二日目

第12話 期限は七日

 う、うーん。

 目をこすりつつ俺が目を覚ますと、そこはベッドの上だった。

 これは……あれ? 俺はさっきまで、ダンジョンの中でモンスターに囲まれていたはず……?

 結婚がどうとか、悪魔のようなジジイが笑っていたりとか……。

 あれ?

 ああー。

 えっと、酒場で酒をやたら飲んだのは憶えてるな。

 冒険者として旅立って、目的地について……。

 ダンジョンが近くにあるって言う街の、酒場に足を運んだんだよな。

 そこでそのまま酒を飲んで、酔いつぶれて……?

 酔っ払って、何か変な夢でも見てたのか?


 まあそりゃそうだよな。いくらなんでも現実味がない話だったもんなあ。

 人間とモンスターで結婚だなんて。

 というか、そのモンスターの花嫁って言うのが、三者三様に美人ぞろいだっていうのが、更にワケわかんないし。

 モンスターのクセに美女って。

 俺の妄想が、あんな悪夢の形で現れたのかなあ……何が逆玉だよ、まったく。

 見栄えだけは悪くない、花嫁候補だったけど……。あの三人の中だと、そうだなあ、好みで言うと……。


 俺は自分が見ていた夢を、振り返っていた。まだまだ、夢見心地でいた。

 ごろりと壁に向かって寝返りを打ったときだった。後頭部で、何かが鋭くベッドに突き刺さる音がした。

 「ボフッ」という、破裂音も混じっていた。

 頭の後ろで何が起きたんだろう。ベッドに転がったまま、そっと背後を振り返る。

 するとそこには、さっきまで俺の頭が乗っていた枕が、見るも無残に弾け飛んだ姿があった。羽毛が宙を舞っている。

 枕とベッドから、細くしなやかな手が引き抜かれる。その手から顔までを目で追っていくと、そこには見覚えのある美女がいた。


「なんだ、もう目覚めていたのか。惜しかったな」


 こともなげにそう言い放つ彼女は、枕を吹っ飛ばした自分の爪を、歯でかじって研磨している。

 白地に黒斑点の豹柄キャットスーツに、眼鏡の女だ。


「やはり守り一辺倒は性にあわないな。一晩は耐えたものの、どうしても攻めの手を打ってしまう……わたしの獣性のなせる業か……」


 ぶつぶつと独り言を言う彼女の横に、見覚えのある女性がもう一人現れた。

 漆黒のミニドレスを着て、悪趣味な王冠をかぶった女だ。


「おはよーレパルド。あれ、グルームも起きたの?」

「ああ。どうやらこの人間も、たった今目覚めたようだ」

「昨夜はさー、うちの下僕のゾンビたちと見分けが付かないぐらい酔いつぶれてたけど、大丈夫かなー?」

「どれ、気はすすまないが、一応診てみよう」


 あれ、まだ俺の夢は覚めてないようだ。いつまで続くんだろう、この悪夢。

 もう目は覚めてるはずなのに。ぱっちりと目は開いてるはずなのに。


「ふむ、現実を正確に認識できず、自分に都合のいいように状況を理解しようとしているようではある」

「それってどういうこと?」

「ここまでのダンジョンでの出来事を、夢だと思っているな。どうせ嫌でもすぐに現実を見るハメになる、さして問題はない」

「そっか、良かった!」


 屈託なくドレスの女が笑う。

 良くない。全然良くない。

 夢じゃない。夢じゃなかった。

 悪夢は覚めていなかった。

 俺は昨夜、ダンジョンの酒場で酔いつぶれた。

 そして、アンデッドの女王と、獣人の女医に囲まれて、ベッドの上で目を覚ましたのだった。


「ここは……部屋に天井もあるし、家具も並んでる。まさか、ここって……」

「おじいさんたちが昨日言ってた、あたしたちの新居だよ!」

「そうか、やっぱり……そうなのか……」


 俺は現実を正確に認識して、がっくりとうなだれた。

 結局逃げ場はないものか。


「えっと……君がゴシカで、そっちがレパルドだっけ?」

「うん。なんかまわりの下僕は、あたしのこと姫様とか女王様って呼ぶけど、グルームは気軽に、ゴシカって呼んでね!」

「同じく気軽にレパルドと呼ぶがいい。だからこちらも気軽に人間と呼ぶことにしよう、人間」

「それは呼び名なんだろうか……」

「あのね、昨夜はグルームが酔ってダウンしたから、酒場に戻ったエ・メスがね、担いで連れてきてくれたんだよ」

「エ・メスって……あのメイドの子?」

「そうだよー」

「あの子って確か、食べた爆弾が体の中で爆発してたよね。その後も走ったり転んだりしてたけど、大丈夫だったのあれ」

「うん。一応ネジ何本か差してもらったみたい。頑丈だよねー。すごい!」

「すごいねー、アハハハ……」


 すごいも何も、自分が今会話しているこの女の子も、無数の死にぞこないを下僕として従える、最上位のアンデッドなんだけどね。

 もう何がすごいやら、すごくないやら。


「飲みなれない魔獣エールを飲みすぎたあなたを、レパルドが介抱してくれたんだよ」

「介抱というほどのものでもないがな。医者としての最低限の処置をしたまでだ」

「またレパルドはそんなこと言ってさー」

「介抱はゴシカやエ・メスに任せる。せいぜいその人間を長生きさせてやれ。せめて、花嫁を選ぶまではな」


 ドクターを名乗るだけあって、レパルドは人間の介抱も出来るようだった。彼女曰く、『ただの処置』みたいだけど。

