第2話 街にいた頃の半日前の俺

 俺が冒険を開始するに当たってまず立ち寄ったのは、近隣にお宝の眠るダンジョンがある、トキオカという小さな街だった。

 街には行商人や、俺のような冒険者が行きかい、おおむね活気に溢れている。

 心なしか住民たちには元気が無いような気もしたが、それはきっと、街の近くにモンスターが徘徊するダンジョンがあるという、住宅事情的な理由なんじゃないだろうか。

 それにだ。もしもそれ以外に住民を悩ませる問題があるというなら、それはそれで都合が良い。

 街の人々の顔を曇らせるような厄介ごとを解決するのが、俺のような冒険者の仕事なんだから。


 残忍な魔物や獣、旅人を襲う野盗なんかがうろつきまわる、この物騒なご時世では、冒険者という一風変わった職業が公に認められている。

 各地で起きる問題や揉め事をその能力で解決し、代わりに報酬をもらって生活をしている連中のことを、世間では総じて『冒険者』と呼んでいるのだ。

 実際はそれぞれが個別に得意分野があって、その分野が何であるかによって、魔法使いとかシーフとか呼ばれることになるんだけれど。

 さしずめ俺は、剣士ってとこだ。剣士ソードマン、なかなかシャープな肩書だよな。

 新たな冒険者の輩出を担う施設で訓練を受けて、剣の扱いとモンスター知識の基本だけは、しっかり叩き込まれてる。

 でも、実戦はまだ経験していないという有様だ。


 農家を飛び出して施設で訓練を受け、なけなしの金で片手半剣とレザーアーマーを買い、この街まで一人旅をしてきただけ。

 それが今現在の俺、グルーム・ルームの冒険譚の、全てということになる。

 これから吟遊詩人に語り継がれる物語のつかみとしては、あまりに退屈だ。

 俺はもっと、ドラゴンの隠した秘宝をゲットしたり、知恵と勇気で悪魔をやり込めたり、そういう派手な冒険がしたいんだ。

 そして最終的には伝説の剣士として称えられるとか、王宮騎士団に迎え入れられるなんてのが、理想的な展開だと言える。


 とは言っても農夫の息子に毛が生えた程度の自分じゃ、まだそんな大それたことは出来ないってことぐらいはわかってる。

 だから俺の足は、このトキオカの街にある酒場に、自然と向いていた。

 まずは仲間を集めることにしよう。剣士駆け出しの俺一人じゃ、心もとない。酒場に行けば、メンバー不足の同業者がいるかもしれない。


 しかもだ。冒険者の宿なら、きっと新たな冒険のきっかけになるような、さまざまな依頼人が集まっているに違いない。

 ここはひとつ、程よく腕ならしに向いていて、なおかつ適度に心が躍る、かゆいところに手が届いた冒険は無いものかなー。

 依頼の内容によっては、虎の子の宝石も手放して、必要な装備類も新たに買い揃えて……。

 新調した武器と防具、それに仲間、大冒険! なんともワクワクする話だよな!


 あれこれとそんな夢想をしていた俺は、既に酒場に到着していたことも、その中から人が飛び出してきたことにも、気づかなかった。

 走って出てきた小柄な人影が、俺の胸に激突する。


「おーっとジャマだよアンタ! こっちゃー急いでんだからさ」


 身軽なナリに、迷彩柄のバックパックを背負った、少年だった。


「うわっ、とと、悪い悪い」

「何ニタニタしてこんなところに突っ立ってんだか。気持ち悪いよ、アンタ」

「えっ? 俺、ニタニタしてた?」

「してたっていうか、してる、だな。今まさにニヤけてるよ」

「うおっ、恥ずかしい。街行く人に田舎モノだと思われる……!」

「……アンタ、心の内が顔だけじゃなくて、声にも出てるよ。今まさに恥ずかしさ上塗りしてるね」

「まじで? そりゃ顔が赤い。ごまかすために酒場があったら入りたいな」

「じゃあどーぞ、ご勝手に。中には昼から顔が赤いやつが揃ってると思うよ」


 少年は、自分が出てきた背後の酒場を指で示し、俺を促した。


「おう、ありがとう。まあどうせここに用事があったから、言われなくても入るんだけどね」


 促されるままにその酒場に、俺は足を踏み入れようとした。だが直後に一瞬思い直し、踏みとどまる。

 その場を去ろうとする少年に対して、もう一度声をかけてみることにしたんだ。


「あの、ちょっと待ってくれないか」

「何さ? こっちは急いでるんだってば」


 少年が身につけているのは、ダンジョンでしか発掘されないオーパーツのたぐいだ。

 ポケットの多い特製バックパックにスニーカー。腿まであるロングブーツのようなソックスには、ダガーを差し込むベルトのギミックも仕掛けてある。


「あんたひょっとしてその身なりからして、シーフじゃない?」

「んん? ああ、まあそうだけど?」

「俺、今ちょうど仲間を探そうと思ってたところなんだよ。この街の近くにあるって言う、ダンジョン潜るに当たってさ。あのダンジョン、罠も多いって話じゃないか」

「あー、なに、ボクをスカウトしようってこと?」

「まーそんなところかな。冒険の仲間を集められたらなーと漠然と思ってたんだけど、ここで会ったのも何かの縁かもと思って」

「縁、ねえ……」


 少年は俺の目の前に顔を近づけ、品定めをするようにじろじろと眺めてくる。


「な、なんだよ?」

「うーん……ダメだね、仲間にはなれそうもないな」

「え? どうして?」

「アンタ、にぶいよ」

「そ……そうかなあ。そりゃー、シーフのあんたに比べりゃにぶい部類かもしれないけど、そこをうまく補い合うのが仲間ってもんじゃ……」

「ダーメダメ、だからといってもね、最低基準ってものがあるんだよ。アンタはそれをクリアしてない」

「なんだよ、最低基準って」

「とにかくボクは急いでるから、とっとと行くよ。行き先はボクもそのダンジョンだから、縁があればまた会えるかもねー」

「え、ちょっとおい」

「まー、縁自体はありそうだけどね、アンタとは。じゃーね、またー」


 手をひらひらと振りながら、シーフの少年は猛スピードでその場を駆け出し、俺の前から姿を消してしまった。


 ……いなくなっちまったな。

 まあいいか、仲間を作る機会はまだいくらでもあるだろうし……。

 唐突な出会いと別れを終えた俺は、改めて酒場の中に足を踏み入れた。

 するとそこには、俺が予想していたのとは、ちょっと違う光景が待ち受けていた。

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