第61話 不気味な北朝鮮人

SNS、匿名掲示板などを通じて、北朝鮮の難民は、工作員で拉致をしている、という話題が、都市伝説の域を超えて急速に拡散していた。


難民キャンプがある、高知だけでなく、四国全域でまことしやかに、北朝鮮人に気をつけろという話が囁かれた。


元々住んでいる在日韓国人が難民と間違われて、飲食店を追い出されて騒動になったり、学校では転校生に対して、「実はオヤジは工作員だ」等といって虐めるイジメが流行った。


右よりの識者は公然と、「全員を即刻国外退去させよ!」と声を上げた。


事件は簡単に始まった。


売れないまんが喫茶になぜか北朝鮮人が大勢押しかけていた。客も元々少ない為、ほぼ貸し切り状態で、100人ほどが占拠する形となった所で、通報を受け、警察が入った。


通報の内容は、「北朝鮮人がテロを計画している」というものであった。


実際、彼らが熱心に読んでいた漫画は、原子力潜水艦の軍事力を背景にしたクーデターものの名作『暗黙の艦隊』、日本に革命を起こそうと企てる若者の熱き物語である『サンクチュアル』、など、テロリストが好みそうと言えなくもないものだった。


また、ネットのログを見ると、武器の製造法や、四国の地理、拉致問題など、物々しいものが多い。


彼らは警察が来ても、脇目もふらず、何やら必死に情報を採ろうとしているように見えた。


「これは、ヤバイ。取り敢えずこいつらはヤバ過ぎる。我々警察にも臆する事無く、貪欲に日本の情報を貪っている」


木苺きいちご巡査部長は、昨今巷で噂される、北朝鮮人についてのイメージと合致し、引き連れてきた巡査の顔色を見た。


皆、黙って頷く。


その時、


「バンバンバンッ」と炸裂音が響いた。


「何だ!誰だ!!」木苺きいちご巡査部長が怒鳴った。


「お前たち!何を企んどる!!全員手を上げろ!」


しかし、皆、一瞬木苺きいちご巡査部長をチラッと見て、またそれぞれ作業に打ち込んだり、漫画を貪欲に読み続けた。


「お前ら!手を上げろと言っておるだろ!」


今度は、明らかに銃声が響いた。


「ホールドアップ!!!」


木苺きいちご巡査部長は、血管が切れそうなほど顔を真赤にし、全員に怒鳴った。皆、シラーとしている。


思わず、木苺きいちご巡査部長は、鉄砲を抜き、天井に空砲を撃った。


「こっちを見ろ!」


その時、少年が1人、てくてくと歩いて木苺きいちご巡査部長の前に来た。


「なんだ!!お前は!!動くなと言っとるだろ!!これ以上近づくと、打つぞ!」


「ねぇ、お巡りさん。みんな漫画喫茶で漫画読んだり、ネット見たりしてるだけだよ。何か問題あるの?」


「・・・・・・・お前!北朝鮮人か!!!」


「いや、僕は土佐中2年A組の岡林だよ。」


「嘘つけ!何が岡林だ!お前らの事だから、さては、高知に岡林という苗字が多い事を調べておるな?」


「もういいよ。じゃあ僕は帰るから、ここ通して下さい」


「何だと~?お前ら全員、これから署に来てもらう」


そして、警察が連行しようとした時、事件は起こる。今まで大人しくしていた北朝鮮人達が、ヘラヘラしながら、言うことを聞かないのだ。


攻撃はしてこないものの、明らかに反抗的な態度で、全く従わない。狭いまんが喫茶に袋詰のように密集する北朝鮮人達。それだけ見ると確かに異様な雰囲気が漂う。そこに警察が入り、さらに状況はいささかドラマチックだ。次第に押し合いへし合いになり、ついに警察の一人が北朝鮮人を殴った。


こういう、しょうもないやり取りがそこら中で不思議と頻発していた。特徴は、北朝鮮人は特に法に触れる悪いことをやっている訳ではないが、日本人側が不気味に思って過剰反応し、なぜか警察がやってきて、事態がより深刻になり、大勢の北朝鮮人が留置署に放り込まれるという事態だ。


結局は、何も悪いことをやっていたわけでないから開放されるが、ギスギスしたものが大きく残る。そして、益々、不気味な北朝鮮人というレッテルが四国に蔓延していったのであった。


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