 それにしても言うことが怖い。せいぜい花嫁を選ぶまでは長生きさせてやれって。やめてくれよ、そういうこと言うの。


「しかし、俺……。酔いつぶれて朝を迎えちまったのか」

「もうしばらく寝てるといいよ、グルーム。まだ辛いでしょ?」

「え? あ、ああ」


 何か……アンデッドの女王とか言う割には、案外優しいんだな。妙に拍子抜けしてしまう。


「わたしは書斎に戻る。しばらく相手でもしてやれ、ゴシカ」

「あ、はーい」


 そっけなく言葉を投げかけ、Dr.レパルドはすたすたとその場を去った。

 すると入れ違いになるようにして、メイドゴーレムが姿を現す。


「ご主人様、お目覚めでしょうか……」

「あ、はい、俺?」

「はい、そうです……ご主人様」

「えーと、うん。とりあえずお目覚めだけど」

「お体の具合にあわせて、何かお食事をお作りいたしましょうか。家事なら……わたくしにお任せくださいませ」

「いや、昨夜さんざん食べなれないもの食べたせいか、まだお腹すいてないし。今はいいよ」

「そうですか、それではお茶だけでもお淹れしますので……。姫様はいかがいたしましょう」

「えっ、あたしももらえるの!? じゃあその……エ・メスのお任せで!」

「かしこまりました……」


 エ・メスはお茶を淹れるために、キッチンに湯を沸かしに行ったようだ。

 かくして部屋には、俺とゴシカ・ロイヤル女王さまの、二人っきりになった。

 彼女はベッドの横に座り、妙にニコニコとしている。


「あのー、なんかずっとここにいるけど、君は特に用事はないの?」

「うん、あたしはね、看病! やってみる、グルームの看病! 全力でやるよ! やあ! とう!」


 なんだか妙に楽しそうだ。

 何が楽しいのかはよくわからないが、彼女がはりきっていることはわかる。何もない空中に向けて手刀を放っているし。どんな看病だ。

 こうしてはしゃいでいるのを見ると、なんだか子供みたいだな。見た目は俺と同年代くらいに見えるのに。

 最初に見た時には、大人びて見えたんだけど……なんだか不思議な子だ。


 飲みすぎの辛さは驚くほどなくなっていたが、いろんなことがありすぎたせいで、俺の疲労はピークに達していた。

 しばらく寝ていたようだけれど、何よりも精神的な疲れが取れやしない。

 ここでゆったりと休んでいるのが、とても心地よく思える。


 とは言え、ただこうしてゆったりしていて良いのかどうかは、考えてしまう部分もある。

 例えば、妙に好戦的なDr.レパルドの態度は、ずっと気になっていた。

 花嫁候補として立候補しているにしては、なんか、さっきも……。

 俺は砕け散った枕を顧みた。

 あの時偶然寝返りを打っていなかったら、俺の頭がこの枕みたいに、粉々に?

 いかん、わかりやすい身の危険を感じる。


 それだけじゃない。スナイクとゴンゴルの、ダンジョンマスター二人組。あいつらの不敵な笑みには、妙なたくらみも感じていた。

 酒場でリザードマンの板長と話していたときに、ある程度は事情を聞けたが、詳しいところは本人に聞くのがいいようだ。

 しかし連中はここにはいない。

 連中の使役するゴーレムであるエ・メスであれば、何か知っているのかもしれないけど。

 どうなんだろう。エ・メスに聞いてみれば、何かまともな情報が聞き出せるかな。

 そんな考え事をしていた俺に、ゴシカがおずおずと話しかけてくる。


「あのーなんか、あれだね」

「え? 何?」

「エ・メスがメイドやってくれててさ。お茶淹れるの待って、こうして二人でいるのって……。まるでもう、夫婦みたいだよね!」

「え? ……え?」


 楽しそうに、そして少し恥ずかしそうに、天真爛漫で語るゴシカに、俺はまだちょっとついていけなかった。


「夫婦ってこんな感じなのかなあ。あー、一週間後が楽しみだなー」

「……ん? 一週間後?」

「あれ、まだ話してなかったっけ。ここでみんなで過ごして、一週間後にはグルームに、結婚相手決めてもらうんだよ」

「いいい、一週間!??」

「正確には、昨日寝ちゃって一日過ぎたから、あと六日だね」

「むむ、六日??」


 短い!

 いやもうなんていうか、それが一ヶ月になろうが一年になろうが状況に納得は行かないけど、それでも短い!

 モンスターの花嫁を選ぶ時間が、一週間しか与えられないのか??

 しかも既に一日、無駄に過ぎただって?

 俺の生涯の伴侶が化け物になるかもしれないって言うのに!


 どうしよう。タイムリミットは近い、どうしよう。

 六日後には俺はモンスターの旦那さまか。子供をもうけて子々孫々とダンジョンで生き続けるのか。

 そんなの、嫌だー……。うううう……。俺、普通に人間の女の子とデートとかも、ろくにしたこと無いんだぞ……。


 俺は叫びだしたかった。この状況をなんとかしたい。

 だがいかんせん、体が重い。いろんなことがいっぺんに起きて、疲れが溜まりすぎだ。

 変なものを食いすぎたせいか、胃腸がやたらと変な音を立て始めたし。「ごーぎゅううるるーどどーん」って鳴っている。何だこの音、大丈夫か。

 こうなると、今は英気を養って、次にどう動くかを考えるべきなのかもしれないな……。

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