大学生活二日目 昼 ガイダンス後

 ガイダンスが終わった。帰る支度をする人もいれば、大学で新しい友達を作ろうと周りの人に声をかけている人もいる。ちなみに、隣の女の子の姿は既にない。ガイダンスの終了と共に颯爽と教室の外へと出て行ったのだ。

 そんな中俺はどうしているのかというと、席に突っ伏して顔を動かすのがやっとといった状態になっていた。いや、ガイダンスは無事に終わったのだ。

 教室に入ってきた教員は単位の取得方法や、講義の履修方法、講義の進め方について分かりやすく説明してくれた。

 その中でも一年生の春学期、つまり今学期で履修する『プログラミング演習Ⅰ』と『プログラミング実習Ⅰ』は説明にかなりの力を入れていた。

『プログラミング演習Ⅰ』、通称『演習Ⅰ』はプログラムをする上で必要な、関数や配列、構造体などの知識について学ぶ講義で、単位を取得するには筆記試験を受ける必要がある。

 そして、その『演習Ⅰ』の知識を生かして実際にプログラムを行う講義が『プログラミング実習Ⅰ』、通称『実習Ⅰ』となる。

『実習Ⅰ』は試験で合否を決めるのではなく、毎週出題されるプログラミングの課題をレポートとして提出し、そのレポートの内容で合格ラインを超え続けなければ、単位を取得することが出来ない。

 つまり、毎週連続してレポートに合格し続けなければ、この講義の単位を取得することは出来ないのだ。そのため『実習Ⅰ』だけは変則的に一八〇分、二講義連続して行われる。

 では何故この『演習Ⅰ』と『実習Ⅰ』が厄介なのかというと、この二つの講義の単位を取得するためには、二つ同時に合格しなければ単位を取得することが出来ないというところにある。

 そのため、この講義を落として一気に留年する学生が後を絶たないらしい。だったらカリキュラムを変えろと言いたい。

 ちなみに講義を数える単位に『コマ』を使うらしく、『演習Ⅰ』は週一コマ、『実習Ⅰ』は週二コマ、他にも月曜日に四講義受講している場合は、月曜日は四コマ講義を取っている、といった使い方をするようだ。

 単位については他にも、自分の学部以外の講義を履修して、卒業に必要な単位に加算出来るシステムがある、と教員から説明を受けた。

 その説明を受けた辺りで、ガイダンスが終了。さて帰りますか、とはならなかった。

 なんと抜き打ちでテストがあったのだ! ちなみに科目は数学と英語だった。

 講義で数学と英語があり、数学と英語は情報工学科には重要スキルであるため、学生のレベルにあった講義を進めていくカリキュラムになっているらしい。そのため学力レベルが同じような学生をクラスごとに振り分けるために、抜き打ちで実力テストを行ったのだ。

 実力テストはセンター試験のようなマーク方式で、俺は数学はかなり自信があった。

 ……英語? 俺今机に突っ伏してるって言っただろ? それで結果は察してくれ。

 そりゃ、理系だからこそ英語が重要なのはわかる。特に情報工学の分野は日本よりも海外の方が進んでおり、新しい技術や論文の資料は英語で書かれているものがほとんどだ。

 俺もスマホのアプリ開発で、よく英語のサイトにお世話になったし、今もなっている。でも、ほとんど英文なんて読んじゃいなかった。読んでいたのは、プログラムのソースコードだ。

 ……グローバリズムが何だ! 英語が出来るがそんなに偉いのか? 全く嘆かわしい世の中である。俺たちプログラマーはプログラミング言語で、アルゴリズムを伝え合うことが出来るのだ! 立派な意思疎通のためのツールなんだよ、プログラムは!

 俺はこれから、日本語以外に話せる言語を聞かれたら、自信を持ってプログラミング言語って答えるね!

 ……むなしい。

 流石に切なくなってきたので、俺も教室の外に出ることにした。

『新入生の一週間』を確認すると、今日の予定は午前中で終了となっており、午後からは何も予定が入っていない。だが、ほとんどの学生は帰宅する様子はなかった。

 何故なら、部活勧誘があるからだ。

 新入生以外はこの時期講義もないため、勧誘活動を行っていない学生はほとんど新入生なのだ。暇そうな学生が、片っ端から勧誘部隊に囲まれていく。

 俺はねーちゃんと合流して、こうした大学の事情を学食でお昼を食べつつ教えてもらっていた。

 ちなみにお昼は、俺が自分とねーちゃんの二人分弁当を作ってきている。まぁ、米と生野菜以外全部冷凍物を詰めただけだけど。でもこの餃子とか、俺好きなんだよなぁ。レンジじゃなくて、ごま油でちゃんと焼いてあげるとなお旨い。

 ねーちゃんと別れた俺は、サークルの新入生勧誘に断りを入れつつ、ある場所を目指して歩いていた。お目当てのサークルの説明会が開かれる教室へ向かっているのだ。

 強引な勧誘も、既に聞きたいサークルの説明会があることを伝えると素直に引き下がってくれた。無理に誘うと大学側からペナルティを食らう仕組みになっているらしい。これもねーちゃんから聞いた情報だ。

 ……さて、これから説明会を聞きにいくサークルだが、そもそも俺がサークルに所属する理由は、俺が女の子とお近づきになるため、モテるため、女の子から告白してもらうために入るわけだ。だから俺がこれから説明会を聞きに行き、所属しようとしているサークルは一番俺にとってモテる可能性が一番高いと思えるサークル、ということになる。

 そのモテる可能性が一番高いと考えたサークルは、ずばりフットサルサークルだ!

