第25話 本家での出来事

自家用ヘリで京都に飛び、鳥居さんふんする次郎は本家屋敷に到着した。既に一族のものが皆集まっていた。


次郎は、本家の主の貫禄を示しながら、大座敷の床の間の前に座った。

龍からは、特に何も台本をもらっていないだけに、どうすべきか、何も分からないが、今まで演じ続けてきた慣れもあって、落ち着いたものだ。


「会長に呼ばれて来たという男がおります。名前は犬神いぬがみと言うそうです。お通しされますか?」


「通せ」次郎はポツリと言った。

仕掛けてくるか・・。


犬神と名乗った龍は、男が見てもハッとするほど美しく着こなした礼服と身のこなしで、次郎よりも大分遠いところで、座して礼をした。


「そんなに遠慮しないで結構ですよ」次郎が言った。


「恐れ入ります。こちら、ご注文されていた品でございます。中身確かなものか、ご確認いただき、お納めくださいませ」


「ほう。届いたか。どれ」次郎は調子を合わせるが、内容は知らない。


不自然に、龍は、次郎が箱を手に取ろうとした時には、


「私はこれで」と辞して、駆けるようにその場を後にした。


なんだろうと思いながらも、次郎は箱を開けると、そこには日本刀が収められていた。日本刀にしてはさやの装飾が派手すぎるとは思ったが、作り物ではない本物の風格がそこにはあった。


次郎は取り出して、手にとった。鞘を思わず抜いた。


抜いた瞬間に、次郎の意識は沈んだ。沈んだと言っても眠りに落ちる一歩手前のような気持ち良い感覚。


その気持ちよさの中に、もう60を過ぎた鳥居さんの肉体が踊った。迷いのない最短距離で、刀を高速に操り、いるもの全てを滅多切りにする。次郎の中に、これまで感じた快感など、比べ物にならない電気的興奮が走る。


部屋には10人、1人も逃さぬ事をまず第一の優先事項に決めたかのように、出口から逃げようとするものを丁寧に切る。


「アチョ!アチょチョ!!」


思わず声を上げていた。


切っては、いくら急所であろうが、致命傷にはなりにくい。突かなければならない。

だが、逃げられないぐらいに倒す事ならできる。


あっという間に、大座敷は、10人の死にかけたもの達と1人の狂人による地獄と化した。


だが、鳥居さんは容赦無い。倒れる虫の息の1人1人に、丁寧にトドメの一突きを与えていった。


全員が死に絶えたところで、次郎の意識が正常に戻る。周りを見渡すと、男女10人が滅多切りで死んでいる。手には刀。


(俺がやったのか?確かに、切っている時の記憶があるし、俺意外にいない・・・いや、これは鳥居さんがやったんだ。俺じゃない。大丈夫だ。落ち着け・・・)


非通知で、電話がなる。


「はい。」次郎が出てみた。


「美しかったです。今回も執権次郎様は、完璧に自分の勤めを果たしました。さあ、そろそろ鳥居さんともお別れです。例の言葉で元に戻って下さい。それではまた会いましょう」


「お前が、こんな残酷な事を・・・」


「いや、執権次郎様。あなたの手で、あなたの判断でこれは決行されたのです。素晴らしい腕と判断力で・・・。私にはとてもできません。あなたはやはり、執権の器と技量を持った逸材でした。使いの者が来ますので、刀を渡しておいて下さい。警察に取られてもつまらないですから」


次郎は、電話を切り、惨殺現場を見渡した。


次郎は自分だけには分かっていた。


やってはいけない事をやりながら、やり終えた後も、今ある感情は恐怖でも、後悔でも、罪悪感でも無く、最高の達成感と似た感情である事を・・・


背の曲がった小男がひょこひょこどこからともなく現れた。

黒子くろこのような全身黑で、薄汚れた小手先のジャケットと黑のシャツに黒いジーンズ。逆に目立つ。刀が入っていた箱と鞘を集め、次郎に近づいてくる。


「ああ、これか。ほら」次郎は血のついた刀を渡した。


「ヘヘ!旦那様!」


男わざとらしく礼をして、去っていった。


ああいう、得体のしれない奴が龍の周りには沢山いるし、まだ俺も龍の素性は全く分からない。俺も気づいたら、あの背の曲がった小男と同じく、龍の元で、謎の人物として飼われてしまうんじゃないだろうか・・・・。


見納めというか、自分がやりのけた、この残虐極まる殺人現場をもう一度だけ見渡し、静かに目を閉じて念じた。


「我は人なり!!」


涙も嗚咽おえつも出ない、甲子園球児のような曇りなき澄み切った心におびえながら。

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