第8話 極めて平和な和平交渉

 道の先を行ったり来たり、女に会っては逃げ帰ったり。

 これを一体何度繰り返せばいいんだろうと思いつつ、三度俺は、誰もいない瓦礫の山へと戻ってくる。

 俺が放り込まれた場所へ。薄ら笑いを浮かべるジジイどもがいた場所へ。

 ところが今度は様子が違った。あのジジイどもが、そこにいる。事も無げに手を振って、俺を出迎えやがる。


「おお、戻ってきたようだよ、ゴンゴル」

「案外とお早いお帰りジャな、勇者さま」

「た、た、た」

「ただいま?」

「大変な目にあったぞー!!!」

「そうだろうねえ、イッヒッヒ」

「そうジャろうな、ガッハッハ」

「笑うなー!!」


 今までぶつけるあてがなかった感情を、ようやく見つけたジジイどもにぶつけるようにして、俺は言った。


「あんたたち今までどこにいやがったんだ! 聞きたいことは山ほどあったのに!」

「どこにいたも何も、ここで君を待っていたよ? もしかすると、たまたま席を外した時に、すれ違っていたのかもしれないねえ。いやあ偶然偶然、イッヒッヒ」

「何が偶然だ! その顔、その言いぶり、明らかに作為的じゃねーか!」


 反論を意に介さず、ジジイどもは楽しそうに笑ったままだった。


「そもそも分かれ道の先にいた女達、あれはなんなんだ! 一体どういうことなんだ! 俺はこのダンジョンに放り込まれてから、この疑問を何べん繰り返せばいいんだー!!」

「まあまあ、落ち着きたまえよ。『あれ』だなんて呼ぶものじゃない、未来の伴侶に向かってね」

「は……はあ?」


 意味ありげに笑う、ディケンスナイクとかいうノッポジジイの言葉に、俺はただならぬ疑問を感じた。

 隣の老ドワーフが見かねたように、助け舟を出してくる。


「そろそろ説明してやればいいんジャないかの、スナイク?」

「そうだねえゴンゴル、一応お試しコースは体験してきたことだし」

「あーもう! あんたたち事情を知ってるなら、いいかげんに説明してくれよ! あんたたちも街の連中も、俺をどうするつもりだ?」


 痺れを切らしっぱなしの俺の言葉に応えるように、ディケンスナイクは説明を始めた。


「ふむ、実はね。話は一ヶ月ほど前に遡る。珍しくこのダンジョンから、近隣の街に対して、連絡を取ったことがあったのだよ」

「近隣の街……。俺が立ち寄ったトキオカの街か。俺を勇者だとか言って拉致した、あの連中のところだよな?」

「ああそうだ」

「ダンジョンから街に連絡ってなんだよ、モンスター率いて町民を脅迫にでも行ったのか?」

「いや、そういう荒っぽいことじゃない」

「じゃあなんだよ」

「このダンジョンはトキオカの街と、和平条約を結ぼうとしたんだ。そのための手紙をね、一通寄越したわけさ」

「和平条約?」

「まあ、そういう言い方だと堅苦しすぎるか。それよりはむしろ、近所づきあいというかね。近くに住まいを置くもの同士、これからは仲良くやっていこうと、そう言う通達をしたわけだよ」

「ダンジョンのモンスターと、街の人間が? 仲良く暮らそうだって?」

「ああそうだ。お手手つないで、末永くね」


 ディケンスナイクは、ニヤニヤと笑みを浮かべっぱなしだ。


「馬鹿馬鹿しい、なんだそりゃ! 仲良くなれるはずがないだろ。人間と、それを襲うモンスターどもだろ? どう考えても敵対関係じゃないか」

「そうだ。我々は元来そういう関係だし、モンスターは人間にいつも、“そういう風に”思われている。で、おそらくは街の連中もそう思ったんだろうな。和平の儀式のために必要な代表者を一人、こちらによこせと通達したんだが、どうやら街の連中は……。まあなんというか、これを悪い方に解釈したんだろうねえ? イッヒッヒ……」


 ノッポのジジイは、俺の顔を見て心底楽しそうな顔をしつつ、話を続けた。


「街の連中は、ダンジョンのモンスターどもが、遠まわしにこんな要求をしているとでも思ったんだろう。『街の人間を生贄にささげろ。さもなくばどうなるか……』、とね」


 ガゴンゴルとかいうドワーフのジジイも、悪乗り顔で話に混ざってくる。


「しかしまあ、スナイク? あいつら街の連中も、建前上は『和平のための代表者』という体裁を、保とうとしたようジャな?」

「そうだねえ、ゴンゴル。何せ暴虐なモンスター連中が生贄を要求するのに、こんな回りくどい言い方をしているんだ、あちらもその流儀にあわせることにしたんだろう。機嫌を損ねてモンスターに一斉蜂起でもされたら、たまらないからね」

