせい?? だって、熱が出たから、こうして冷やしてあげて……」

「冷やし方が極端なの! というかそもそも、俺の熱は普通だよ、別に高くないって!」

「えー、だってグルーム、さっき額触ったらすごい熱かったし、絶対病気の熱さだったって」

「それはあんたの手が冷た過ぎるだけだー!」

「えっ? ……だって、あたしはこれが平熱だよ?」

「平熱も何も血が通ってないだろ、アンデッドなんだから!」

「あ、そっか。あたし体温とかないんだった」


 ようやく気づいてくれたようだ。気づくまでの間に、俺の体力が半減した気がする。ベッドで介抱されてたはずなのに。


「うう……寒い寒い。本当に熱が出ちゃうよこれじゃ……」

「ご、ごめん! じゃあ早速、部屋を暖めないとだよね! 『闇の眷属の女王が幾万の生死を従え命ず、地獄の業火よ、この地を永久の焦土と化し……』」

「極端なのやめて!? 地獄とか業火とかじゃない、無難なあったかいやつでどうにかしてくれ!」

「あれ? ダメ? あ、そっか! 部屋が燃えちゃうしね!」

「その前に俺が燃えちゃうんだってば……」


 ダメだ、ちっとも体が休まらない。休憩なんかできるわけがない。英気を養うのは取りやめだ。

 この子一人でこんだけ振り回されるのに、三人揃ったらどうなることか。

 エ・メスには硫酸を飲まされかけてるし、レパルドは積極的に俺を狙っている風だし。

 よし、逃げよう。真面目にここからの逃走を計画するべきだ。

 そうするしかない。命が惜しければ。

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