ゴールデンウィーク 合宿 初日 移動中

 先ほどまで問題なく車のスピーカーから流れていたラジオの音が、途切れ途切れになる。県境に差し掛かったのだ。

「いやぁ、晴れてよかったねぇ。そう思わない?」

「そうッスね! 北斗さん!」

 車に備え付けのリモコンでラジオの周波数を変えながら、北斗さんは運転を続けていく。ノイズ音ではなく人の声が聞こえてくるチャンネルをいくつか見つけたが、どれも内容がいまいちだったため、無難に高速道路の交通情報に落ち着いた。

 今日は我らがフットサルサークル『エル』の合宿初日。俺と夏輝は、北斗さんが運転する車に乗って合宿場所まで移動中だ。合宿というと貸し切りバスをチャーターして皆でわいわい行くものだと想像していたのだが、移動費を抑えるために車の免許を持っているメンバーが運転士となり、荷物と他のメンバーの運搬役となっていた。

 更にレンタカーを借りる費用も抑えるため、運転手は自分の車を所持している人、自分の車は持っていないが家族の車を合宿中は借りることが出来る人、の順に拒否権なく選抜。今年はレンタカーを借りる必要がなかったと、会計の星野先輩が喜んでいた。

 ただ、運転するだけだと運搬係に任命されたメンバーに負担がかかるため、運転士に選ばれたメンバーの移動費は免除されるという特典が付いている。費用の負担はそれ以外のメンバーが均等に負担することになっており、合宿所に付いたら行きの高速代とガソリン代が支給される手はずとなっていた。帰りの分は別途支給されるらしい。星野先輩がETCの人だと領収書がすぐ出ないから面倒だとか、ガソリンを入れた時にレシート捨てる人がいるからやめて欲しい! という話をしていたが、そういう会話は一年生の俺には新鮮で、ちょっと大人な会話だと感じていた。なんというか、大学生! って感じだ。

「後どれぐらいで着くんッスかね? 北斗さん」

 夏輝が助手席でスティック状の焼き菓子にチョコレートがコーティングされたものをポリポリと食べながら、北斗さんに話しかける。俺は後ろの座席、運転席の後ろなので後部座席の右側に座り、夏輝が食べかすを北斗さんの車にこぼさないかハラハラしながらその様子を見ていた。

 俺の左側には合宿で使うゴールネットやボール数種類、ビブスなどが積まれ、人が座れるスペースは存在していない。つまりこの車の中には北斗さん、夏輝、そして俺以外のサークルのメンバーは存在していないことになる。いたらホラーだ。

 北斗先輩の配車は他のメンバーが運転する車とは様子が違っていた。

 運転手として選ばれたメンバーは移動費の免除以外にも、暗黙的なルールで助手席に女子メンバーを配置するようにセッティングすることになっている。

 北斗さんの名誉のためにも言っておくが、別に北斗さんがホモだというわけではない。もしそうだったら、俺はこの車から今すぐ飛び降りる。

 逆に今女子メンバーが北斗さんの隣に座っている、夏輝が女の子だった説も今ここで否定させていただこう。どんなに初心な反応をしようとも、夏輝はれっきとした男である。

 では何故この車の中に大の男三人が固められているのかと言うと、別に俺たち三人がいじめられていると言うわけではなく、単に女子メンバーが足りなかったと言うだけの話だ。

 毎年車の運転をするのは二年生のメンバーが主体となっているが、今年は例年に比べて二年生のメンバーの免許所持率が低く、多くの三年生の、特に男の先輩に今年も車を出してもらうため、女子メンバーの配車について便宜を図ったのだ。

 サークルのメンバー同士で車を持ち寄って合宿に行くとか、その会計で頭を悩ませる話を聞いた時はちょっと大学生らしい! と思ったのだが、こういう『嫌な大人』な話を聞くとテンションが非常に下がってしまう。他にも宿の部屋割りで、あの人とこの人は仲が悪いとかげんなりする話は多々あるのだが、そんなげんなりトークの中の一つである車の配車決めの仕事を任された俺と夏輝は、どうしたもんですか、と北斗さんに助けを求めたのだ。

 すると北斗さんは、

『あれ、これ和春と夏輝が俺の車に乗れば問題なくない?』

『え、でもそれだと北斗さんの車に女子いなくなっちゃいますけど?』

『いいんッスか?』

『大丈夫大丈夫。俺気にしないから。ね?』

 ……というイケメン発言で問題を解決してくれたのだ!

 それ以外にも、北斗さんの車に乗せれるだけの荷物は乗せていいことになった。流石北斗さん! 『エル』を来年引っ張っていくのは貴方しかいません! 俺なら絶対ごねます!

