第7話 罠と宝箱と女中

 ディケンスナイクとかいう名前の、薄気味悪いノッポのジジイが、指し示した三つの道。

 その道のうち二つを経験した俺は、あのジジイどもと出会ったこの場所に、ふたたび引き返すハメになっている。

 ガゴンゴルと名乗ったドワーフが、発破した跡が残っている。放り込まれた時の穴は、岩や木々でフタをされたようにふさがっているし、壁を登ろうにも瓦礫だらけで、足を踏み入れた端から崩れていく。

 ジジイたちは相変わらずどこにもいない。会いたくもないけれど、俺には他に頼れそうなあてもなかった。

 そして残された道は、ひとつしかない。あのジジイどもが棲み家としていると言っていた場所に通じる、舗装された道。

 嫌々ながら俺は、石造りのこの道を、進むことにした。


 するとすぐにわかった。ジジイが言っていた、『効果的な冒険者対策』という言葉の意味が。

 足元に気をつけないと、そこかしこには落とし穴がある。

 足元に意識を割きすぎると、横穴から槍が刺し込んでくる。

 かといって慎重に進みすぎると、いつの間にか背後から巨大な石が転がってくる。

 この通路、トラップだらけじゃねーか!

 つまりアレか、この通路が舗装されているのは、トラップを仕掛けるための下準備みたいなものなのか?

 俺は体力も精神力も削られてへとへとになりながら、どうにかこうにか、罠だらけの道を歩いていた。

 あ、なんか宝箱を開けて罠にかかった形跡のある、盗賊らしき者の動かぬ姿が道端に。

 これはボム系のトラップだな、体が黒こげだ。あのドワーフが仕掛けた爆弾なんだろうか。

 これも何かの縁だ、軽く祈りを捧げておこう。

 いずれ俺もこうなるのかなあ……。


「死んでないぞー!!」

「うわあ! ビックリしたあ!」


 ぶっ倒れて宝箱を掴んだまま、その盗賊らしき人間の死体が叫んだので、俺は驚いて声を上げてしまった。

 いや、死体じゃなくて生きてたのか。真っ黒こげなのに。


「この宝はボクのだぞー! シャー!」

「噛み付くな! 噛み付くなっての! 何だお前!」

「この痺れ毒が抜けたら、この宝はボクが持って帰るんだ、だからこうして死守してるんだ、ウフフ、ウフフフフ……」

「あ、あのー。あんた、大丈夫? 体とか頭とか、色々と」

「ほっとけ! 無視しろ無視!」

「なんだよ、せっかく祈りを捧げてやったのに……」

「適当な祈りだったらいらないよ! そもそもボクは……死んで……ない……」


 ようやくはじめてこのダンジョンで冒険者仲間に会えて、情報交換が出来るかと思ったが、相手はボロボロの守銭奴だった。

 ヤツは麻痺毒にやられてそのまま意識を失って倒れるが、両腕は宝箱をしっかり握って、放す様子はない。

 毒と爆破のダブルパンチにやられてるみたいだけど、いいのかなこの人。

 黒こげで何者なのか良くわからないけど。

 まあいいや、放って置こう。また噛み付かれたら怖いし。


 その後も俺は、タールトラップやら滑る床やら、一本道にしては妙に巧妙に仕組まれた罠の数々に出くわした。

 しかしそれらをどうにかこうにか抜けて、ようやくこの道の最終地点にまでたどり着くと……。


「ようこそおいでくださいました……ご主人様」


 そこには立派な彫刻が施された扉と、扉の傍らに立つメイドがいた。

 え? メイドが? いた??

 いや、いるな、確かに。あれ、ここダンジョンだったよな。


「わたくしご主人様にお仕えさせていただきます、エ・メスと申します……。よろしくお願いいたします」

「よ、よろしくお願いいたします。……???」


 とりあえず挨拶を返したものの、なんだろう、このメイドは。

 丸みのある顔の輪郭や、下がり気味の眉には愛嬌があるものの、力のない声には無機質な感じが漂う。

 エンジ色のメイド服に、薄紫のおさげ髪。右目には眼帯をつけている。

 妙に浮世離れをした、不可思議なムードが漂っていた。

 何故、トラップの先にメイドがいて、俺をご主人様とか言って出迎えてるんだ……?