「だから生贄とは呼ばず、他の呼び方をして、ダンジョンに送る代表者を選ぼうということになったわけジャな」

「まあ、言い方が違うだけで、街の連中からすれば生贄同然の扱いなんだろうがね」

「まったくひどい話ジャ! こっちは裏も表もなく、ともに仲良くせんかと言っとるだけジャぞ?」

「ああ、まったくだよ。理解されないねえ、我々は。イッヒッヒッヒ……」


 ジジイたちの話は持って回った言い方が多くて、聞いていて理解をするのに少し時間がかかった。

 しかし俺は、ようやく重要なことに気づき始めた……。


「ん? 何だ……? するとつまり、まさか俺は……? その生け贄扱いの代表者に、選ばれたってわけか……?」

「お主、ようやく気づいたようジャな」

「つまり君は、連中に無理やり『街の代表者』として仕立て上げられて、このダンジョンに放り込まれたというわけだよ、グルーム君」

「本当は『街の代表者』どころか、たまたま街に立ち寄った冒険者なんジャがな」

「それも、駆け出しもいいところなのに、呼び名は大層なことに『勇者さま』だからねえ」

「実体はただの生贄なんジャけどな」

「見知らぬ街の連中に、捕まって生贄にされた、だって……? そんな、俺は……? なんてことだ……!」

「まあそうショックを受けるな。『勇者さま』なのだろう? イッヒッヒ……!」


 事態を把握し始めた俺は、街の人間たちに対してふつふつと怒りがわいてきた。

 当然だ。知らないうちに命のやり取りに巻き込まれているわけだから。


「くっそー……! あの連中め! 何も知らない俺を、生贄に捧げただと……? 人の命を弄びやがって!」

「まあまあ、そう怒るんジャない。怒っても腹が減るだけで損ジャぞ!」

「それに、この話はこれからが面白くなるのだよ。イッヒッヒ」

「なに笑ってんだジジイども! ちっとも面白くない!」

「まあ話を聞きたまえ、グルーム君。ダンジョンと街の和平のために、我々はねえ、ある条件を提示したんだよ」

「そうジャ、お互いの代表者を選出し合おうとな」

「その話はもう聞いたよ。で、俺がその代表者、つまり生贄だって言うんだろ?」

「生贄というのは、街の連中が勝手に思い違いした話ジャ! お前さんはワシらからすれば、立派な街の代表者なんジャぞ。生贄なんかではないワイ!」

「はあ? じゃあ生け贄じゃないとして、人間とモンスターが互いに代表を出し合って、どうしようって言うんだよ?」

「モンスターの側が、人間のルールに寄り添う形で、特別な儀式を執り行うことになる」

「なんだよその儀式ってのは、具体的に……。どうせ物騒なもんなんだろうけど……」

「なあに、そんな恐ろしいものじゃない。互いが選んだ代表者同士で、婚姻を結ぶのだよ。これをもって、街とダンジョンの和平の象徴とするつもりだ」

「街もダンジョンも共に平和に存在するための、シンボル的夫婦を産み出すのジャ!」


 ……?

 俺の頭の中は、真っ白になった。


「こんいん?」

「要は結婚ジャ、結婚」

「誰が?」

「お前ジャ」

「誰と?」

「そこから先がこの話の一番面白いところジャ」

「何も面白くない、俺は何も面白くないぞきっとその話。お前らのその顔からすると絶対に面白くないぞ!」


 ディケンスナイクとガゴンゴルが嫌な笑みを浮かべながら、話を続ける。


「町の人間たちとの和平の象徴となる夫婦。きっとそれなりの権力を持つであろうことは、想像に難くないだろう? このダンジョンにもいくつかの勢力があってねえ。今回の件を受けて、ダンジョン内の三つの勢力が、それぞれ代表者を一名ずつ……。つまり三人選出した」

「に、人間側の代表者は、一人なのにか?」

「そうなんだよ。人間の代表は一人だけだが、ダンジョン側の花嫁候補は三人いるわけだよ。おかしな話だとは思わんかね」

「その花嫁候補って、モン……」

「もちろん、モンスターさ」

「間違いなくモンスタージャ! 魔物から獣から機械から、よりどりみどりジャ」

「その中から誰か一人を選んで、めでたく結婚することになるわけだ」

「誰が?」

「だからお前さんジャ、花婿殿」

「ハッピーウェディングだよ……グルーム君」


 モンスターと、結婚!? 俺が! モンスターと! 結婚!??


「何の冗談だそれは!!」

「冗談ではないわい。こっちは本気ジャ! のう、スナイク?」

「まったくだよ、ゴンゴル。生贄扱いで適当な冒険者をあてがわれては、花嫁たちもかわいそうだ。街の連中も失礼なヤツだねえ。イッヒッヒッヒッヒッヒ!」


 失礼だとか言っておきながら、このディケンスナイクという痩せぎすノッポのジジイは、実に楽しそうに高笑いをしている。


「まあしかし、一度代表者が決まったからには、今更後戻りもできんわけジャし、なあ?」

「三本の道の先に、三匹の美女がいただろう? あれが君の花嫁候補だよ、グルーム君」

「……! ……!??」

「スナイクよ、こいつ混乱しすぎて、わけがわからなくなっとるようジャ」

「まあ無理もないな。しかしこれからが大変だぞ、お若い勇者さま」

「ああそうジャ。お前さんはあの三匹のモンスターと、これから暮らすことになるんジャ」

「三匹の美女モンスターに囲まれて、一体誰を花嫁にしようかと思い悩む、楽しい時間をたっぷりと過ごすわけだ。喜ぶといい、誰と結婚しても君は逆玉コースだよ。このダンジョンの支配者となることも夢じゃあない」

「お前さんの選択で、このダンジョン内の三すくみの勢力図が、大きく塗り変わるかもしれんワイ! 慎重に選ぶことジャな、ガッハッハッハ!」

「まあ、無事結婚にこぎつけるまで、生きていられればいいけどね! イッヒッヒッヒ!」


 あまりの事態に、俺の耳にはジジイたちの笑い声も届かなくなってきていた。

 呆然としていた。現実が受け止められない。

 しかし無常にも、そこには非常に非現実的な、現実が待ち構えている。


「大事な大事な婿殿ジャ、死なない程度には生かされて、必ず結婚にもつれこむことになる。安心して余生を送るんジャぞ!」

「結婚は人生の墓場とは、よく言ったものだねえ、グルーム君」

「うるさいお前ら!! 他人事だと思って楽しそうにしやがって!!」


 こうして俺の、ひとつダンジョンの中での、結婚を前提としたモンスターとのお付き合いは、スタートすることになった。

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