第62話 マイルドヤンキー

機が熟したと誰かが判断した。そして、機が熟したからには、職業的に、本能的に絶妙な仕掛けを打ってしまうのが彼らだった。


暴力団などでは無いが、暴走族がそのまま大人になって、まだ子供っぽいガキ大将のままでいるような集団があった。昔は、チームとか言われ、チーマーとか言われていたようなたぐいだ。今はマイルドヤンキーとか、そういう言葉で表されるらしい。


かつては、コンビニの前にたむろしていた少年たちは、いい年になると、バーやスナックに溜まったりして、同じような事を繰り返してた。かつてほど喧嘩っ早くは無いものの、残酷性やいかがわしさが無くなったわけじゃなくて、むしろ増えていた。ただ、昔よりは損得勘定ができる人間も増えており、向こう見ずに喧嘩するわけじゃ無くなったというだけで、基本的には誰かをリンチしたり、レイプしたりできないかと常にアンテナは貼っている連中だ。


一番筋の悪い奴らのたまり場である、『さくらんぼーい♡』というスナックに、2人の若いカップルがカウンターを陣取った。カウンターは通常、彼らのボスである通称「たー坊」専用の席で、他のものは脇のテーブルを使うしきたりがあったにも関わらず、何も知らない2人はカウンターで、眞露ジンロのレモン割りを注文した。


「おい、お姉ちゃん?そいつ誰だよ?なに勝手に注文してんだ?ジンロって、お前らもしかして、北朝鮮人じゃないだろうな?それにしても、姉ちゃんこの辺で見ないがいい女だなぁ。そいつなんか放っておいてこっち来いよ。」


ゲラゲラ笑いながらも、目が座った危なそうな連中達が酔に任せて喚いた。


「ああ、そうだ。俺は北朝鮮人だ。何か文句あるのか?」

男のほうが淡々と言った。妙にこなれた挑発的発言と、日本人では無い発音が、さらに火に油を注いだ。


何も言わずに、男がビンを机に叩きつけて割った。割れて突き出たガラスがむき出しになったビンを掴んで、何も言わず、男が手を置いていたカウンターに向かって突き刺した。


男は、手をヒラッと紙一重で避けて、何も無かったようにジンロを口に含む。


「そんな漫画みたいな攻撃はやめておけ」

男は淡々と言った。


「んだとー!」


全員で襲いかかるも、敵が悪い。子供の頃から、特殊訓練を受けて続けてきた、人を殺す事が専門のホウが最も得意なのは、こういう、雑多な街中での闘いだ。


専門家が丁寧に仕事をする如く、一撃一撃を大切に、正確に決めて、最も最短で全員のみぞおちに拳を埋めた。誰もが傷一つできなかったし、後遺症も無いだろう。ただ、今は悶絶する苦しみの中にいる。


そして、2人は、2杯分のドリンク代を払い、


「お見舞い代」


と言って、1万円札をカウンターに置いて、去ったのだった。


ホウは、わざとらしく言い残した。


春姫チュニ日本は危ない所だ。街から帰る時は、バスかタクシーを使って帰るんだぞ」




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