第35話 出馬

1人は無力であるが、世界を変えるのは常に1人の決断であり、行動であり、勇気なのだ。


30年前に面田紋次から受けた口説き文句を思い返した。


1人の力で無一文のチンピラから宗教団体を作り上げた面田紋次と、1人の力で面田紋次を日本最大の実力者として知られるまでに面田会を育て上げた白水。


俺は、また、何かを変える1人を生み出したのかもな。ただ、これが人間と言えるかどうかは分からんが


褒美の酒だけが楽しみになった狸穴は、もはや見た目も人間というよりは狸に近く、酒のなめ方1つをとってみても、獣そのものだった。


一度、女を与えてみた。40過ぎの世間では、オバちゃんと言われるのが似合うような、小太りの女だ。


大方予想はしていたが、朝には女はボロボロになって死んでいた。命じて、狸に食わせた。



もう、70歳近い狸穴だが、筋骨は隆々になっており、そんじょそこらの若者では手も足も出ないだろう。



面白い事に、白水の言う事は、徹底的に厳守した。そして、その他のものには基本的には、獰猛だった。


言葉をしゃべらないし、ただでさえ獰猛なので、知能が低く見えてしまうが、狸穴の知能は恐らく、仏骨ができる前と比べると、比較にならないほど高くなっていた。試しにPCを与えてみると、すぐに独習した。今までキーボードにも触ったことが無い典型的なデジタル音痴のジジイだったとは思えない。自分で検索して、どんどん独習していった。


今では、白水の命令の真意を驚くほどよく理解するから、白水としても、細かな指示をするよりも、大雑把な指示をして、狸穴の知能を観察していた。


狸穴の成長ぶりを見ると、吸収の良いスポンジのようで、最初はむしろ哀れみに近い気持ちで観察していたのが、なんとも言えない愛着が湧いてきていた。まるで親が子供を見るような気持ちで。


狸穴にしても、白水のその愛情のようなものを感じ取ったのか、白水を恐怖の対象でも、憎悪の対象でも無く、愛情の対象として崇拝するようになっていった。


白水は、ある日、木津根村の新村長として、今や全国区でも話題な次郎の事を知り、

そう言えば、狸穴は元々木津根村の村長だった事を思い出した。


狸穴が何十年も、1度も選挙をする事無くオヤジから引き継いだ村長の椅子で、何の疑問も無く何十年もあぐらをかいてきた時に、突然氷水のバケツを頭からかぶせるように登場してかっさらったもの。


試しに、狸穴とやりとりしているチャットツールに次郎の写真を送ってみた。


予想通り、狸穴は我を失った。


ある種の発狂状態になり、今まで見たことも無い巨大な狸でPCに攻撃をしかけるが、どれだけ強い妖気をPCにぶつけても、無機物に効果は無い。


その狂気を見た白水は、自分がいかに危ない人間を創りだしてしまっているのかと、今更ながら、一瞬、気が少し重くなった。しかし、直ぐ様、この怒りのエネルギーをどのように活かす事ができるかに想像をめぐらした。



穏やかな日常は、突然にして、変化した。


狸御殿に、10年ぶりに面田紋次がやって来たのだ。


「やあ。久し振りだね。白水君。ところで頼みがあるんだが、君、高知県知事になってくれ。ああ、いいよ選挙の面倒は全部この人が見てくれるから。君はここにいて、今までどおりやってくれればいい」


面田のとなりにいた50代前半ぐらいの女性には見覚えがあった。面田会の婦人部部長の香森こうもりだ。


「香森でございます!白水博士!お会い出来まして大変光栄でございます!」

元気の良さと、上品すぎない庶民派ぶりが受けているのだろうか?なぜこんなオバハンがそんなに選挙上手なのか、白水には分からなかったが、軽く会釈だけしておいた。


面田会の事実上の政党、金平党こんぺいとうの選挙の際では、香森のさじ加減1つで選挙が決まってしまうというほどで、金平党の三役も何おいても、まず最初に挨拶する相手は、香森というぐらいに、政治に強いオバサンだった。


婦人部の絨毯爆撃じゅうたんばくげき的な電話でのお願いとドブ板人員配置、ノルマ管理は、全ての政党の中でも最も実効性があると言われており、その経済効果は計り知れないと言われている。


確かに、香森がバックにいれば、知事ぐらいは簡単になれると思うが、どういうつもりなんだろうか・・・?







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