結婚騒ダンジョン!

一石楠耳

一日目

第1話 結婚は修羅場

 俺だって子供の頃には、結婚の約束をした女の子の一人や二人、いたはずだった。

 記憶はおぼろげだけれど、クローバーをよじって作った指輪をはめて、「大きくなったら結婚しようね」なんて話も、したような気がする。

 いや、あれは――小さい時に読んだ、何かの本の話だったかもしれない。

 なにぶん昔のこと過ぎて、覚えている内容も曖昧なとこがある。

 でも、強く記憶に残っていることもある。そんな結婚の約束の話を大人にしたら、ゲラゲラ笑いつつ、こう言われたんだよ。


「子供はいいなあ、気軽に結婚の約束なんかができて。大人になったらな、結婚ってのは夢にあふれた話ばかりじゃないんだ。場合によっちゃ、修羅場になるんだぞ?」


 そして今、駆け出し冒険者の俺ことグルーム・ルームは、ダンジョン内部のモンスター酒場という、修羅場の真っ只中にいる。


 酒臭さとカビ臭さと血生臭さに満ちたこの酒場では、リザードマンの板長が長包丁で地下アンコウをさばき、お造りにして次々にテーブルに並べている。

 酒のつまみを奪い合うために、一斉に伸びてくる、骨の腕や腐肉の腕。

 毛むくじゃらの雄牛の腕がこれらを全部押しのけて、お造りを丸々奪っていく。

 せしめた鮮魚をマンドラゴラの葉っぱにくるんで一口で平らげるこいつは、天井まで届く巨体のミノタウロスだ。

 そんな半人半牛の後ろでは、蜂蜜酒に酔ったジャイアント・マンティスが体をふらつかせて倒れこみ、冒険者撃退用の罠のスイッチを入れてしまった。

 アロースリットから飛んでくる一本の毒矢。

 酒場の喧騒を横切る弓矢は俺の頬をかすめて、隣の美少女の顔に突き刺さった。


 真白い肌にじわりじわりと広がっていく紫色の斑点を気にも留めず、彼女は毒矢を「えいっ」と引き抜いて、俺に向けてニコリと笑った。

 ぞっとしている俺の様子を見て、「あ、あれ? ごめん、笑顔失敗したかな。もう一回笑うね?」またニコリと笑った。


「あっ、そっか! 矢を抜いた時に目が取れちゃったんだ! あはは!!」


 矢に刺さった自分の眼球を指差して、またまた笑った。俺はまたまたぞっとした。

 俺はだいぶ。だいぶ酔っているらしい。飲み過ぎておかしなものが見えているんだ。多分そうだろう。

 夢うつつの大騒動の中、事態を見かねて、メスの獣人が爪と牙を剥き出しにした。眼鏡をかけた端正な顔を歪ませて、威嚇の声を酒場の隅々にまで行き渡らせる。


「貴様ら……! いい加減にしろ!! 落ち着いて飯が食えないではないか!!」


 全身をピッタリとしたキャットスーツで覆ったこの獣人は、胸のジッパーをおろし、褐色の胸の谷間を露出する。

 そこに食べかけの唐揚げをざらざらと流し込んでから、酔っぱらいモンスターたちに跳びかかった。

 目にも留まらぬ早業で怪物連中を蹴散らしながら、胸元の唐揚げをちょくちょくつまんで食べ進む。

 攻撃されたモンスターの血肉も、ちょくちょく俺の席に飛んで来る。こんなオーダー頼んでませんけど。はい、あちらのお客様からです。

 しまいには蹴り飛ばされたクレイ・ゴーレムの体が、俺の頭上に覆いかぶさってくるなどもしたけれど、とっさに走りこんできた眼帯のメイドがフライパンでこれを打ち返し、事なきを得た。

 事なきを得たというか、怪力のフライパンでぶっ叩いたぶん、クレイ・ゴーレムの体が散って、酒場中が泥にまみれた。メイドの働きぶりで、被害拡大。

 当の本人は「申し訳ございません……ご主人様……」と、無表情でお辞儀をひとつ。

 腕のアタッチメントをフライパンから、ちりとりに取り替えて、そそくさと掃除を開始した。


「あたし達は無事だったけど、みんなにゴーレムがおすそ分けになっちゃったね! あははははは!」


 俺の隣で屈託なく笑う、黒のドレスの女の子は、いつの間にか再発動した罠で、もう片方の目も毒矢に持って行かれていた。

 無事じゃないじゃないか! 両目が虚無!

 こんなアンデッド女子と、獣人の女医と、怪力ドジっ子メイド。

 俺は今、この三匹のうちの誰かと、結婚をしなければならない状況にいる。


「……大人になったら、結婚がここまで修羅場になるなんて……? さすがに……ひどいな……?」


 なんてことをつぶやきながら俺は、ダンジョンに来た時のことを、まるで悪夢のように思い返していた。

 目の前で今起きてることも、既に充分に悪夢だが。

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