大学入学初日 入学式
壇上の左右両側に設置されているスピーカーから流れていた、ゆったりとした音楽が止まった。入学式が始まるのだ。
俺は今、大学の入学式会場である市民ホールにいる。
俺たち新入生が座る席は、壇上に向かって列ごとに学部学科と区切られて配置されている。一学科だけでも七列ほどパイプイスが並べられているため、受付で席は詰めて座れるように言われていた。その指示に従った結果、俺は自分の学科の通路側の席に座っている。
俺が会場に入った時は初対面の人たちとすし詰めにされるのを嫌がってか、受付の指示に従わずに他人との距離を空け、ぽつぽつと空席が見られた。だが、今はほぼ満席となっている。
『これより、入学式を開催いたします』
スピーカーから、入学式の始まりを告げるアナウンスが流れた。それが合図だったとでも言うかのように、吹奏楽部の演奏が開始される。
吹奏楽部の演奏以外にも、会場に変化が見られた。会場の左側から、集団が入ってきたのだ。
先頭を歩いているのは、恐らく学長だろう。その後をぞろぞろと列を作って人が歩いてくる。ねーちゃんから聞いていたが、列を成しているのは大学で授業を教えてくれる先生たちらしい。
その先生方だが、普段なかなか見ないような格好をしている。ガウン、アカデミックドレスを着ているのだ。映画で見かけるアメリカの卒業式の風景を思い浮かべて欲しい。長方形が張り付いたような帽子をかぶって黒いガウンを羽織っている、あの格好だ。
その中に数人、スーツを着ている人たちがいる。彼らは学外からの来賓者たちだろ。
新入生がほとんどスーツを着ていることを考えると、スーツ姿のほうが会場全体で多数派なのだが、あの列の中ではガウンのインパクトが強く、スーツ姿の方が少数派に見えてしまう。
だが、その中で更に少数派に属する格好をした人たちがいる。神父だ。
俺の進学する大学はカトリック系の大学なので、海外から来ている教授の中には神父の資格を持っている人もいる。神父と言うと、黒の修道服をイメージする人がいるかもしれない。
しかし、会場にいる神父は違う。色は白だ。ローマ法王が着ているような、真っ白な服だ。一番目立つ人は学長で、斜めにたすきの様なものをかけている。柄は黄色、赤色の順のレジメンタル・ストライプ。更にふちは金色で、それが白の神父服だと余計に目立っていた。
新入生たちは、吹奏学部の生演奏と入学式の緊張感に圧倒されているのか、厳かな雰囲気で壇上に上がっていく神父たちを見つめている。
学長が聖書の一説を読み上げ始めた。式はつつがなく進行していく。
首周りが少し窮屈に感じ始めたので俺はネクタイを緩め、パイプイスの下に置いてあるパンフレットに意識を向けた。これは会場に入る際に受付でもらった、俺が彼女を作る上で必要不可欠なアイテムなのだ。
俺は、パンフレットの内容を思い浮かべた。そのパンフレットの表紙はいくつかの写真で構成されている。
ある写真には、アメフトのボールを持った厳つい体格をした選手が激走している姿が。
ある写真には、楽しそうにテニスでラリーをしている女性の姿が。
ある写真には、ホワイトボードの前で真剣に環境問題の議論をしている男女の姿が。
そして、そのパンフレットの表紙にはこう書かれていた。『部活・サークル紹介』っと!
彼女を作るために、最も必要なものは『出会い』だ!
携帯のアドレス帳に登録されているのが男の名前だらけの状態で、そんなに簡単に彼女ができるか? 男だらけの環境で、ちょっとしたハプニングからワキャキャウフフな物語が始まるか?
絶対始まらねーだろ! あってもホモ展開だけだろっ!
だから彼女を作るために、まず環境を変えるのだ。女性と接する機会が多い方が、彼女が出来る確率が高くなるに決まっている。だからまず環境を変え、女性と接する機会、『出会い』を増やさねばならんのだ!
大学にはいろんな出会いがある。まず集まる人が高校とは違う。何が違うって、高校とは違い日本全国から学生が集まってくるのだ。いや留学生のことを考えると、出会いのチャンスは日本を超えてワールドワイド! スケールが違う!
では、その大学生活で出会いのチャンスを掴むには、どうすればいいのか?
いやもうね。大学生と言ったら、サークルでしょう!
「はいっ!」
アホなことを考えていた俺の意識が、現実に引き戻される。式は新入生総代の挨拶まで進行し、呼ばれた総代がそれに応じたのだ。
応じた声は力強く、自分はここに居るという意志をはっきりと感じることが出来た。
女の子の声だ。同じ新入生、しかも女の子ということで興味が沸いた俺は総代の姿を探す。
……どんな人だろう?
そう思った俺の疑問は、すぐ解消された。通路側に座っていた俺のすぐそばを、彼女が通り過ぎたからだ。
ぴんと伸ばした背筋。これから自分が向かう先をしっかりと見つめるその横顔は、これから戦地に赴く戦乙女のように凛々しく、おろしたてのスーツは彼女を守る鉄壁の鎧のように見えた。腰まで伸ばした栗色の髪が歩みを進める度に、サラサラと揺れる。
「……綺麗だ」
思わず、俺はつぶやいた。本当に同い年なのか?
って、こんなに近くを通ってるんなら聞こえちまうだろ!
冷や汗をかきながら、俺は彼女の顔をうかがう。だが、彼女はこちらに振り向きもせずに通り過ぎていく。
聞こえなかったのか? と思ったが、俺は彼女の手が震えていることに気がついた。
そうか。緊張してそれどころじゃないのか。聞こえなかったのではなく、周りの声を聞く余裕がないのだ。
俺は、あの戦乙女に親近感を覚えた。あの子もやっぱり、俺と同い年の、一人の女の子なのだ。
彼女が壇上に上り、今日大学生となれた喜びを伝える定型文を、危なげなく読み上げ始める。来賓のお歴々が満足そうにその様子を見つめる中、たった一人で戦う彼女に、俺はエールを送り続けた。
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