第3話 勇者拉致

 冒険者の宿屋兼酒場であるここは、カウンターがひとつと、テーブルがいくつか並んでいる。

 カウンターには酒場の主人の姿は無く、テーブルに荒くれものどもの集団もいない。

 しかし荒くれていない普通の人々は卓を囲んでいた。彼らはどうやら、このトキオカの街の住民たちのように見えた。

 何かの相談をしているようで、その会話が漏れ聞こえてくる。

 けれど話の趣旨がわからないために、何の話をしているのかまでは、よくわからない。


「大体、そんな酔狂な話があるわけが無い」

「まあつまり、察しろってことなんだろうねえ……」

「ああ……そうだな……」

「で、どうする。一体誰を差し出すんだ?」

「誰を差し出すって言ってもなあ。そんなの誰だって嫌だろう」

「冒険者を送り込むって言うのは?」

「討伐にか?」

「いや、そういうことじゃなくてだな、そのう……」

「ああー、そうか。その手が無いでもないな。どうせ自分から足を運ぶような人種なんだし」

「ピットなんかはどうだ? 適任じゃないのか」

「バカお前、ピットはそもそも……」

「あのー……すみません。何の話ですか? 何かお困りでしたら、冒険者であるこの俺が聞きますが」

「!!!!!!!!」


 なんだか人々が弱り顔で話し込んでいたので、俺は思わずその話に割って入ってしまった。

 力なき人々が事件に頭を悩ませているとき、そこには颯爽と冒険者が現れる。そして問題を解決する。

 これこそ冒険者の鑑だと、俺は思う。冒険物語の英雄なんかもそうだったし。

 そうした思いが前に出た結果、声も自然と出たんだけれど。

 意気揚々としている俺とは正反対に、トキオカの住民たちは一様に挙動不審だった。

 なんだか取り乱しているようにも見える。


「おい、いつのまに……」

「どうしよう、今の……」

「いや、むしろ好都合……」

「ここはひとつ俺が……」


 町民グループは、何かもぞもぞと話し合っている。

 何を話しているんだろうと思っていたら、その中の一人が、グループを代表して話しかけてきた。

 相手は、いぶし銀の中年男性だった。


「よう青年。俺はこの冒険者の宿のマスターをしているものだ。入ってきたことに気づかなくてすまなかったな」

「ああ、あんたがマスターなのか。いやあ、カウンターにも人がいないから、この店どうしたのかと思ってたよ」

「すまんね、ちょっと深刻な話の最中だったんでね」

「へー、ひょっとして、冒険者である俺がどうにか出来そうな話?」

「ああ、そうだな。まさにそんな話だ」


 やった、思った通りだ!


「それは詳しく聞きたいなあ。あ、でも仲間がまだいなくて、一人だけなんだ。できれば仲間を斡旋してもらった方が、そうした依頼は受けやすいかも」

「いやいや、それならむしろ都合がいい。実はこの件、お前さんみたいな若い男一人の方が、解決しやすい問題でね」

「へえ、そんな仕事もあるもんだね。大したことのない仕事なのかな?」

「それが、なかなかに骨の折れる話ではある」

「そうかあ。あんまりキツイのは、まだ俺には難しいかも……」

「だがしかし、成功すれば勇者や英雄として称えられるだろう。そんな大きなヤマだぜ」


 自分が駆け出しもいいところなのをわかっている俺は、一度はネガティブな発言を口にしようとした。

 だが、その後のマスターからの一言を聞いて、思わず口ごもる。

 成功すれば、勇者や英雄として称えられるだって?

 これはひょっとして、早速飛び込んできたビッグチャンスか?

