第6話 猿爪

いつもの日常が続く。こうやっておれもいつか気づいたら、後ろ側の人間になっていくのか?


次郎は、バックミラーから、車椅子ごとガチガチに縛られた老人達を見た。


安全性の担保、という事を言えば、どこまでガチガチに縛り付けても文句わ言われないからと言って、ひどいもんだ。


いや、このお爺さん、お婆さん達みたいになんかなれるわけ無いな。

俺みたいな人間に、年金や介護保険が適用されてるわけがない。


人生、かなりうまく行ったとして、この爺さんの老後にもかなわないわけだ。


テキパキと今日も大量の老人を自宅に届けていく。


我ながら、ハイエースを運転して、老人を届ける事に関しては、俺にかなう奴はいないなと思える。そういう世界大会とかあればいいのにな。


そんな事を考えていると、いきなり座席の背もたれが後ろにバンッと開き、シートベルトが解かれたかと思うと、すごい力で後ろに引きずり込まれた。


しばらく何が起こったか分からなかった。


気づいたら、車いすにガチガチに縛られ、固定され、次郎は完全に身動きが取れない状態になっていた。


そして、運転席には・・・認知症の度合いがかなり高いという事で、次郎の施設ではギリギリまで受け入れを拒んでたという曰くつきの老人、猿爪ましづめさん、助手席には、施設のアイドル、陽子ちゃんがいた。夢のような奇怪さで、2人にテキパキと1分の隙も無く、拘束されてしまったのだ。


猿爪ましづめさんは、身長も180cmを超えており、70代後半という感じだが、まだ筋骨隆々で、しかも認知症がキツい。介護する側としては一番厄介なタイプだ。


「おう、次郎!元気か?気分はどうだ?」


噂の猿爪さんは、今日の送迎が次郎とは初めての出会いだし、会話の成立はしないと聞いていたが、なんなんだ?なんか、普通の陽気なオッサンに見えるぞ。


「次郎ちゃん。手荒な真似してごめんなさいね」


助手席には、「陽子ちゃん」がいた。


「陽子ちゃん」はみんなの人気者の80歳ぐらいのお婆ちゃんだった。


こちらも、認知症レベルとしては、最大級であるが、常に陽気に赤子のように笑っていて、介護士達が日夜勤しむ、出し物や、お遊戯、ボケ防止の各種レッスンなどにも、一番反応を示してくれるから、皆から好かれていた。


「陽子ちゃん・・・?しゃべれるの?」


「あら嫌だわね。次郎ちゃんにも私、お恥ずかしい所、沢山見せちゃっていたのかしらね。最近、私自分を取り戻したのよ。でも、恥ずかしいし、面倒だから今までどうりにボケたフリしてたわけ。キャハハハ!」


陽子ちゃんはいつもどおりに笑った。


「猿爪さん、陽子ちゃん、悪い冗談はよして下さい。さ、早くこれを解いてください。」


「次郎、お前、今までどれだけ多くの老人から、そういう事言われてきた?なんでわしらを縛るんじゃ!お前誰じゃ!わしになんの権利があるんじゃ!とか言われてきてるだろ?ガハハハ!ちょっとはそういう爺さん達の気分を味わえ!」


猿爪さんが野太いドスの効いた声で言った。


「次郎ちゃん、ごめんね〜。これから私達、一緒に四国行くの!楽しみねぇ。」


「へ?」


「そうだよ。四国に行くのさ。夢のフロンティアへようこそ!」

猿爪さんが高らかに言った。


「四国って、あの、香川県とか徳島県とかの四国の事言ってます?」


「それ意外に何があるって言うんだ。1000キロの道のりも無いわい。せいぜい800キロ止まり。朝には着くぞ」

猿爪はナチュラルハイ全開と思わせるような高揚とした表情と声色で言った。


「冗談はよして下さい。それに危ないですよ。」


「次郎よ。その言葉はそっくり返すぞ。お前も冗談はそろそろよせ。危ないのはお前だ。お前、いい加減に気づけよ。お前は拉致されたんだ」

猿爪は穏やかに、不気味に言った。






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