第4話 このジジイどもが仲人だってのか
「おおお、うおおおおおお……」
「なんだね、初対面でその反応は失礼じゃないか。別に君のことを取って食おうという気はないんだ。少なくともわたしたちにはね……イッヒッヒッヒ!」
白衣を着込んだ長身痩せぎすの老人が、俺を見下したように上から目線で言葉を投げかけ、にじりよってくる。
洞窟内で響くそいつの声には、一層の不気味さが伴っていた。
「いやはやそれにしても、街の連中もひどい言いようだったねえ。君が放り投げられてのたうちまわり、勝手な言い分を浴びせられている様子を、暗がりからつぶさに見させてもらったよ。ご愁傷様」
「あ、ああ……? え、何だ……? あんた、何者だ……??」
「おお、自己紹介が遅れて申し訳ない。わたしはこのダンジョンのダンジョンマスターのひとり、ディケンスナイク。スナイクとでも呼んでくれ」
「へ、へえ。スナイクって言うのか。お、俺の名前は、グルームだ」
「それと、わたしには相棒がいてね。偶然にもヤツは、君の命の恩人になったのだよ。こっちに戻ってきたら礼ぐらいは言うといい」
「えっ、命の、恩人? 誰が??」
「あのドワーフさ。名は、ゴガゴ・ガゴンゴル。ゴンゴルとでも呼ぶがいい」
骨と皮だけの今にも折れそうな指で示されたのは、暗い洞窟内に吊るされた縄梯子だった。
そこには、ガリガリノッポのこの老人とともに先ほど俺を取り囲んでいた、強面の老ドワーフの姿があった。
重そうな何かが入った袋を背負ったまま、短い手足でえっちらおっちら、登っている。
「目隠しされた君が、暴れながら落っこちてきただろう。それがあのゴンゴルの身体に、偶然ぶつかってねえ。あいつのビール腹でワンクッションなければ、岩肌に頭から落ちていてもおかしくなかったんだよ」
「そ、そ、そうか。さっきぶつかったゴムマリみたいに柔らかいのは、あいつの腹か」
「それと髭だね」
「あ、ああ、そっか。ふさふさした茂みみたいなのは、髭だったのか。ド、ドワーフさまさまだ」
「いやはや、見回り中に面白い落下物に出くわしたものだよ。イッヒッヒッヒ!」
厭らしい甲高い声でジジイは笑い、その声は残響音として洞窟に広がっていった。
俺はまだおっかなびっくりだったが、この異様な老人と、なんとか会話することが出来ていた。
話していて少しずつ落ち着きを取り戻してきたおかげで、相手のことをいくらか冷静に見れるようにもなってくる。
この連中、見栄えこそ恐ろしげだが、少なくともモンスターの類じゃなさそうだ。
話は通じるし、チビのジジイはドワーフ族だし、ノッポのジジイも多分……確証はないけど、人間だ。
相手の言葉を信じるなら、取って食われることもないんじゃないか。
それどころかひょっとすると、俺が置かれたこの異常な状況について、何か知っているかもしれない。
どこだかもわからない場所で、出会い頭に顔をあわせた奇妙な連中ではあるが、今はこの二人に頼るしかないんじゃないだろうか。
「しかしなんとも、これが人間の代表とは、ずいぶん情けないお相手だねえ、イッヒッヒ……! なあ、そうは思わんかねゴンゴル?」
「まったくジャ、スナイク!! こんなんであんな連中とひとつ屋根の下で暮らせるもんかのう!!」
「まあそれはそれ、あばたもえくぼと言うやつではないかね?」
「なるほど、寝食を共にすれば、欠点すらもいとおしく見えてくると言う訳ジャな、ガッハッハ!!」
「そうそう、イッヒッヒッヒ!」
……? 何の話をしているんだ。
目前の白衣の老人と、縄梯子の上のドワーフは、俺を挟んで勝手に盛り上がっている。
あんな連中と? ひとつ屋根の下?
「あ、あのさ……さっきからあんたら、俺を話題にして何の話をしているわけ?」
「ん? 何の話、とは?」
疑問を投げかけられた長身の老人は、逆に不思議そうな顔で俺を見つめてくる。
「いやだから、俺が人間の代表だとか、ひとつ屋根の下で相手をどうこうとか……」
「は? 知らないのかね」
「え? 何が」
「自分が代表だっていうことを」
「いやだから、何がどう、代表?」
事情を理解できない俺を見て、老人は更なる奇妙な笑みを浮かべる。
「……君、自分の立場も状況もよくわからないままで、ここにいるのか。これは傑作だねえ……?」
「いやそりゃ、ワケわからないに決まってるだろ? 街の酒場に立ち寄ったら、なんだか勇者さまとか言われて、ぐるぐる巻きにされてここに放り込まれたんだから」
「ほーう。これはこれはまた大層な勇者さまだ。まあ、こんなときに飛び込んでくるんだから、勇者には違いないがね、イッヒッヒッヒ……!」
「?……??」
「しかしするとなにかね、君はすっかり事情もわからず、祭り上げられたというところかね」
「は、はあ。まあそんなところだけどさ」
「なるほど、街の連中も考えたな……? 余計な勘繰りではあるがねえ。まったく、むごいことをするものだ。しかしコトは予定通りに進ませなければいけない」
「だから、なんなんだよ!? あんただけ状況を理解してるのが、俺にはとても引っかかるんだけど?」
「なあに安心したまえ、街の人間も、わたしたちも、だいたい事情は理解している。わかってないのはお前さんだけだ」
「俺だけ???」
俺の頭の中には、無数のクエスチョンマークが浮かんでいた。わからないことばっかりだ。
どういうことなんだ。俺は何に巻き込まれている?