 吟遊詩人が語る俺の物語は、一ページ目からオーケストラが必要になるかもしれないぞ。


「それなら是非、詳しく聞かせてくれよ、マスター!」

「よし、いい心意気だ。とはいえ……お前さんは将来ある若者だ。いいか、聞けよ。人生ってのは選択の連続なんだ。そうだろう?」

「な、なんだよ? 急に人生訓なんか話し始めて。それより依頼の詳細を教えてくれってば」

「だから先に、大事なことを教えてやってるんだ。これは確認だ。……いいのか? 話しちまっても? お前さんみたいな若い新米冒険者でもなんとかなるヤマではあるが、一度乗ったらもう降りられない類の話でもある。ここは伸るか反るかの分かれ目なんだぜ」


 深い経験を感じさせるシワを口元に寄せ、細目の鋭い眼光で俺の様子をうかがいながら、マスターはそう言ってきた。

 俺は迷った。迷った、ものの――その迷いは、俺が農家を飛び出した時に、既に答えを出していたものだ。


「改めて聞くぞ。ここでのお前さんの選択は、『依頼を聞く』で、いいんだな?」

「……決まってるだろ、マスター。駆け出しとはいえ、俺は冒険者なんだ。一攫千金のチャンスが有るなら、それに乗るよ。聞かせてくれ」


 俺が快く返答すると、店のマスターも目を輝かせて応える。


「おおそうか、気に入ったぜ。一杯おごってやる! はっはっは、もう既にお前さんは英雄の素質を持っているな」

「そ、そんなあ。詳細を聞くかどうかを決めただけで、それは褒め過ぎじゃないか? マスター?」

「いやいや、隣で話を聞いていたが、これは立派な逸材ですぞ、若いの」

「確かに素晴らしい。こんな若者に出会えて、長生きはするものじゃ」

「あんた、あたしの旦那の若い頃によく似て、良い男だねえ」


 いつの間にか話の中に、他の町民たちも混ざってきていた。

 褒めたり触ったり甘い焼き菓子を口にねじ込まれたりと、急に忙しい。


「きっとキミは自分も知らないところで、英雄の血を引き継いでいるに違いないね」

「確かにこの相貌は、天下人の運命を背負った顔だわ。占いでもそう出ている……!」

「これはもう、現時点で勇者と言っても差し支えないな」

「そうだそうだ! 勇者さまだ勇者さまだ!」

「あははは……あれ?」


 俺はマスターにがっちりと肩を掴まれ、そのまま町民たちに全身を押さえ込まれた。

 身体の自由を奪われて、強引に酒場から連れ出されてしまう。


「勇者さまがいりゃあ、怖いもんはないな!」

「勇者さまわっしょい、神輿だわっしょい、わっしょいわっしょい」

「いや、わっしょいわっしょいじゃないって! ちょっとあんたたち、どういうことだこれは?」

「エスコートですよ勇者さま」

「何でエスコートなのにいつの間にか縛られてるの? 目隠しされて抱きかかえられてるのおかしいだろ、何も見えないんだけど!」

「ちょっとしたサプライズですよ勇者さま」

「そうそう、拉致なんかじゃありませんぞ」

「ねえ、決して拉致なんかじゃありませんよねえ」

「もちろん……拉致なんかじゃ……ないに決まってる……!」

「拉致なわけがない拉致なわけがない拉致なわけがない拉致なわけがない拉致なわけがない拉致なわけがない……」


 彼らが口にする言葉に、俺は不安が増していく。


「……あのー、これって拉致なの?」

「さーて勇者さまを例のところへお連れするぞー」

「答えてくれよ!! てか例のところって、どこだよ!」

「すぐに分かりますよ勇者さまー」


 トキオカの住民たちはこちらの言うことにはまったく耳を貸さず、「勇者さまが現れた」の一点張りで、俺をかついでどこかに連れ出してしまう。おそらく既に街の外だ。

 彼らは否定しているが、これは多分、拉致というやつだろう。というかこれが拉致じゃなければ、何が拉致なのか。

 これが拉致じゃないとすると、今後「娘が拉致されたので助けてください」という依頼を受けた時に、まず「拉致とは」について定義を決めなきゃいけなくなる。


「なあおい、最後ぐらいは手足を自由にしてやろうぜ。どうせ中に入ったら逃げられないだろうしな」

「今、喋ったのマスターでしょ、声でわかったぞ? ねえ何言ってんの、何が最後なの?」

「まあそうね、手足ぐらいは解放してあげましょう」

「そうだな、最後だしな……」

「何せ、最後だしね……」

