第31話 面田紋次
ある日、白水博士はぶらりと面田会の本部に現れ、入会した。
面田会としても白水博士の入会は願ったりだった。とにかく、才能のある人間を集め、社会的地位を上げることに躍起になっていた頃だったし、白水博士の専門である、オカルト方面も宗教団体として活用の余地が大きいと見た。
白水博士は入会するや、異例のスピードで出世していき、面田紋次に接見できる機会は早々にやって来た。
「君が白水君か、話は聞いとるよ。君が天才少年としてテレビに出ていた時から知っていたよ。まさかこんな形で出会うことになるとはねぇ」
面田紋次は気さくに言った。
「それは、光栄でございます。会長。単刀直入に申し上げますと、私は人間の潜在能力を長く研究してきたのでありますが、どうやら会長は、その潜在能力をお持ちなようで、それをぜひ、私に研究させていただきたいのです。」
「おお、これは科学者らしく確かに誠に単刀直入だねえ。喉元に刀を突きつけられた気分だよ。まぁいい。君は面田会にとって、無くてはならない存在になるだろうからね。これからも面田会に協力してくれるのならば、特別に見せてやろうじゃないか。」
面田紋次は、奇妙な念仏というのか、勤行というのか、怪しげな呪文を唱えだした。
「おお、それは、空海が持ち帰ったと言われるミャンマー由来の秘儀・・・」
しばらくすると、面田紋次の口がぼんやり開き、鼻水とヨダレと一緒に、鼻と口の中からとろけるような流動体が流れ出てきた。
流動体は段々と形になっていき、なんと狸となった。狸と言っても、蕎麦屋の軒先に置いてあるような、あの腹と金玉が大きな狸である。
「見えるかね。普段は、見えないようにしているんだが、今日は特別に誰にでも見えるよう、姿を具現化した。見ての通り狸だ。狸の霊を私は腹の中で飼っている」
「これだ。密教の奥義とも言われ、式神として、陰陽道の秘儀とも言われ、あるいは邪教の極意だとも言われた文献もある。通常は、下級霊としてどこにでも浮遊する動物霊を洗練させ、強化し、自在に操る技法・・・やはり、あなたは使い手だったのか。それも狸の使い手・・」
「ああ、そうだ。この狸一匹を手に入れて、私はたった一人で、無一文からここまで来たとも言える。だから私はこれだけの組織を作ってきたにも関わらず、君のような1人の天才を
狸は、そのまま、白水に迫ったかと思うと、横笛を取り出して、ぴーひょろと吹き出した。妙な音楽で、白水は胸が踊るとはこういう事かという風に高揚してくる。走り出したくなる衝動を抑えきるのが辛い。
「フォッフォッフォ。なんか、興奮しとるな。白水君。どうしたどうした」
「これが、面田会長のの力ですか・・・」
「いや、まだまだ。こんなものじゃない」
狸の形相を見ると、今まで可愛い顔をしていたはずが、モチーフは狸としても、見るも恐ろしい化物になっている。いつの間にかドラを取り出していて、ドーン、ドーンと、重苦しい単調なリズムを打つ。白水の気持ちは、簡単に切り替わり、重く、暗く、深海に落ちていくような不安に包まれた。
「つまり、会長は人の感情を直接操作する事がでいると・・・」
「フォッフォッフォ。さすが鋭いな。だが、鋭い君も、こいつにかかっては、今度は随分と苦しそうで、暗いもの言いだな。どれ」面田紋次は、また瞑想するような感じで、一瞬目を閉じた。
狸を見ると、今度は、琵琶を弾いている。妙に哀愁漂う曲だ。聞いたこともないが惹き込まれる。
白水は、昔の事を次々と思い出し、懐かしい感情が湧いてきた。明らかに操作されていると頭では理解しているも、気づくと涙が止まらない。
「うんうん。君ほどの天才でも、感情においては、ごくごく平凡な人間だという事が分かり、更に好感を持ったよ。」面田紋次は満足そうに笑う。
いつの間にか狸は、唄を歌い出した。なんだこの幸福感に包まれる素晴らしい音楽は。
「君が察するとおり、今度は人間の幸福感を刺激している。人間なんて、何かがあれば幸福になるわけじゃなくて、幸福を感じる感情が動いたら、幸福になるだけって事だよ。白水君。君のような卓越した人間さえ、そのルールからは逃げられない」
狸は唄を止め、段々と液体化し、ドロドロしながら、面田紋次の鼻の中に吸い込まれるように入っていった。
「本来は、一般人にこの狸の姿は見えないんじゃ。だから、人は自分が操作されて、感情に変化があったとは感じず、目の前に起きた事によって自分の感情が動いたと錯覚すると言うわけだ」
「この力を使って、面田会をここまでの大組織にしたという事なんですか?」
「そう思うだろ?意外とそうでも無いんだよ。もちろん散々利用はさせてもらったけどね。この力でコントロールできる人間と、あまりコントロールできない人間というのがいるんだよ。分かるかい?」
「・・・・自信に満ち溢れた才能のある人間ほど効きやすく、平凡な人間ほど、効きにくい・・・という事じゃないですか?」
「その通り!さすがだよ!自らの才能で人生を切り開いてきたような人間特有の
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