この、自称ダンジョンマスターの爺さんは、何を知っているんだ?
そして、さっきから何をニヤニヤと笑みを浮かべているんだ!
俺はこんなわけのわからない状況に巻き込まれて、最初からひとつも楽しいことなんてないぞ!
疑問と憤りにあふれる俺を知ってか知らずか、スナイクとか言う痩せぎすの老人は、楽しそうに仰々しく説明を始める。
「若者よ。ここは君のために用意された、選択の道だ」
「選択の道? なんだよ、また大事な選択の話か……??」
「この日のためにこのダンジョンに、わざわざ特別な部屋や通路を作ったんだ。急場ごしらえとはいえ、ある意味これは、君のために用意されたようなものなのだよ? 光栄に思いたまえ」
「ちょっと待って、まさかとは思ってたけど、ここってひょっとしてあのダンジョンなのか?」
「『あの』とは?」
「いやその、トキオカ街の近くにあって、モンスターがうろついているって言う、あの……」
「いかにもそうさ。ここはズバリ、君が知っているダンジョンだよ。君のような若い冒険者がよくやってきては、あちこちで餌食になっている。イッヒッヒ」
「やっぱりそうか……仲間を集めてアタックするつもりだったダンジョンに、俺は一人で放り込まれちまったのか……」
肩を落とすこちらの気も知らず、痩せぎすノッポはしゃべり続けた。
「まあそんなことは今更どうでもいいだろう。悔やんでもどうにもならんことだしね。とにかくこの先の道を見るんだ。あそこが、君の進むべき道なのだよ」
「俺の、進むべき道……?」
「そうだ、グルーム君。君にはもう、三つに分かれたこの先の道を行くしか、行くべきところはないのだよ」
「行くべきところはないのだよって……そんな横暴な」
「じゃあこの薄暗い洞窟の端っこで、ガリガリノッポとチビデブドワーフの、ジジイ二人と仲良く暮らすかね?」
「いや、それは非常にごめん被ります」
「では行くしかないね」
「だけどホラ、俺が放り込まれた穴があったでしょ? あそこからなら外に出られ」
提案を口にしようとすると、突然轟音が鳴り響き、声が全てかき消された。
強烈な爆発音と、岩肌が瓦礫と化していく崩落の音。そしてそれらの音をいつまでも残す、洞窟内の残響。
「ガッハッハッハッハ! お前さんが来た道は、たった今ふさがったワイ!」
「えーっと! はいー??」
縄梯子を登っていたはずのドワーフは、火薬を背に受けて転がりながら、俺のもとに現れた。
轟音のせいで激しい耳鳴りが頭を支配していたので、俺はドワーフの言葉が良く聞き取れないままだ。
大きくて豪快な笑い声だけは聞こえるんだけど、ええと。
「まさか、『来た道がふさがった』、なんて言ってるわけないよね? 言ってないですよね?」
「聞こえているジャないか!! そうジャ! ワシが今しがた爆弾を仕掛けてな、お前さんが放り込まれた穴も塞いでやったというわけジャ!!」
「いやその、聞こえてないし今のも見てないことにして、とにかく帰りたいんだけど!」
「ガッハッハ!! ワシの発破技術は随一ジャ! お前さんが放り込まれた穴は、今ので完全に埋まったワイ。これでもう出られんぞ!!」
「いいかげんに現実に向き合ったらどうだね、グルーム君」
「向き合うも何も、じゃあ、どうすればいいって言うんだ!」
「つまりだ、君は進むしかないのさ。あの道のいずれかをね。イッヒッヒッヒ!」
不吉な笑いと共にジジイがランタンを向けると、一風変わった三本の分かれ道が、暗闇に浮かび上がった。
そのうちのひとつは、入り口の周りに血塗りのおどろおどろしい文字が書き連ねられていた。
『WELCOME』とか『新たなMASTER』とか『血が足りない』とか『死』とか書かれている。
どす黒い血でべっとべとになった、白い薔薇も飾られていた。
ふたつ目の道は、まるでジャングルのように周囲が緑に覆われ、岩肌が見えなくなっている。
しげった草のせいで道の先がどうなっているかは良く見えないが、その先からたくさんの獣の声がするのは確かだった。
たまにギラリとした野性の目が、茂みの奥で光る気もするけれど。それが事実なのか錯覚なのかはわからない。
最後のもうひとつの道は、石造りの立派な入り口になっていた。
その先の道も、同じく綺麗に舗装されているように見える。
入り口の上には、古代文字か何かで短い文章が書かれていた。あれはなんだろう?
