第36話 高知県知事

確かに、高知県知事にあっさりとなってしまった。香森が高知県面田会婦人部を率いて、大活躍をした事が主な要因であるが、現職の田貫たぬきが謎の失踪を遂げたのもまた大きな要因であろう。もちろん、謎の失踪というのは、狸穴まみあなが喰ってしまったわけなのだが。


狸穴は、元々田貫を恨んでいた。知事と村長では、もちろん知事のほうがずっと偉い事になっているが、生まれた時から村長が約束されていた狸穴と違い、田貫は貧乏苦学生上がりで、いっちょ前に東京の遅稲田おそだ大学出身の弁護士だ。一方狸穴は高卒だった。そういう所から気に食わなかったのだった。その恨みが、人とは呼べなく無くなりつつある今となっても、しっかりと残っているのは不思議なものだ。


狸穴は、白水の指示を受け、県庁に行った。白水はただ、県庁に行けと言っただけだったが、狸穴はやるべき事を理解した。田貫が昼休みは、知事室で1人競馬予想に熱中しながら弁当を掻きこむ事を覚えていた。昔はよく県庁にも行ったものだと懐かしさが湧き上がった。昼休みに、何のセキュリティも無い県庁に、とても人間には見えなくなった狸穴はつかつかと入り込み、知事室に入ると、昔から何も変わらず、田貫が競馬新聞に赤入れしていた。


ものの3分もかからず、田貫の肉は、地球から消えた。


狸穴は、また表玄関から堂々と出て、電車とバスを乗り継いで木津根村までたどり着いた。白水は、受験が終わって迎えに来た親のような感じで、バス停に車を停めて待っていた。


知事になってしまったので、狸御殿に済むわけにはいかなくなった。研究費は面田紋次から出しても会えるし、生活面は今まで狸御殿でしていたから、これもかからなかった。ただ、おそらくはかなりの大金を持っていたはずだ。一生、どう考えても使えんないぐらいには。


しかし、白水博士は世間的な贅沢など、まるで興味も関係も無い。狙ってやっているわけではないが、高知市の郊外に3万円のアパートを借りて、1台ポルシェを買った。ポルシェにしたのもカッコつけているなどという理由ではなく、ポルシェのエンジンについて興味を前々から持っていたので、これを機にと思ったまでだ。外観には何の興味も無いから、洗車もしない。すぐ薄汚れて汚らしい白水博士に馴染んだ車になった。


アパートでは、考えに考え、狸穴を連れていくことにした。狸穴は私設秘書という形にする。もう、顔が人間より狸に近いが、一応スーツを着て、メガネをかけて、2足歩行していれば、狸と言われる筋合いは無いだろう。


面田紋次からは、長宗我部帝国の事を聞かされていた。面田がワザワザ狸御殿に来て、そう言ったからには、冗談では無いんだろう。そして、知事として木津根村の村長である次郎の全面的な保護者となる一方で、四国統一論を全国区の話題にし、非公式な連合体を作ってしまえという事だった。


白水にとっては正直、全然惹きつけられる性質の仕事では無かった。だが、次郎の事を聞くに連れ、多少の興味を覚えた。犬神を宿すものか・・・・自分が研究してきたのは狸ばかりだったが、この世界にはあらゆる動物霊がおり、それらを材料に動物霊をコントロールするものがいる。白水が実際に目にして研究できたのは面田紋次や狸穴のような狸系ばかりだが、犬はどういう動きをするのだろうか。想像が膨らむ。


知事の仕事は、正直うまくできていない。県庁の連中は皆大嫌いだ。だが、これも長くは続かないと自分を慰め、狸穴には褒美の酒を与え、白水はPCに向かった。チャットアプリケーションには、孔雪梅から来たメッセージが溜まっていた。


面田紋次からは白水博士にある意味匹敵する知能を持っていて、次郎の補佐役をしていると紹介された。


紹介されたと言っても、こうやってチャットするぐらいのものだが、質問には何でも迅速で的確に応えるし、知識の幅も広い。このチャットでやり取りした事が、そのまま長宗我部国で実現していった事になるが、世界屈指の頭脳を持つ2人がシガラミも無く自由な発想で作った国が確かに制度疲労の末期にあえぐ日本を喰ってしまうのは、そんなに難しい事でも無かったのかもしれない。




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る