第9話 奇人たちの歓迎会1
かくして俺はいつの間にか、なみなみとエールの注がれたジョッキを手に持っていた。
周りは無数の酒と豪勢な料理の匂いで溢れ、騒ぎ立てる荒くれものどもの笑い声が絶えない。
少しは楽しくなっても良い状況のはずだが、俺の心は落ち込んだままだった。
だって周りにいるのが、みんなモンスターなんだ。
落ち込んでいる俺に向かって、ギラリと光る抜き身の長物を肩にかけたリザードマンが、話しかけてくる。
「オイオイ、せっかくの歓迎会だぜ、もっと楽しく振舞えや」
「……そう言われても、いくらなんでもこの状況じゃ……」
ダンジョンの中にある酒場に、俺は連れて来られていた。歓迎パーティーに招待されたらしい。
誰の歓迎パーティー? どうやら俺らしい。
何で歓迎されてるかって? 俺がこのダンジョンのモンスターの、婚約者だかららしい。
酒場のあちこちでは、獣が叫び声を上げて肉に喰らいついたり、死体がワインを飲んで腹の間からドバドバこぼしたりしている。
黒目が幾つもある目玉をサイコロ代わりに振って、楽しそうにギャンブルに興じているやつらもいる。
その状況や、モンスターの婿になるという意味のわからない縁談は、俺の現実感をどんどん剥離させている。
だからいまや、モンスターの通う酒場がダンジョンの中にあって、そこにリザードマンの板長がいて、俺に親しく話しかけていることなんか、全然現実味があるレベルの出来事だった。
リザードマンの板長は、長包丁で得体のしれない料理を仕込みながら、ちょこちょこと声をかけてくる。
「俺も職業柄、色んなヤツを見てきてる。お前さんの気持ちもまあ、少しはわからあな」
「わかってもらったって、状況は改善しないんだよな……。あーもーこうなりゃヤケだ! もっと酒くれ酒!」
「まあ待てよ。これから花嫁候補の自己紹介だ。面通しの前に泥酔しちまっちゃあ、相手さんに失礼だぜ」
「そんなこと言ったって相手はモンスターで、俺は人間だぞ! 酔った勢いでもなきゃお見合いもクソもねーよ!」
「そうクサるな。リザードマンの俺が言うのもなんだが、人間のアンタでもそう幻滅しない程度には、嫁さんたちもめかしこんでるんだぞ」
「んなこと言ったって、物事には限度があるだろうよ……? 相手は化け物なんだぞ?」
「なあに、手間のかけ方、気の持ちようで、女ってのは案外いけるもんだ。料理と同じさ」
「確かに板長の料理はうまいけど……。俺はまさか、爬虫類の作る飯がうまいとは思わなかったよ……」
「おおそうかい、そいつぁ良かった。そっちは洞窟クラゲの煮こごりだ。珍味だぜ」
「洞窟クラゲって、なにそれ。食えるの?」
「天井にへばりついてるのをはがして煮るんだ。ここでは人気の品で、モンスターの客は良く食ってるが、人間で食ったヤツは初めて見たな」
「ぶへっ」
吹き出した煮こごりから、洞窟クラゲとやらの切れっ端が這い出して、壁をよじ登り始めた……。
ような気がしたが、酒が回って幻覚か何かが見えているんだと決めつけて、それ以上そっちは見ないようにした。
「まあ、食っても死にはしないだろうさ」
「死にはしないだろうさって……俺結構食っちゃったんだけど、本当に大丈夫なの?」
「多分、そっちのデーモンステーキよりはマシかと思うが」
「この野性味溢れる分厚い肉? こっちはもっと食ったけど!?」
「今後の生活のためにも慣れておけよ。郷に入れば郷に従えって言うだろうが」
「慣れるも何も、デーモンステーキって何だよ……? これデーモンの肉なのか??」
「人間の料理にもあるだろ、ディアボラ風って。ありゃお前、意味は『悪魔風』ってことだろ?」
「これは『風』じゃなくて、名前がまんまデーモンなんだけど」
「安心しな。もしまかり間違って死んじまっても、すぐに仲間になれるぜ。ここならな」
「シャレにならないんだけど、それ……」
「おい、そんなことより。ついにお披露目だぞ」
「そんなことよりもなにも、まずは俺の命を大事にさせてくれよ!」
現状改善についての訴えをリザードマンにしていたところ、ふいに場内が静まり返った。
酒場の入り口のドアが開き、俺がダンジョンで最初に出会った、あのジジイ二人組が現れる。
ガリガリノッポのディケンスナイクと、チビデブドワーフのゴガゴ・ガゴンゴルだ。
「おうお前たち、待たせたな。花嫁連中がついにやってきたゾイ」
ゴンゴルがそう口にすると、モンスターたちは歓声を上げる。
「特にそこの婿殿は、心待ちにしていたかな?」
スナイクのジジイは口元に不敵な笑みを浮かべながら、俺に言葉を向ける。
「そんなことねーよ、俺は全然納得行ってないんだから!」