「ああ。どっちかというと最後じゃなくて、“最期”、だしな……」

「お前ら俺の質問を無視して不穏な相談を続けるな! 勝手にテンション下がるなよ!」

「目隠しはどうするよ?」

「ああ、それはむしろつけていた方がいいだろう。武士の情けってやつだな」

「なるほど、処刑の時に目隠しをしてやるのと似たようなものか」

「だから本人不在で、人の生死に関わるっぽい相談をするなって!? 処刑って何!?」

「じゃあロープだけ取って、後は任せますね、勇者さま」

「うわーーーーー!」


 抗議の声も虚しく、俺は手足のロープだけをはずされたまま、どこかに放り投げられた。


「ぐわっ」


 全身を何かに強く打ち付けて、体は軽く宙に跳ね上がった。

 その後改めて、硬い地面に背中を打ちつける。


「勇者さまが向かわれたから、もう安心だな」

「そちらの中でのこと、よろしく頼みましたよー。勇者さまー」

「こんな偉業を成し遂げるだなんて、いやはやまったく、何たる勇者だ」

「我々にはあんなこと真似できないよ。さすが勇者さまは一味違う」

「……心苦しくもあるけど、仕方ないわよね」

「言うな。我々は最善の道を選んで、勇者を華々しく送り出した。それだけだ。守るためには、仕方がない……」

「おい、勇者さま。『悪く思うなよ』なんて、都合のいいことは言わねえよ。悪かったな。お前さんは、タイミングもナリも、この街にとってちょうど良すぎたんだ」


 俺を放り込んだ連中は、口々に勝手なことを言いながら、さっさとどこかへ行ってしまったようだ。

 いや、まだ一人……。耳に覚えのある声だけは、残っている。酒場のマスターだ。


「うまい話に乗せられれば、足元をすくわれて酷い目に合う。それが、お前が選択した結果得られた教訓だ。次は乗せられるんじゃねえぞ、若いの。お前が聞きたかった依頼の詳細は、そこの住民の誰かが教えてくれるだろうぜ! 達者でな!」


 ――時間が過ぎるに連れ、体の痛みは徐々に収まってくるが、屈辱感は反比例して大きくなる。

 なんなんだ、一体なんなんだ……?

 仲間を探して依頼を受けようと思っていた酒場で、相談事をしていた町民たちに、問答無用で縛られて……。

 身動きが出来ないまま、こんなところに放り投げられてしまった。

 選択の重要性だけ説いて、あのマスターもどっかに行ってしまったようだ。

 そもそも俺がいるここは、一体どこなんだろう?

 あの連中は何を企んで俺を連れ出したんだ?


 幸いというか、俺が最初に投げ落とされた場所には、何か柔らかいものがあったようだ。

 おかげでワンクッション置いてから地面に激突したために、落下による致命的なダメージを受けてはいない。

 ゴムマリのように柔らかいものと、草むらのように何かが茂った感触があったけど、なんだったんだろう。

 今俺が手をついている場所は、岩肌がむき出しになっているみたいなんだが……。

 自分の目で、状況がどうなっているのかを、確認してみるか。

 目隠しを取るのが怖い気持ちもあったが、いつまでも状況を認識できない方がもっと怖い。

 打ち付けて痺れが残る腕を頭に伸ばし、俺はおもむろに目隠しを取った。

 そして、そのことに即座に後悔するハメになるとは、思いもしなかった。


 目の前に広がった景色は、暗い洞窟と、灯りに照らされた二人の人物。

 そこにいた男は、白衣を着た背の高い老人と、傷だらけの恐ろしい顔をしたドワーフだった。

 長身で痩せぎすの老人は、暗闇の中、下から明かりがあおるように照らしているので、すげー怖い。ライトアップされた死体のように見える。

 ドワーフのほうは傷だらけのごつごつした顔が、目の前に急に出てきたので、これもすげー怖い。

 そんな二人が薄暗いダンジョンの中にぬーっと立っていて、へたり込んでいる俺を見下ろし、笑みを浮かべているのだ。


「!!! わーーーーーー!!」


 腹の底からの大声と、声にならない悲鳴を同時に上げるような器用な驚き方で、とにかく俺は上も下もなくビビりまくった。

 あわあわと地べたを這いずり回って、その場を逃げ去ろうとする。

 なんだこいつら。なんだこの恐ろしい連中は。

 冒険開始早々、死神に目をつけられたんじゃないだろうな……!?

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