「あれはな、『これより道を定める勇者よ、良くぞ来た』と書いてあるんだ、イッヒッヒ」
「うわあ、急に隣に立たないでくれる!?」
俺はまだ、こいつの化け物然とした外見に、慣れきっていない。
しかもまるで思考を読まれたかのように、読めない文字の解読までされたので、心底驚いた。なんだか、こう……こいつの手のひらの上で踊らされているような感覚がして、より気色悪い。
だが、狼狽するこちらをよそに、チビデブドワーフと痩せぎすノッポは、次々に語りかけてくる。
「あの石造りの道の先は、ドワーフであるワシと、このノッポのジジイの住まいでな。ワシら老人連中は、後ほどあそこに帰る予定ジャ!」
「そう、つまりはあの先は、ダンジョンマスターの住む場所なのだ。その住まいで我々は、ダンジョンでの効率のいい冒険者対策を研究している」
「こ、効率のいい、冒険者対策って?」
恐る恐る聞いてみると、ノッポのジジイから血も涙もない答えが返ってくる。
「それは、君のような冒険者が身をもって体験してみれば、一目瞭然だな。イッヒッヒッヒ!」
「え、えーと……じゃ、じゃあ、他の道の先は……どうなってるんだ……?」
「さあて、そっから先は君が確認するんだね、勇者さま」
「勇者さま、違いねえ! こんな酔狂な遊びに付き合う人間なんジャからな! ガッハッハ!」
痩せぎすジジイの「勇者さま」という言葉に反応し、太っちょドワーフは、傷だらけの顔を崩して笑う。
ジジイたちは代わる代わる、細いのから太いの、低いのから高いのと、俺に向けて一方的な言い分を投げつけ続けた。
「安心したまえ勇者さま。まだまだこの先、君は何度でも、この三つの選択をすることが出来るだろう。イッヒッヒ……」
「だから、今ここでどこに進んでも、大して気にすることはないジャろうな」
「しかし、ここでの選択がその後の君の運命の全てを決めないとも、限らない。イーッヒッヒ!」
「運命とは、えてしてそういうもんジャからな、ガッハッハ!」
「さあ、この先に待ち構えるものに、会ってくるが良い」
「おお、そうジャ。早く行って来い、あまり待たせるもんではないぞ。失礼に当たるワイ!」
「ああ、それと。明かりを灯していない所ではこれが役に立つだろう。持って行きたまえ……」
ノッポのジジイは、自分が持っているものとは別に、白衣の内側から小さなランタンを取り出し、俺に手渡してくる。
「暗闇に光をもたらす、特別製のランタンだよ……それでも、どこまで、このダンジョンの暗部を照らせるかは、わからんがね……イッヒッヒッヒ……!」
なんだかジジイ二人の話を聞いていたら、余計に混乱してきた。
まるで無意味な説法を聞いているみたいだ。
言いたいことはよくわからないが、なにか含蓄のあることを言っているようにも聞こえる。
しかし、こと本人である俺が状況を良くわかっていないので、ほとんどの話は理解ができないのだった。
俺がダンジョンに放り込まれた穴から外に抜け出す方法は確かになさそうで、示された三つの道以外には、行く先もないようだ。
穴は埋まった。縄梯子もちぎれた。後方には、火薬の跡と瓦礫しかない。そして前方には三本の道。
どうやら本当に、この三つのどれかを進まなければいけないらしい。
血塗りの文字で迎えられる道か。
ジャングルのような野性味あふれる道か。
怪しいジジイたちの住まいが先にあると言う、石造りの道か。
……ダンジョンでこんな道が出てきたら、普通はどれも選ぶのはNGな道ばっかりじゃねーか……?
だけれど俺は選ぶしかない。行くあてが他にないんだから。
ここで気色の悪いジジイ二人といつまでも時間を潰しているのも、あまり気味のいいものじゃない。
つきつけられた三つの選択肢を前に、俺は悩んだ。安易な選択が痛い目に会うということは、ついさっき学んだばかりだ。だから、大いに悩んだ。悩んで悩んで……。
悩んだ末に俺が選んだ方法は、もう、これしかない。こういう時の万能選択術だ。
片手半剣を地面につきたて、倒れた方向に進む。
非常にバカげたやり方だけれど、俺が冒険者として学んだ施設で先生が教えてくれた、最後の手段でもある。
「どう考えても最適の解決策がなく、それでも選ばなければいけない時は、運を天に任せろ」と。
「頭を使って、腕を使って、それでも届かない時には運を引き込む。自分はついていると思え、成功をイメージしろ」と。
……こんなところに放り込まれて、嫌な三択を運任せにしている段階で、成功も何もないような気もするが……。
いや、それはもう言ってても始まらない!
この選択方法について、背後でジジイが笑っているのはわかっている。それでも俺は、目をつぶって剣を倒す。
この先に待ち受ける彼女と、いずれ結ばれることになるだなんて、夢にも思わずに。
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