大学生活二日目 朝 キャンパス初登校

 大学生二日目だが、自分のこれから通うことになるキャンパスへの登校は、今日が初めてとなる。俺の今日の予定は、午前中に学部学科のガイダンスを受けることになっていた。

 ガイダンスを受ける場所は、学部学科ごとに異なっている。キャンパスは学部ごとに棟が分かれており、それぞれの学部学科がどの棟に当たるのかを示す『A』『B』といったアルファベットの張り紙が、でかでかと校舎に貼られていた。

 だが、このアルファベットがどの学部学科に割り当てられているのか、新入生である俺たちにはすぐに判別ができない。

 昨日入学式の受付でもらった『新入生の一週間』と書かれているプリントを片手に、どのアルファベットが自分の学科なのかを見比べながら、おっかなびっくりで新入生たちは自分の行くべき棟を探している。

 しかし、俺たち新入生は立ち止まってどの棟が自分の目的地なのかをゆっくり調べる余裕はない。

 その理由は――

「新入生歓迎会やってまーす!」

「お、君ガタイいいね! アメフト部に入らないかい?」

「いやいやうちのラグビー部に!」

「おいコラ! 横取りするんじゃねぇ!」

「ナンだとこの野郎!」

「そこ! 大学の規約に従って勧誘活動をしてください!」

 部活・サークルの勧誘だ。

 新入生がキャンパス登校初日ということで、学内は朝から壮絶な勧誘合戦が繰り広げられている。棟の中に入る頃には、両手では抱えきれないほどの勧誘のビラを受け取っており、カバンの中にも問答無用でビラを突っ込まれていた。

 ……ねーちゃんから聞いていたが、すげーなこれ。

 教室に入ると、黒板に『工学部・情報工学科』の文字が見えた。ここが、俺がガイダンスを受ける教室で間違いなさそうだ。

 席順は決められているのかと思ったが特にそういうことはなく、長机が並べられた教室の、真ん中より後ろ側を中心にはまばらに学生が座っていた。

 ……とりあえず、前の方に座っておこう。

 前から三列目の席。もう一番前の席と言ってもいい場所の、ちょうど机の真ん中に、一人で座っている学生がいた。その子は何やら、手元で作業をしている。

 一番前に座るのも気が引けたため、俺もあの列に座ることにした。

 席に座ろうと歩き出す直前、その先客が黒髪のショートカット女の子であることに、俺は遅まきながらも気づいた。

 一瞬、俺の歩みが止まる。

 ……いや、ここでビビるな俺! 俺は何のためにこの大学に来た? 女の子との出会いを求めてだろ? だったらここは逃げちゃダメだろうがっ!

 俺は自分自身を雑巾の繊維が切れるぐらいに絞って、ようやく存在が確認された一滴の勇気を搾り出し、その女の子が座っている席までたどり着くことが出来た。

 心の中でガッツポーズを決めた俺は、

「……」

「……」

 女の子から席を一つ空けて、無言で座った。

 ……って、どんだけチキンなんだよ俺は! 行けよ! ここまで来たら声をかけろよっ!

 自分のチキンハートにツッコミを入れつつも、

『いや、無言で座った後に声かけるとかやっぱりおかしいよな? ここは素直に無言を貫き通した方がいいんじゃないか?』

 と無駄に余計なことを考えてしまい、結局無言。

 硬直しながら、

『つーかこの子もこの子だよ。新入生だよ? 初対面だよ? ほぼ隣に誰か座ったら、礼儀として挨拶ぐらい自分の方からするのが当たり前だろ!』

 とか、何故か俺は心の中で逆ギレをしている。

 ……って、だからこれじゃダメなんだって! 勇気出して! もう一度! 自分引きちぎれるぐらい絞って、勇気出すんだよ俺! 上半身と下半身捻り切れよっ!

 その結果として、俺は――

「……は、はじめまして」

 どうにか隣の、一席空いているがもう隣って言っていいだろう、女の子に向かって挨拶をすることが出来た。

 俺が話しかけた彼女は、ピンクのフレームメガネをかけていた。服は体のメリハリを際立たせるような黒を基調としたセーターに、ジーンズ姿で椅子に腰掛けている。

 ……メガネ美少女、だと!

 意図せず美少女と遭遇してテンパりながらも、俺は何かしらリアクションがあるだろうとドキドキしながら身構えていた。のだが、女の子からの返答は全くない。

 ……というか、これは完全に無視されてるよね?

「……」

「……あ、あの」

 諦めずにリトライするも同じく無反応。即撃沈でゲームオーバーだ。彼女は自分の手元から全く視線を外そうとせず、だるそうな顔をして作業を継続し続けてた。

 ……そういえば、俺が話しかけたときから何かやってるな。一体何をやっているんだ?

 目の前の女の子以外全く視界に入っていなかった俺は、彼女の視線の先に何があるのかここで初めて確認する。ノートPCだった。

 俺が進学する情報工学科は、一年から授業でプログラミングの演習があるため、大学側からノートPCの購入を義務付けられていた。大学公認のノートPCを購入するようにと、合格通知と一緒に通達が来ていたのだが、学生の中には既にノートPCを所持していて『新しく買うのがもったいない!』という人もいる。

 そうした学生は、自分のノートPCを大学に申請すれば、そのPCで演習に参加することが出来るようになっていた。

 ただし、大学側が指定したOSであるLin○xとWind○wsをノートPCにインストールしていることが、絶対条件となっている。

 俺も、自分のノートPCを大学進学前に購入済だった。我が家の大蔵省である母さんとの値段交渉の末、どうにか大学推奨のノートPCよりも、スペックのいいノートPCを新しく買ってもらったのだ。

 隣の席の彼女も、俺と同じように自分のノートPCを大学に持ち込んでいるようだ。あのノートPCは、

「MacB○○k?」

 あの薄さ、銀色のフォルムとキー配置に画面に表示されている独特のアイコン。

 間違いない。見間違えるはずがない。何故なら俺も、購入するノートPC候補の一つとしてリストアップしていたからだ。大蔵省の許しが出ず、結局買えなかったけどね!

 羨望の眼差しをMacB○○kに向けていると、その持ち主が俺の方を向いた。

 ……やっべ、流石に遠慮がなさ過ぎたか?

「……」

「あの……」

「はい、それでは席についてください」

 俺が話しかけようとしたタイミングで、教室に教員が入ってきた。

 結局俺は、彼女とまともに会話することが出来なかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る