 いや、今までもドレスの女の子や、メガネの獣人がいたりしたんだから、それほど不思議じゃないか。

 このダンジョンでは何が当たり前で、何がおかしなことなのか、だんだんわからなくなってきたぞ。


「それでは……ご主人様をお屋敷にご案内いたしましょう」


 そう言いながら、エ・メスと名乗るメイドが扉を開けると、天井から大量の石つぶてが降り注いだ。

 その石つぶては扉に手をかけた者、つまりエ・メスのみに一気に降り注がれ、瞬く間にそこには瓦礫の山が詰みあがった。


「……うええええ!??? ちょっとおい、大丈夫か、アンタ……!」


 こんな岩石の山にうずもれてしまって、大丈夫なわけがない。

 しかし動転した俺は、とっさにそう声をかけることしか出来なかった。


「はい、大丈夫でございます……」


 エ・メスは瓦礫の中からこともなげに這い出してきた。


「大丈夫なのかー!???」

「はい、大丈夫です」

「えええ、だって女の子だよ? なんで普通に這い出してきてるの?」

「女性は強いものなのでございます」

「は? あの、だって、石つぶての直撃だよ? この石一個だって、頭に直撃したら普通死ぬよ?」

「わたくしご主人様に仕える身ですので……この程度で死んではいられません」

「そういう問題じゃなくてさ、その……」

「うっかりドジを踏んでしまって、申し訳ありませんでした……」

「いやそこ謝るところじゃないから」

「瓦礫が邪魔で中に入れませんね。少々お待ちくださいませ……」


 エ・メスは今度は、瓦礫のひとつひとつを手に取って、ぱくぱくと食べ始めた。


「ちょっと、なにそれ? おなか壊すよ!? いやそういう問題じゃないけど!?」

「おなかの心配なら、大丈夫です……わたくしおなかの辺りはトロールなので、石ぐらい食べても平気なのです」

「おなかの辺りがトロールって……どうなってるの君の体……?」

「大体片付きましたので、お屋敷の中へどうぞ。お話の続きはそこで……」


 妙に頑丈で健啖にもほどがあるメイドに促され、特に行くあてもない俺は、屋敷の中に足を踏み入れた。

 まあ、敵意はないみたいだし、いいのか……?


 扉を抜けて部屋に入ると、そこは確かに屋敷といっても差支えないような、いくつもの部屋に区切られた空間だった。

 いっぱしの貴族の家にあるような家財道具一式も、一通り揃えてある。

 ダンジョンの中にこんな空間があるなんて……ここにあのジジイたちは住んでいるのか。

 俺は広々としたテーブルのある部屋に通され、椅子に座ってエ・メスを待っていた。


「こちら、お紅茶です、ご主人様」

「あ、ありがとう。走ったり、変なもの飲んだりで、喉が渇いててさー」

「……あ……。すみませんご主人様、そちらお取替えしますので……お飲みにならないでください」

「え、なんで?」

「わたくしとしたら、ドジばかりですみません……」

「何、今度はどんなミスを?」

「紅茶と間違えて、トラップ用の硫酸を注いで来てしまいました」

「わわわ! 飲まなくて良かった! ティーカップ溶けはじめてる! 溶けはじめてるよ!」

「まことに申し訳ございません……。キッチンに硫酸があったもので……」

「なんでキッチンに硫酸が置いてあるのこの家??」

「ああ……ご主人様……わたくしがバカなばかりに、申し訳ございません……」

「あの、そ、そんなに頭を下げなくてもいいんだよ? ……いや、危うく硫酸を飲むところだったんだから、いいってこともないか?」

「責任を持って飲み干させていただきます……」


 エ・メスはぐいっと一息にカップを飲み干した。


「えー…………」

「どうされました? ご主人様」

「あ、あのさ……本当に大丈夫なの? どういう体の構造してるの? なんか……喉から微妙にシュワシュワ聞こえるけど……」

「はあ……おなかの辺りがトロールでしたり、背中の辺りがハーピーでしたり、色々とあるのですが」

「背中、ハーピーなの!?」

「はい、有事の際には申し付けていただければ……羽を生やして飛べます」

「どんな有事だ」

「いつでも羽が生やせるように、背中の縫製はこのようにしつらえてございます……」


 そう言いながら彼女が傾いて背を向けると、メイド服はそこだけばっさりと肌が露出していた。

 セクシーな背中のラインが唐突に目の前に出てきて、一瞬目のやり場に困ってしまう。

 だが、そんな俺の心境を知ってか知らずか、エ・メスと名乗るメイドは更に話を続けた。


「それにそもそも、わたくし基本的にゴーレムですので、全身が非常に頑丈なのでございます」

「……え? ゴーレム??」

「はい、大旦那様お二人にお仕えするゴーレムにございます。……これよりは、ご主人様に特にお仕えする事となりますが」


 ゴーレム? ゴーレムだって?

