第5話 望外なオファー

「何をそんなにおびえているのですか?次郎さん。まあお掛け下さい。あなたにとって悪い話をするつもりはありませんから」龍は言いながら、タバコに火をつけた。


「二郎さん。ここに来たという事は、あなたはダンスが上手で、老人介護ができて、ハイエースの運転が一流というわけだ。」高笑いしながら龍は言った。


「いや、失礼。本当にそんな人がいるなんて驚きで申し訳ない。そして、さらに言えば、こんな平日にこんな怪しい求人を訪ねに来るという事は、裕福・・・という訳でも無いし、無職なのか、今の仕事に満足している訳でも無いか、という事ですね。」


「あの、もしよければ、帰っていいですか?」次郎は精一杯の勇気で言った。


「そんなツレない事言わず、私の話を聞いて下さい。実はですね。人を採用したい事には変わりないんですよ。この求人は、サイコロで決めたんです。色々とランダムに並べた技能や特技を3つ持っている人を採用して、その人を国のトップに据え置こうって。」


「国のトップ?」


「言ってみれば、大統領とか、首相とか、そういうポジションになるわけですよ。なぜサイコロかと言えば、運を見たかったからなのです。」タバコを美味そうに吸いきって、丁寧にもみ消しながら龍は言った。


「運?」


「私は運が一番人間にとって大事だと思っているんです。運に勝る大事な事など何もない。ダンスができる、というのは、他に何でも良かったんです。1が出たらダンス、2が出たら水泳、3が出たらマラソン、4が出たら陶芸、5が出たら楽器、6が出たら弓道、という感じで。1人でできそうな趣味っぽいものを決めました。そして1が出たからダンス。老人介護も同じく。色々な不遇な仕事っぽいものからサイコロ振ったんですよ。ハイエースの運転もまた同じく」


「何のためにそんな事を」


「いや、国のトップたる者、ある程度、人から尊敬されなければならないでしょ。」


「すいません。さっきからおっしゃる意味がよくわからないんですが、国のトップって何のことなんですか?」


「だから、あなたが国のトップになるとして、あなたが得意なものを、国として重視するわけです。後付けで。何しろあなたはルールが作れる胴元なんですから。一つだけならかなわない人もいるでしょう。ダンスだって、あなたより上手な人がいるから、介護士をやっているのでしょう」


「・・・まあ」


「でもあなたよりダンスが上手い人で、老人介護も上手い人は?」


「さあ」


「さらにハイエースも運転が得意な人というのは早々いない。そう言った、人智を超えた組み合わせを、サイコロに任せて決めたんです。ダンスに老人介護にハイエースとは、我ながら実に微妙な結果を引き出してしまったと思いましたがね」龍は苦笑した。


「全然言っている事分かりません」段々、冷静さを取り戻し次郎はむしろいらついてきた。


「いいですか。あなたは、これから私と一緒に、四国を独立させる為に働いて頂きます。そして、その国の事実上のトップ、体外的にはNO2になって頂きます。そこには望むだけの報酬と名誉がついてきます」


沈黙が続く中、龍は3重に重なった、重そうな伊勢仁のチェックの紙袋を麻雀卓の上に置いた。中には100万円と思われる札束が無数に詰まっているのが見える。


「今日、ここでお話、請けて頂ければ、こちら報酬の前払いの一部、お渡し致します。3千万円あります。安心してください。これは、成功しようがしまいが、返せとは言いません。勿論、成功した暁には、こんなものが紙切れに思えるほどの対価が得られる訳ですが・・・。まぁこれは言わば、プレゼント。ここに来てくれて、私の言うことを信じてくれたプレゼントですよ。これから仕事になれば、身支度も必要になりますし、ある程度の現金を持っていただいたほうがこちらとしても安心ですから」龍は無表情に無理やり表情をつけたような笑顔で言った。


「本当に申し訳ありませんでした。こんな僕が来ちゃいけない所に軽々しく来ちゃった僕が悪いんです。申し訳ありません。帰して下さい」


「言いたい事はそれだけですか?何も聞かなくていいんですか?」


「はい。何もありません・・いや、1つ。さっきここで、三郎という人と、和田夏子と活田庄作と、龍さんで麻雀やって、三郎さんが負けた、という事なんですか?三郎はどうなっちゃうんですか?」


「他人の事なんて気にしている場合では無いですよ。次郎さん。あなたのその中途半端な優しさと中途半端な好奇心は、一国のトップとしては危険です。さて、本日はここまでとしましょう・・・・。」


ドアが静かに空いた。龍が開閉を操作しているという訳か。

ドアの先には、例の感じのよい女の子が待機していた。


「あら、このままお帰りになられるんですか?次郎様。残念ですね。でも本当にこんなチャンスを見逃していいのですか?四国というのは、世界でも最も恵まれた地政的位置づけであり、日米との関係性を保てば軍事的支出をせずに安全保証が確保されるという世界でも類まれな場所です。その上、豊富な自然、それに橋を渡った隣にはしがらみから切り離す事さえできれば、世界最強になり得る人材の宝庫がある。日本人の事ですが。

東は日本より間近にアメリカを見て、日本を挟んだ近隣国と言えば韓国、北朝鮮、中国、台湾とそれぞれ厄介事や野望を抱えた国家が集まる。これらを渡り歩く事ができれば、一気に国際的に注目される地位を築く事も容易いのです。さ、次郎様。私と一緒に国を作りませんか?」


次郎はただただ呆然とするも、ダッシュで女の子を振り切った。





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