「じゃあとっとと逃げ出せば良いじゃあないか」
「こんなにモンスターに囲まれて、逃げられるわけないだろうがよ!」
スナイクは俺の叫びを無視して、今度はモンスターどもに向き直り、話を続けた。
「さて、諸君。本来はわたしたちダンジョンマスターも、今回の騒動の立候補者になるわけだが。この場に他に適任がいないから、進行役をやらせてもらうよ」
「では早速ジャ。姫様、出てくるんジャ!」
ドワーフの声に促され、一人の女性が姿を表す。
その肌は白く美しく、その髪は黒く美しかった。
漆黒のミニドレスから伸びた脚と、捻くれた装飾のついた小さなティアラも印象的だ。
おおよそ誰しもが頭に浮かべる、“モンスター”という存在とは、造形の異なったものが、そこに現れた。
一言で言えば、それは美女だ。美少女にも見える。
年齢不詳で、無垢にも感じるし妖艶にも感じられる。ただとにかく、人間離れして綺麗な姿形であることには間違いなかった。
「ゴ、ゴシカ・ロイヤルです。吸血鬼です! ゴシカって呼んでね、よろしくー!」
その子は先ほどまでの神々しい雰囲気から、急に態度を軟化させて、俺の目前に走り寄ってきた。
「ぶ、ぶい!」
華奢な白い指で∨サインを作り、見せつける。
「え、えーっと……。ぶい? 何で、Vサイン?」
「あの、一応、他にも候補の子とかがいて競うことになったんで、そのー、がんばって勝ち残るぞっていう意欲のV! ぶい!」
「はあ、ぶい」
何となく俺は、ゴシカという女の子の∨サインに対して、こちらも∨サインで応えた。
するとどうだろう。
「姫様すげーーー」
「早速人間と完璧なコンタクトを取ったぞ」
「これなら我らも、人間なんかとも暮らしていけるかも知れんぞう」
「生きてる連中の挨拶は一味違うな。指でこうやるのか?」
「お前、中指腐り落ちてるから無理だな」
俺とゴシカの一連のコミュニケーションを見て、アンデッドどもが大騒ぎを始めたのだ。
うるさい。臭い。たまらない。吐きそう。帰りたい。
状況を見かねたのだかどうだか、騒ぐアンデッドたちを諌めるようにしてゴシカの背後から現れたのは、生首と黒猫と蝙蝠のトリオだった。
「あまり騒ぐなお前たち。たかが生きぞこないと姫様が会話した程度ですぞ」
「そうニャ。ノーライフ・クイーンの威厳が薄れるではニャいか」
「お前らが騒ぎすぎるから、姫様が困惑しておられるザマスよ」
やいのやいのと言い合いを続けるアンデッドたち。
ゴシカについてるこの三匹、コミカルなトリオにも見えるけど、やっぱりどこか薄気味悪いし、死体臭い。
「何がなんだか……という顔をしているね」
干からびたミイラのような横顔を近づけ、ディケンスナイクが俺に声をかける。
「……まったく、憂鬱だぜ。化け物だらけだし、変なお供は出てくるし、臭いしうるさいしたまらないし吐きそうだし……」
「イッヒッヒ……! そりゃそうさ、こいつらはみんなアンデッド! このダンジョンに巣食う、魔界の住人の代表としての花嫁候補だからねえ」
「ゴシカはそんな連中のトップに立つ、このダンジョンのアンデッドや魔物の女王ジャ。立派な花嫁ジャろう?」
ドワーフのガゴンゴルも、話に混ざって口を出す。
「では改めて、紹介ジャ」
「第一の花嫁候補は、アンデッドの女王。いや、姫君か? まあどちらでも好きに呼びたまえ。ゴシカ・ロイヤルお嬢様だ。最強の吸血鬼、決して死なないノーライフ・クイーン。彼女と結ばれれば、まさに逆玉だねえ。配下はみんな、死体と魔物だけれどね」
「この姫様は、やんごとなき家柄ジャからな。常にお供に三つのしもべがついとるゾイ」
「一つ目生首のデスポセイドン、一つ目黒猫のデスロデム、一つ目蝙蝠のデスロプロスだよ。覚えたかね、グルーム君?」
「死人に口なしのはずジャが、こいつらは口うるさい舅になるジャろうな! ガッハッハ!」
楽しそうな老人二人を見て、俺はため息混じりに「はあ、そうかよ」とそっけなく返すしか出来なかった。
「ああ、それと」
付け足すようにして、ディケンスナイクが言う。
「言っとくが、わたしはアンデッドじゃないぞ。れっきとした人間だからな。イッヒッヒ!」
ヤツはそう言って笑うが、骨と皮のように細い体と、生気のない顔色を見ると、にわかには信じがたい。
「わたしは人間だから、人間らしい花嫁候補をちゃあんと選出してある。人間にしか生み出せないヤツをね。次はそちらの紹介をしよう」
「待て、老人。わたしに先に話させろ。五秒で終わる」
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