「ん? そうだね。もう三時間も走ってるし、後三〇分ぐらいなんじゃないかな?」

「そうッスか! 楽しみッスね!」

 こうした車での移動の際、助手席、後部座席に座るメンバーは運転手に定期的に話しかけるように言われている。運転手が眠くならないようにするためだ。

 それを抜きにしても、夏輝は合宿が楽しみなのだろう。頭の上にウキウキワクワクという擬音語が表示されても不思議ではないぐらいはしゃいでいる。

「北斗さん、何か食べられますか?」

「自分、コーラがいいッス!」

「温くなるからって、夏輝コンビニで結局買わなかっただろ」

「えー! 和っち使えないッス!」

「俺のせいなの!」

「あはははっ! あ、そろそろトンネル入るみたいだね?」

 窓の外に見えていた田園風景が消え、代わりに窓ガラスに映ったのは一面のコンクリート。天井に一定の間隔で設置されているオレンジ色のライトに照らされ、トンネルの中と外の違いを否応なしに認識させられる。トンネルの中に入ったことで、車内も影の割合が増す。トンネルはカーブの形状をしており、出口が見えない。

 たまに現れる非常口だけが、ここから脱出できる唯一の存在のように錯覚しそうだ。

『……』

 先ほどまで、頼みもしてないのに別の高速道路の渋滞情報を教えてくれていたラジオも、トンネルに入ったとたんに口をつぐむ。

 それに合わせるように、車内も無言になった。あれ、何で黙るの?

「っていうか、こういう時って何で一瞬黙るんッスかね? ちょっと怖いッス!」

 沈黙に耐えかね、夏輝が先陣を切って喋り始めた。いや、その気持ちは十分わかるぞ。

「……何? 夏輝は怖がり屋なのか?」

「そ、そんなことないッスよ!」

「北斗さんの方こそ、本当はトンネルの中怖かったんじゃないんッスか?」

「そ、そんなことはないぞ?」

 ……あ、北斗さんも怖がってたんだ。よかった、皆仲間だったんだ!

「……実は、俺もちょっとトンネル怖いなって思ってたんですよ」

「か、和っちもそうッスか!」

「ああ。高速道路のトンネルって、何か独特の雰囲気あるよなぁ」

 正直に怖がっていたことを告白したことで、俺と夏輝の間に、一緒にイタズラをした悪ガキたちが持っているような、不思議な一体感が生まれた。

 助手席と後部座席という距離はあるが、心の中で俺と夏輝はハイタッチを確かに交わしたのだ。さぁ、次は北斗さんの番だ!

「……なんだ二人して。今年の新入生はだらしがないねぇ。そんなことじゃ彼女なんて出来ないぞ?」

 ……北斗さん。マジで空気読んでください。後、余計なこと言わんでください。

 助手席から夏輝が、後部座席から俺が北斗さんをジト目で見つめる。北斗さんも分が悪くなったと思ったのだろう。バックミラー越しに見た北斗さんの目は泳いでおり、必死に何か話題をそらそうとしている。それでも、次の瞬間には北斗さんのはっとした顔がバックミラーに映る。何か思いついたのだろう。往生際が悪い。ともかく話を聞いてみよう。

「そ、そうだお前ら! 今日はコンドームを持っているかい?」

 会話が突如あさっての方向に飛んでいった。飛んでいったまま帰ってこないかもしれない。自分が怖がっていることを隠すために最低な方向に会話を切り替えた、今後『エル』を引っ張っていくであろう先輩に、俺と夏輝が何も言えないでいると、勝手に北斗さんは話を続け始めた。

「まぁ持ち歩いてたとしても、コンドームの箱ごと持っている人は少ない。だからほとんどの男は自分の財布にコンドームを一つ、いや二つは入れているよね? しかし待って欲しい! そのまま入れっ放しで長期間同じ場所に入れていると財布にコンドーム特有のアノ円形の形がくっきりと残ってしまい、財布が非常に残念なことになってしまうわけだ! だからそれを避けるために、財布に入っているカードとカードの間にコンドームを入れればこの問題は防がれるわけさ、って何でそんなに冷たい目で俺を見るんだよ?」

「……ちょっとマジで空気読んで下さいよ高橋先輩」

「……早口でコンドームって何回言ってるんッスか? 早口言葉の練習ッスか? 高橋先輩」

「ちょ、いつもみたいに名前で呼んでよ! ねえ?」

 配車の問題を華麗に解決した北斗さんの株が、俺と夏輝の中で一瞬にしてトップ安を叩き出し、そのまま下げ止まる気配を見せない。

「そういえば、俺、夏輝と同じモバイルルータ買ってさ! あ、ほ、ほら!もうすぐトンネルを抜けるよ!ね?」

 まだ誤魔化そうとする北斗さんの株は下がり続けているのは言うまでもないが、北斗さんの言ったとおり、トンネルに低圧ナトリウムランプのオレンジ色以外の光が見えてきた。

 白色の光が、太陽の光が近付いてきた。あと少しで車がトンネルを抜ける。

 その光に触れ、包まれたと思った次の瞬間、俺たちの目の前に飛び込んできたのは、大海原。

 目的地に、海に、着いたのだ。

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