第16話 立会演説会

選挙前日、狸穴権助まみあなごんすけの主催で、立候補者による演説会が開かれる事になった。

明日の選挙会場となる公民館には、普段娯楽が乏しい木津根村きつねむらでの一大イベントとなった選挙に対する関心の高さが伺える。何しろ、村民にとって、皆初めてのイベントだ。


「本日は、狸穴権助まみあなごんすけ村長の為に、わざわざから応援演説に駆けつけてこられたお客様の登場です。皆様拍手でお迎えくださいませ」


「高知知事の田貫たぬきです。今回は、戦後初の村長選という事で、いかにこれまで狸穴村長が、木津根村きつねむらに尽くしてきたか、その集大成という思いでやってまいりました・・・」


高知知事の田貫たぬきは、いかに村の政治がよそ者、若者には馴染まないものか、30分、それだけに集中し、ネガティブキャンペーンを行った。周りの観客は、全員真剣そのものの表情で聞き入る。途中で「そうだ!」など、ドスの効いた応援が飛び交う。


恐らく、これはほぼ全員サクラだ。しかも村民だけじゃなくて村外からも応援を連れて来ている。


次に、狸穴まみあなが登壇した。実に、タヌキおやじ丸出しな、タヌキおやじぷりだ。腹が太鼓腹で、金玉袋がでかすぎる事をむしろひけらかすように、恥じらいも無く、一物が不自然に盛り上がっている。野球ボールが2個はいってそうな感じだ。


「えー、挨拶するまでもありません。皆さん、私にとって子供のようなもの。親には挨拶などいらないんです。さて、皆さん、この狸穴に投票しなかった人を私は徹底的に調べ、狸御殿たぬきごでんに行き、タヌキ様に報告します。以上です」


シーンと場が静まった。


(なんだ?おタヌキ様?おいおい、俺に入れなかった奴を徹底的に調べる?そんなの許されるのか??明らかにど真ん中の違法だろ!それ。なんでもありっつーこと?)


「それでは、次に新人候補の石ノ森次郎候補者です。」


「はじめまして。あれ?マイク音でませんよ。あー。あのーマイク交換してもらえませんかー」


係員のような人間は、うつむいて対応しようともしない。


ああ、そうか、これは全員、狸穴配下という事なのか。クソ。はじめから計画通りなさらし者ってわけか。


「私は、この度立候補させていただきましたー」


「なんだー?聞こえねーよー。やる気あんのかーにいちゃん?」


「よそもの帰れ−、よそもの帰れ−」「帰れ!帰れ!帰れ!」


(くー性格悪い連中めー。為す術ねーな。ここは一旦撤退するか)


その時、ヘリコプターの音が聞こえてきた。どうやらこの広場に着陸するようすだ。観客達がひしめくのをものともせず、どんどん地面に向かっていく。


どうやらテレビ局のヘリらしい。


「なんだね?これは?どういう事だ?聞いてないぞ!おい!どうなってるんだ!」


狸穴陣営が慌てる。


ヘリからはカメラとキャスターが現れ、突撃インタビューのように、狸穴に向かっていった。


「狸穴村長!この度の村長選について、一言お願いします!」


「なんだね君は?ん?全国放送で生放送?ああ、これはこれは、私は木津根村きつねむらの村長、狸穴です。木津根村が私の全てです。この村の為に全てを捧げてきましたし、これからも村民の生活が第一!生涯現役を全うするつもりです。」突然、わざとらしい作り笑顔で狸穴まみあなが答えた。


「ありがとうございました。それでは戦後初めての村長選のきっかけとなった初の対抗立候補者、石ノ森次郎さん。一言いただけますか?」


「私が村長になった暁には、まずは獣害じゅうがい被害、とくにたぬき一掃いっそうを第一の公約として、木津根村きつねむらの発展に全身全霊で挑みます!」


「それは良いところに目をつけました!最近四国では狸の害が深刻で、畑が荒らされるなどは可愛い物で、私腹を肥やす大狸おおだぬきが出没していると聞いています。あ、映像が来ています。ここで深刻な狸害たぬがいについてVTRを御覧ください」


キャスターとカメラはそこまで言うと、さっとヘリコプターに乗り込んだ。


「おい!何のVTRを流しているんだ??お前ら大体どこのテレビ局だ?ワシの許可も無く突然なんだ!」


キャスターは振り向きざまに答えた。


「あら?神聖な村長選挙の取材に、現職村長の許可が必要?日本ってそんな事がまかりとおる国でしたっけ?た・ぬ・き・ちゃ・ん?」


「おい!貴様、何がたぬきちゃんだ?お前ら聞いたか!あいつら捕まえろ!」


狸穴が叫んだ頃には、ヘリコプターはスムーズに離陸体制に入り、誰も近づけなくなった。


裏で1人だけ笑っているものがいた。


次郎だ。


(あいつ、変装も一流か・・。さすがに、初めての奴には気づかなかっただろうな。あんなジミヘンみたいなカツラと、ダテメガネ。とんでもない女の子と知り合っちゃったな。孔雪梅)






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