六月第三週 火曜日 夕方 日が沈みきる前に
ノートPCを受け取った後、俺は渡部さんと別れ、夏輝に電話をかけた。
俺が逃げ出してからの状況が、知りたかったのだ。
「もしもし?」
『! ちょ、ちょっと失礼するッス!』
電話越しに扉を開き、外に出た音がする。夏輝はまだ部室にいるのか?
『和っち? 今までどこに行ってたんッスか! 心配したッスよ!』
「すまん、悪かった。反省している」
『わかってるならいいッスけど……』
「あの後、あれからどうなったか聞いていいか? 緑さんは無事か?」
『もう大変だったッス! 福良先輩は、何とか北斗さんと小川先輩が緑ちゃんから引き離すことに成功したッス。怪我もなさそうだったッスけど、一応保健室に本西さんと一緒に寄ってもらって、今日は早退してるッス』
その報告に、俺は胸を撫で下ろした。早退しているのは賢明な判断だ。
これ以上大学にいたら、福良先輩が何をしでかすかわかったものではない。
「それで、福良先輩は今どうしてるんだ? 福良先輩も早退しているのか?」
暴れまわった後の反動がデカイんじゃないかと、俺は思ったのだ。
暴れているうちは気にならないかもしれないが、時間を置いて冷静になれば福良先輩は藤井先輩が浮気していたという事実と向き合わなければならない。それは、中々酷な話ではないか。
『いや、早退するどころかさらにパワーアップしてるッス! 今頃サークルの『反藤井派』を引き連れて今はどこかの教室で藤井先輩をいかに糾弾するかの討論中ッス!』
……アグレッシブすぎだろ福良先輩。俺がいない間に変な方向に話が進んでいるようだ。
「というか、『反藤井派』って何だ?」
『サークルのほとんどのメンバーッス。元々藤井先輩に嫉妬してた男性メンバーと、福良先輩を狙っていた男性メンバーを中心に、憧れていた藤井先輩が浮気していた事実に絶望した女性メンバーも加わって、もう何がなんだかわからないッス! デモ隊ッスよデモ隊!』
「本当に俺がいなくなった間に何が起きたんだ……」
元々『エル』が一枚岩というわけではなかったことを、俺は今更ながらに思い知る。
藤井先輩に嫉妬していたとか、福良先輩を狙っていたとか、夏輝の口から直接そうした事実を聞くのは、中々堪えるものがあった。
『エル』で感じた、あの楽しかった思い出や、無敵感は、全て俺の錯覚だったんだ。これがこのサークルの、実態だったのだ。
花見で緑さんに向けられた目線や、合宿のときの配車と部屋割り。予兆はいくらでもあったはずなのに、俺は結局『エル』の表面しか見てこなかったということなのだろうか?
……それは、なんというか、かなり寂しいな。
「それで、渦中の藤井先輩はどうしてるんだ?」
藤井先輩は、俺と渡部さんの『Noisy myna』をけなしてまで自分の無実を貫き通そうとしたのだ。この状態を黙ってみているとは思えない。
『……実は、今北斗さんがサークルメンバーのTw○tterのつぶやきのキャプチャをとりまくって、福良先輩に反撃できる材料がないか、藤井先輩たちと部室で精査している最中ッス』
誰かに聞かれないためか、夏輝が声を小さくした。
……何だ? 聞かれたらまずい話なのか?
いや、それよりも。
「北斗さんは、藤井先輩についているのか?」
『はいッス。元々北斗さんは藤井先輩の後を継ぐって意気込んでたッスから』
なるほど。藤井先輩への忠誠心は変わらずってわけか。だとすると、さっき夏輝が言った言葉が気になる。
藤井先輩『たち』って、藤井先輩と北斗さん以外に誰がいるんだ?
「というか夏輝。さっきから周りを気にしているみたいだけど、お前今どこにいるんだ?」
『そ、それは……』
『夏輝、まだ電話中なのかな?』
この声は、北斗さん? だったら、夏輝が今いるのは部室か!
『たち』って、お前も含まれてたのかよ夏輝!
『あれ、ひょっとして電話の相手和春?』
『和春だと! 代われ夏輝!』
電話からまた別の声、藤井先輩の声が聞こえる。
『ちょ、藤井先輩! 返してくださいッス!』
『ちょうどよかった。お前に話があるんだよ和春』
夏輝の悲鳴が遠くから聞こえる。藤井先輩が夏輝のスマホを取り上げたのだろう。
花見のときに感じた、高圧的な態度は酔っているからだと思ったのだが、こっちが藤井先輩の素のようだ。
「ずいぶん乱暴な真似してるみたいですね。猫被るのはもういいんですか?」
『うるせぇよ。まぁいい。今から言う教室まで、必ず来い』
藤井先輩の言葉の端々からは、絶対の自信が溢れている。とても浮気の証拠をつかまれた人とは思えなかった。北斗さんと、何か見つけたのか?
「……何をする気ですか?」
『決まってるだろ』
藤井先輩は、主人公が悪役に向けて言い放つようにこう言った。
『浮気を、バラすんだよ』
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