第28話 3人の生活
岬の家での3人ぐらしは奇妙なバランスを保ちつつ、何とか楽しく続いていた。
一応、おしどり夫婦という事になっている事もあるし、実際次郎は孔雪梅のような可愛い子と話した事も無い訳で、その幸運を噛みしめる事もあった。
だが、鳥居さん惨殺事件に対してのあまりにも事務的な受けとめ方や、日々、頭が良すぎて、性格も愛嬌も最高なのに、その同じ人物の中に見せる、機械的冷徹さにギョッとさせられる事もしばしばだ。
お互いに決めたというよりは、全てさり気なく孔雪梅はプライベートの仕切りも決めていた。寝室が一緒なのかという期待はあっさり裏切られ、ダブルベッドは次郎一人で使い、孔雪梅は自分専用の奇怪な酸素ボックスのようなカプセルで寝る。中々突っ込みにくいなと思っていたが、いつの間にかそういう区分けが自然となってしまった。
長宗我部さんは、ホームレス経験が長い事もあり、ベッドは落ち着かないのか、電気をつけっぱなしでリビングで寝る。最初は、次郎は嫌々自分のベッドを譲ろうと提案したが、このほうが落ち着くとの事で、それっきり聞いていない。まぁ、防犯にもなるし、いいかと思って触れないでいた。
長宗我部さんは特に何をするでもなく、一日中家からは出ない。そういう契約がもしかしたら、龍とされているんじゃないかと疑うほど、ずっと部屋にいる。そして何をするわけでもなく、いつもゴロゴロして尻を掻いている。
「いや、私はこれでも、有り難いんですよ。次郎さん」
これが口ぐせだ。
次郎が、村役場から帰ると、よく3人でウノをした。ウノがなぜか置いてあった事もあるが、世代を超えて適度に盛り上がれるものとなると、こういうものが役に立つ。
罰ゲームが決行シビアだったりして、ウノをするのが楽しみで帰っている自分に驚くこともあった。何しろ、素性の分からない女の子とオッサンと生活して、ご飯食べてウノをするのだ。ほぼ每日・・・。
ある日驚いたのは、洗濯かなんかは、いつも面倒見の良い孔雪梅がやっておいてくれると思っていたんだが、たまたま昼に家に帰ると、長宗我部さんが、正座して洗濯物にアイロンをかけて畳んでいる。数秒気まずい空気がお互いに流れたが、長宗我部さんは悲しそうに笑顔を浮かべてまた黙って次郎のパンツを畳みはじめた。カゴの中には孔雪梅のブラとパンティらしきものもある。こういう何気ない所に、孔雪梅の冷徹さをリアルに感じてしまう。背中に
「いや、いいんですよ。何もしてないで
孔雪梅は、兼用の書斎に篭もり、一人パソコン仕事をしているようだ。何を企んで、何をカタカタやっているのだろうか?龍に俺の生体データを送ってたりしてるのだろうか?それとも次のミッションをまとめ上げているのだろうか?
「長宗我部さんは、孔雪梅や龍さんの事をどう思っているんですか?」
「いや、私は何も考えていませんよ。生まれつき、何も考えず、子供の頃からずっとこんなんで来て、気づいたらこんな年でホームレスしていました。子供の頃から、良くない道を歩んだら、誰かが教えてくれるだろうと思っていたけど、人生ってそういうもんじゃないんだなあと、よく新宿で新米ホームレスとして苦労している時には考えていましたよ」
「そういうもんなんですかね。だとしたら、僕もこの先はホームレスかも・・」
「ええ、あなたは私と同じ臭いがするんです。多分私より早くホームレスになる運命だったかも知れません」
「えええっ!」
「いやね。次郎さんを見ていると、私の若い時そっくりで。でも、私の20代の時が今の次郎さんぐらいかな。へっへっへ」不気味に長宗我部さんは笑った。
「それって、長宗我部さんよりももっとダメじゃないですか〜」
「いや、私、恥ずかしながら、ホームレスになるような奴がダメな奴だとはどうしても思えんのです。むしろ、いい奴なんじゃないかって。」
「いやー、いい奴じゃなくていいから、僕はホームレスにはなりたくないですよー」
「まぁ、良かったじゃないですか。あなたはホームレスどころか村長ですよ。それも、今や、全国的に注目されつつある、起業家村長と言われています。人生のレールの行き先がカクンッと変わりましたよね。私は一度も変わらなかっただけで」長宗我部さんは優しく笑った。
起業家村長。最近、地方紙がまとめたWEBの記事が、全国的に知名度の高いジャーナリストの目に止まり、SNSで拡散されて、次郎はちょっとした全国デビューをしつつあった。限界集落と言われていた村の村長が産官一体プロジェクトを成功させつつあるという切り口は、いい話として色々な層に関心を持たれていた。
「私はね。もう死んだもんだと思っているぐらいなんでね。正直、今年の冬は乗りきれないと思ってましたよ。每日每日、寝るのが怖くてね。ホームレスは3日やったら辞められないとか言うでしょ。あれは昔の話ですよ。今なんか、どこ行っても何かしら強みを持っている奴しか居場所がない。寝る場所が本当に見つからなくて、夜通し歩いて凍死しないようにした日もありました。そんな身を拾ってもらったもんですから」
「じゃあ、殺せと言われたら殺しますか?」
「いや、自分が死ぬよりも嫌な事はさすがにしませんがね。でも、大体は死ぬと思えばできるもんですよ。ヒッヒッヒ」長宗我部さんは、悲しそうに笑った。
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