第10話 孔雪梅

眠りから次郎は覚めたが、しばらくは怖くて目が開けられなかった。取り敢えず、生きていた。だが、目を開けるとあのマッチョな胸毛野郎がいるのか?あるいは龍がまた謎めいて俺を追い詰めて来るのか。だが、妙に居心地がいい。羽毛布団なんだろうか?なにか音がする。トントントンと。包丁の音だ。ん?味噌汁の匂い??


恐る恐る、うす目を開けると、小さなアパートの一室、という感じだった。取ってつけたようなキッチンから・・間違いない。味噌汁の匂いだ。思えば3日間水滴しか飲んでいないし、あれからいきなり日本酒飲んで、ぶっ倒れたままだ。餓死寸前だ。


「あら!目が覚めたんですね!!良かった〜」

キッチンから、エプロン姿の女の子がニコニコして出てきた。


あかん。これはどういう事だ?もう何年も、こんな女の子から好意的な言葉かけられた事も無いし、大体誰なんだ?何なんだ?


「次郎様!覚えてらっしゃらないんですか?私のこと?えー!寂しいーー」


「あっ、君はあの新宿伊勢仁にいた子か・・。なんでここに?というかどこだここは?」


「私達の愛の巣でーす!」女の子は屈託の無い笑顔で言った。


愛の巣・・?なに?私達? 俺とこの子の??

いや、これはまだ悪夢の続きだ。落ち着け。罠意外何物でもない。


「さあ、朝ごはん作りましたよ。全部私の手作り!まず味噌汁飲んでみて!」


言われたままにごくっと味噌汁を飲む。


なんだこれは?旨すぎる。腹が減っているから旨いと感じる旨さを超えている。


「どうしたんですか?次郎様?具合悪いんですか?」


「いかん。旨すぎて涙溢れてきた」


「えーー!!嬉しーーー!!!」


「何なの?この味噌汁は?」


「宗田鰹の最高級のものを使った卸したての鰹節でさっとダシを取って作ったのよ!お味噌は御膳味噌!具はお味噌が美味しいから、四万十のりとお豆腐でシンプルに!!」


「お米も最高だね!」


「わかります??お水も最高!お米も最高!!こちらは四万十川の鮎の甘露煮ですよ!!」


「なにこれメチャ旨じゃん!!」


「こちらは四万十川の天然物のうなぎの蒲焼き!!」


「やばい!!旨い!!」


「こちらは、一本釣りカツオのタタキ!!」


「おー、これが本場の!!マイウ~」


カツオのタタキに舌鼓したづつみを打ちながら、次郎は我に返った。やはり、夢ではなく俺はどうも土佐地方。つまり高知県にいるらしい。そしてこの女の子は龍の関係者だ。俺を軟禁して見張っているという事か?


「名前なんて言うんだったっけ?」


「え?私ですか?孔雪梅コウセツバイと申します。中国人です。うめちゃんと読んでくれたら嬉しい!!かな?」


中国人なのか。確かに日本人離れしたスタイルだが、日本人と較べても日本語力は明らかに高いな。だが、油断もすきもありゃしない。どう考えてもオカシイ。こんな可愛い子が俺に無償で朝ごはん食わせてくれるはずがない。しかし、料理の腕前もとんでもないな。


「それで、ここは高知県という事なのかな?」


「そうでーす。空気が綺麗で景色も最高ですね!美味しいものも沢山!!私四国大好きなんです!」


「それで、何で俺と君はここにいるのか・・な?」


「え?何でって、私は次郎様の筆頭家臣かしんですから。」孔雪梅はわざとらしく照れた。


「は?」


「は?って・・・次郎さん、契約書に署名しましたよね?」


「何?契約書?あ、ああ。あれね。」あの犬神の儀とかいう不気味な光景が思い出され、気分が悪くなる。


「契約書に、孔雪梅を筆頭家臣として雇い入れると記されていたはずです。」


「筆頭家臣?何それ?」


「何それですって???契約書読んだんですか?」


「読むも何も・・署名しないと、殺されるから、読んでも仕方ないだろ。読んでないよ」


「・・・・でも、あの契約書は犬神の儀により、絶対の効力を持つはず。読む読まずに関わらず・・・」


「なに?そんなにヤバイ事なの???あそこには何が書いてあった?」


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