第27話 新農業

役所で働いた経験も、商売をした経験も無い次郎が、木津根村の村長として直ぐ様企業誘致に成功し、「新農業」というスローガンを元に始まった村のプロジェクトは異例の成功を見せつつあった。


新農業とは、農作物を作るのではなく、収穫したままの材料を仕入れて、それを選別する事で付加価値をつけるコンセプトだ。いつの間にか、株式会社 新農業という会社もできていた。


実際、会社には通常は資産も負債もあまりなく、売上を集め、従業員の給与を払っているだけに過ぎない箱のようなものであった。ただ、必要に応じて、荒波を通じて鳥居さんの個人資産から無尽蔵に資金が流れる仕掛けが組まれた会社である。


ただ、村の人にとっては、この会社の社員であるという事は全うな仕事をしている証明書であり、皆、社員である事に誇りを持ちだしていた。


最初は、こんなに農地が余っているのに、農地を使わず、原料を仕入れて頭がおかしいのではないかと散々色々な筋から叩かれたが、物事が強引に動き、確実に成果が見えていく中で、村全体に、かつて無い希望を生み出す言葉として定着しつつあった。


筋書きどおりに、荒波は良く働いた。何しろ、軽王幼稚舎から大学まで優等生かつラガーマンとしてヒーローであった荒波には、失敗や挫折という言葉が日本一似合わない男であった。自分の今まで築き上げてきた名声に傷がつく事は、彼の人生観としては、起こりえない事であった。


元々頭はいいし、体力もある。それにCMスポンサーとしては日本屈指の金を払うトリイサンの社長である為、マスコミに絶大な影響力を持つ。あれだけの事件が起きたにも関わらず、事件は極めてコンパクトに扱われ、ほぼもみ消したと言える手回しは機関投資家の間でもその危機管理能力は高い評価を得た。


木津根村に最初の加工場ができてから、1年が経つが、凄いペースで工場の生産区域が拡大している。工場内は、コーヒーブロックと蕎麦ブロックに分けられるが、最新鋭の技術が駆使された設備を贅沢に使い、最後は人の目と手で仕分けがされる。

蕎麦もコーヒーもA級、B級、C級とそれぞれ選別されて、トリイサンの影響力を最大限に使い、販売されて行った。


品質は非常に良く、販売先からは極めて評判が良いものを、リーズナブルな価格で供給する事に成功しているから売れるに決まっている。コストとしては、もともと奪い取ったようなものだが、鳥居さんの資金で設備投資をまかなっているし、トリイサンの信用力と営業ネットワークに便乗しているので営業投資のコスト対効果もイカサマ級に良い。プロジェクトの収入は増えるばかりであった。


また、このプロジェクトで最も注目が集まった理由は、他でもなく給与が高い事だった。正社員で雇用され、年齢や経歴は問われず、給与は公務員よりも高い。採用試験も無く、応募者は全員合格した。


なぜ、そんな高給が払えるのか、という事にいぶかしむ四国の経済人も増え、話題に昇り取材なども増えてきた。


なぜも何も、それが目的だから、というのが本当の答えだった。


出来る限り多くの人間に出来る限り高い給与を払いたい。次郎村長はそのように公言していたが、全く嘘も偽りも無いつもりなのに、この言い方は、何か裏があると勘ぐられた。


実際、次郎達にとってのこの株式会社新農業の主たる目的は村人集めだった。

次郎を信任してくれる人間を増やす事自体が目的だったと皆が気づくのは、もう少し先の話となった。


市街地調整区域の名のもとに、新しい住宅を作る事に長く制限がかけられていた木津根村も、大幅な規制緩和が認められ、荒れ地にはセンスの良い低層マンションが開発されつつあった。


田舎によく見るような、無味乾燥な団地のようなものでは無く、ウッドデッキのテラスにバーベキュースペースも備えている。高名なデンマークの建築家のコピーをしつづけている中国人設計士に依頼したものだ。コピーと言えども既に10年のコピー歴があり、プロの目で見ても分からない。田舎の住民にとっては設計士が誰だと興味を持つ人などおらず、広大な自然を背に作られたマンションは、建築雑誌の表紙を飾ってもおかしくない美しさであった。





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