第15話 狐のじいさま

ドンドンドンとドアを叩く音がする。


「はい。どちら様ですか?」次郎はのぞき穴に目をやると、美香さんだった。鍵を開ける。


「あんた、狐なの?」


「へ?」


「怖がらなくていいのよ。私も狐だから。」


「ま、まあ。」


「何よ。あんた、言ってよ。そうだったの。このアパートの人は、狐も狸もいないはずなんだけど、実は私は隠れ狐なのよ。元々、この村は村全体が市街地調整区域でアパートなんか建てられなかったんだけどね。表向きの理由は、環境保護の為だけど、裏の理由は、外から狐が入ってくる事を恐れた村長の意向よ。このアパートの土地は元々大地主の豪邸が建ってたんだけど、色々と事件があって、不気味がって更地にしちゃったのよ。それで、親族がやり手の営業マンに丸め込まれてアパート建てたってわけね。」


「ああ、そうなんですか。確かに、どこに行ってもアパートのような集合住宅は見当たらないですもんね。」


「それよりあんた、村長に立候補したんだって?それであのポンポコ野郎達が嗅ぎつけて、圧力かけてきたってわけね。痛快よねー。私好きよ。そういう向こう見ずだけど筋通ってる若者。大体なに?このアパートに火をつけるだって?

頭に来るわね。だけど、あいつらならやりかねないわ。私も頭来た。あんたを応援するわ」


「ありがとうございます。美香さんが味方になってくれれば、心強いです」

次郎は、自分もこういう適当なおべんちゃらが使えるようになってきた事に驚きながらも話を合わせた。


「よし。まずは、大おじい様に会いに行くのがいいわ。さ、一緒に行きましょ」


半ば強引に、次郎は美香さんの車に乗せられた。しばらく山道を走ると、もう崖だ。その下には海が広がる。日本にこんな綺麗な海があるなんて知らなかった。なんか、南の島みたいだなぁ。四国ってのもいいところなもんだ。と次郎は思ったが、振り返ると、何でこんなに自分が最近前向きなのか、少し不気味になってきた。こんなに性格明るかったかな?俺?


「綺麗な景色でしょ。気に入ってるのよね。この道」


雄大できらびやかな景色が去り、段々山の中腹へと進んでいく。馬力の無い軽自動車だけに、スピードは中々でない。なんとか山道を登るのに精一杯だ。


「よし、着いた。大おじい様は、木津根村に住む、隠れ狐のリーダーと言うか、長老という感じね。大丈夫、気さくな方だから心配しないで」

美香さんは微笑みながら言った。怖そうな人だなと思っていたけど、孔雪梅の言ったとおり、味方になると優しい。


大おじい様のお屋敷は、山の中にぽっかり空いたような広場に建っていた。

大きな庭に、小さなメルヘンチックな小屋。お爺さんが1人、薪ストーブに火をくべている。


「お主が、今度、村長に立候補した若者か。ほう。中々の男前じゃな。まあ、こちらへ」


大おじい様と言うから、仙人みたいな感じか、威厳のある怖い爺さんという感じを想像していた次郎は出鼻をくじかれた。ネルシャツにチノパンというリラックスした格好だったが、清潔感がある。白髪ハゲ頭にヒゲは予想通りだが、よく手入れされたヒゲだ。


「ワシはね。ここで静かに余生を暮らしておるつまらんもんじゃが、若い人達が慕ってくるのでね。ありがたく、門戸を開いて時に狐の歴史を語ったりしておるんだよ。」

大おじい様は、大おじい様と言われるにはハツラツとした感じで言った。


「お主がどこまで知っているかは、分からないが。この村は何百年も前から四国では特殊な村だったのじゃ。狐派と狸派の闘いの末、弘法大師、つまり空海により政治的に四国を諦めた狐派だったのじゃが、この地域だけは独立して狐派が治める事が許されたのじゃ。それが、狸穴家によって狐は弾圧され、このように、皆狐の系列はひっそりと息を潜めて暮らしておる。とは言え、元はといえばこの村の住人の大半は狐じゃった。今でも過半数のルーツは狐だが、皆狸穴を恐れて、表面上は狸ヅラしてるのじゃ」


「私は、今度の村長選で、どうしても村長になりたいのです。ご協力いただけないでしょうか?」


「お前さんの目的次第では、協力もできるかもしれないが、何しろ狸穴は恐ろしい奴でな。やるからには相当の覚悟がいる事になるぞ。何しろ、狸穴家は、四国で唯一の狐の根拠地である、ここ木津根村の狐を押さえ込んでいるんじゃ。それだけでも四国全土の狸から尊敬されておる。狸穴と戦うという事は、四国全土の狸と戦うという事」


「大おじい様、私は難しい事は分かりませんが、鉄の橋が作られた1988年を境に四国は狐の時代が始まったのでは無かったのですか?木津根村どころか、四国が狐になるんです。私に協力いただけませんでしょうか?」


(何を俺は熱弁しているんだ?おかしいなぁ。どうしちゃったんだ?俺は?)


次郎は、こんな熱心に人に語った事が今までの人生で、一度も無かったんじゃないかと思い直し、ますます自分が分からなくなっていた。


「お主、木津根村の村長というのは布石・・狙うは四国ということか!!」


「まあ、そうと言えばそうですが」


大おじい様は、立ち上がり、独特の舞を踊った。脇を見ると、首尾よく美香さんが、ツツミを打っている。ダンスの一応専門家である次郎が見ても、相当に高度な日本舞だった。狐の妖術めいた、怪しげな踊りだ。じいさまが一瞬、稲荷神社にあるような狐に見えてきた。


「畏れ入った。嬉しくて舞などもよおして失礼した。お主こそワシがずっと探し求めていた英雄じゃ!ついに来た。空海の結界が解かれはや20年が経って、ようやく現れおったか!よし、いっちょワシも最後の人生人肌脱いだるぜよ!よし、今日は二人共、ここに泊まるがよい。何しろ丑の刻に火を放つとの事じゃからな。貴重品は持ってきておるな。これから決戦じゃわい。」








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