 あの、全身が石や木で出来ていて、巨大で頑丈なやつか?

 ダンジョンで宝を守ってることもある、あのモンスター?

 おいおい、こんな精巧な人型のゴーレムなんて、見たことないぞ?? そもそも女の子のゴーレムって。


「ってことは、いわゆるモンスターというかなんというか……」

「はい、そうなりますね……ですから非常に頑丈なのでございます」

「ちなみにあの、大旦那様ってのは、ひょっとしてノッポとチビの爺さん二人?」

「ええと……だと思われます……」


 自信なさげに答える彼女のしぐさは、多少無機質であるとはいえ、人間のそれだった。

 そうか……あのジジイ、こんなすごいゴーレムを作り出す能力を持ってるのか。案外バカに出来ないな。

 でもこのゴーレム、精巧さと頑丈さはすごいが、ドジっぷりがひどいな。ひどいとかいう次元じゃないな。

 だがしかし、これはまだ、ひどいとか言う次元じゃないドジの、序章に過ぎなかったのだ。

 この後立て続けに、めくるめく本編が、開始されたのだった。


「ご主人様はお疲れのご様子ですから、まずはお休みになりますか? 寝室は、こちらになります……」


 エ・メスがそう言いながら手近な扉に手をかけ、ドアノブを回して開くと同時に、無数の短剣がその部屋から飛び出してきた。

 そのうちの一本は、俺の髪をかすめて壁にグサリと突き刺さる。危うく頭に風穴を開けられるところだ。

 ちなみに、俺のところに飛んできた以外の短剣は、全てエ・メスにグサリと刺さって彼女に風穴を開けていた。


「オイオイ今度こそ大丈夫ー!??」

「はい、大丈夫です……」


 エ・メスはこともなげに体中に刺さった短剣を抜いていく。


「おなかの辺りにトロールが組み込まれているせいか、傷の治りも早いのです……」


 なるほど、トロールの自己再生能力、リジェネレーションというやつだ。

 見る見る傷口、というか無数の穴がふさがっていく。

 ふさがっていくけどさあ。頑丈なのはいいけどさあ。


「部屋を間違えました、ドジですみません……。こちらの扉です、ご主人様」


 エ・メスが別の扉を開けると、また無数の短剣が飛び出してきた。

 今度はそのうちの一本が俺のまたぐらに飛んできたので、間一髪で足を開き、その一撃をかわすことに成功する。

 椅子に深々と刺さった短剣が揺れる様子を見ていると、これが股間を貫かなくて、本当に良かったと思う。


「ま……また部屋を間違えた?」

「いいえ、今度は正解です」

「正解なの!? でも罠が作動したじゃん!」

「大旦那様の趣味で……屋敷にはあらゆるところに大量の罠が仕掛けてありまして……。ですがわたくしは平気でございますので……ご安心くださいませ」


 エ・メスはまた、体に刺さった短剣をこともなげに抜いている。


「あ、あのー……。あのさ」

「何でございましょうか、ご主人様」

「ちょっと、屋敷の外の空気を吸ってきてもいいかな?」

「ええ、どうぞ……お部屋の中が窮屈なようでしたら、いつでもお好きに……」

「そうか、それは助かった! 日の光でも浴びてくる!」

「それではベッドメイキングをして……お待ちしております」


 俺はエ・メスを適当にはぐらかして、屋敷から外に出た。

 そして、その場から走って逃げ出すことにした。


「あれ……でも、外に出るも何も、お屋敷の外もダンジョンの中でしたね……お日様はありません……」


 エ・メスが疑問を口にしているのが後ろから聞こえた気がするが、振り返りはしなかった。

 ダメだダメだ、あんな頑丈なドジゴーレムと一緒にトラップ屋敷にいたら、あっという間に人生が終わる!

 向こうは平気でも、こっちは命がいくつあっても足りないぞ。

 逃げ去る背後で、屋敷の中から大きな爆発音が聞こえた。屋敷が崩れる音もしたかもしれない。

 多分また何か罠を作動させたんだろう。逃げてよかった。

 でも、さすがにあの子は大丈夫かな……?

 って、大丈夫か。瓦礫に埋まっても全身刺されても硫酸を飲んでも平気だったしな。


 走って道を戻る途中、罠にかかっていた例の盗賊ともすれ違った。

 どうやら麻痺毒は消えたようで、宝箱を小脇に抱えてその場を移動していた。

 しかし、新たな宝箱に手を出そうとしたのか、今度はミミックに頭からがぶりとやられていた。

 ……いいや、こいつはほっとくことにしよう。

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