第60話 宴

北朝鮮から来た人々は、シリア人のような陽気さは無いものの、決して暗くはなく、むしろ、ほんわかとした雰囲気に包まれていて、次郎もすぐに北朝鮮人が好きになった。


大体、お婆さんとお爺さん、息子、孫、というような世帯だった。


飢餓に苦しむ庶民というイメージが特に北朝鮮の老人に対してはあったのだが、身なりも貧しいながら清潔で、シャンとしていて、むしろ、次郎のほうがだらしないぐらいだ。


シリア人とはまた違うたくましさで、こちらも段々と、朝鮮村的な街並みが形成されていた。


「やっぱ、どこでもキムチとか作るんだな。インド人がカレー食べるようなものか」

次郎は感心しながら、お婆さんがたらいで大量にキムチを作っている光景を目にした。


「いや、我々も祖国で長い間、ちゃんとしたキムチなんか食べられませんでしたよ。

子供たちなんか、昔の本当のキムチの味なんか皆知らない。何しろ、いい白菜も唐辛子もにんにくも手にはいらないからね。実は、日本に来て、楽しみだったのは、かあちゃんに昔の味のキムチを作ってもらう事だったんです」嬉しそうに、鼻毛が伸び放題でステテコとランニングの波平のような髪型のオッサンが話しかけてきた。


隣では、なにやらオバサンが粉をすり鉢で挽いている。

「あ、これですか?どんぐりの粉です。北朝鮮の伝統的な料理に使うんですが、私も実際どんぐりの粉って始めて見たんですよ。あっちにあるのは、全部偽物で。鶴橋にある素材屋にインターネットで注文してみたんですよ。こんな所まで2日で届けてくれて、聞いてちゃいたけど、やっぱり日本は凄いです。いや、北朝鮮がひどかったのかな?」


どうやら、思った以上に早いスピードで適応していっている。完全に隔離社会に断絶していた国民と思っていたが、人間の頭脳は底知れない。ものの1ヶ月もあれば、本人の好奇心次第ですぐにキャッチアップしてしまうのだ。


どこかにいなくなっていたと思っていた孔雪梅だったが、一通りキャンプを半日かけて回り切った頃、8トントラックを何台か引き連れて次郎の目の前に停めた。


「皆さん!差し入れでーす!骨付きカルビ20000人前持ってきましたよー。あ、もう一台来たトラックは、お酒でーす。今日は皆でバーベキューで呑んで食べて栄養沢山つけてくださいね~」


確かに、難民の数を考えると、中途半端に持ってきても仕方ない。

が、大したもんだなぁ、どういう発想でそうなるんだろうか?でも、大勢を相手に心を掴むのなら、まずは胃袋というのは、正しい気がする。飢えが当たり前の人達にとっては特に、上手いものを腹いっぱい食いたいし、家族が食っている顔を見たいというのは万国共通だ。皆、ストレートに喜びを表していて、なんだかこっちのほうが嬉しくなる。


次郎は、その豪快さに苦笑しながら、結局遅くまで北朝鮮人とのバーベキューを楽しみ、しこたま飲まされ、シャイな彼らの心との距離をちょっとだけ縮めることに成功した。


これから、彼らもまだまだ、安泰ではいられない、苦楽を共にする仲間になるのだが、今日だけはその山積する課題を忘れて潰れるまで飲んだ。




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