 ……何故フットサルサークルなのか? その理由は、スポーツを新しく始める上で『ハードル』が低いからである。

 サッカーやフットサルの練習を真面目に取り組んでいる人たちには悪いが、合理的な判断をすれば、ここに行き着くのだ。

 まず、他のサークルでモテるかどうかを考えてみよう。

 文化系サークル。うーん、確かにモテないこともないだろうが、一人イケメンが居るだけで女子はそちらに夢中になるだろう。顔面偏差値が高くない俺には、分が悪い。だから生まれたもの意外で、努力次第で何とかモテるクラブ活動に所属する必要があるわけだ。

 努力次第で何とかなりそうなもの。根性でどうにかなるもの。そう、スポーツだ。スポ根である。スポーツは当然、練習して技術を磨くことが必要となる。努力が、必要となる。

 しかしその努力が実りカッコいいところを女子に見せるには、一から練習していては時間がかかる。だが、『今から』練習していてはチャンスを逃す!

 俺は今すぐ、どうにかしてモテたいのだ! 女の子から告白されたいのだ!

 ……最低だと罵ってもらってかまわない。でも考えてみろ。俺たちが思っているほど、大学生活は長くはないのだ。実際に計算してみようか?

 一日二四時間で、睡眠時間が六時間だとする。大学の授業が一講義九〇分、つまり一時間三〇分で、四年間みっちり一日四コマ入ったとすると六時間。

 みろ! 一日の半分が睡眠と講義で終わってしまったぞ!

 つまり、大学生活を留年することはないと仮定して計算すると、四年間の半分が、二年間は睡眠と講義で終わってしまうのだ!

 実際には土日は講義はないのでその時間を除いたり、春休み夏休み冬休みなど、さっきの計算から除外して考えなければならない要素はいろいろある。だが、通学、バイト、食事、サークル活動の時間と考えると、そんなものは誤差の範囲内だ。

 ……もう一度言おう。俺は、今すぐ、どうにかしてモテる必要があるのだ!

 大学生活に賭けているのだ! 三次元での恋愛を! めくるめく甘美の時を! その為には、モテる為にはスポーツをするしかないのだ!

 そんなものあるのか、って? あるじゃないか。フットサルが!

 あれはすばらしい! ボールを蹴るだけでいいのだ。ボールに向かって走ればいいのだ。

 もちろん細かいルールは当然ある。プレイヤーの役割もある。それは知っている。

 では、フットサルは練習しなくてもいのか? いやいや、そんなことはない。もちろん練習する必要は、当然ある。というか、俺は『既に』練習してきている。

 高校時代には受験勉強の合間を縫って走りこみ、ボールも小学生のころ使っていた空気の抜けたドッジボールの球に空気を入れ、シュート練習をしていたのだ!

 ……話を戻そう。スポーツで女の子にカッコいいところを見てもらうためには、練習が必要だ。そして、サッカーやフットサルは、ボールがあればそれだけで練習ができる。

 大学に入る前の高校生活で既に必要な練習を一人で済ませることが出来る、いや出来たのだ。少なくとも走り込みをしていたので体力には自信がある。

 というか、俺だってバレーボールコートやバスケットボールのゴール、テニスコートが使えたなら、一緒に練習に付き合ってくれるような友達がいたのなら、練習をしただろう。鬼の形相で必死にしただろう!

 だが悲しいかな、まずバスケットボールのゴールなんてものは日本の街中にそうそうあるものではない。だから練習できない。テニスコートも貸してもらえるツテもない。

 バレーボールなんて一人で何の練習をすればいいのだ? トスとレシーブを一人で黙々練習しろと? 何その苦行。

 べ、別に練習できなかったから、バレーボールサークルとバスケットボールサークルに入らないんじゃねーし!

 バレーボールサークルとバスケットボールサークルは活動場所が重なるからあまり練習できないし、そもそも所属している部員数も少ないから女の子と知り合えるきっかけ自体が少ない、ってねーちゃんから聞いて合理的に判断して入るのやめたんだしっ!

 ……いかん。ちょっと涙が出てきた。

 精一杯の虚勢と共に流れ落ちた涙を拭って顔を上げると、丁度目的のフットサルサークルの説明会を行う教室が目の前に見えたところだった。

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