第3話 VIPラウンジにて

メールで申し込みを済ませて1ヶ月も経った頃、突然、丁寧だが内容としては、今すぐ来いという電話がかかってきた。幸い夜勤日だし、昼間は暇だったのもあり、行ってみる事にした。


高級デパートの新宿伊勢仁15Fのラウンジで面接、という事だったが行ってみると、ラウンジなんか無い。


伊勢仁には凡そ不釣り合いな迷える羊のようにオロオロしていれば、すぐ目立つ。リカちゃん人形のような整った顔立ちとスタイルのお姉さんが、次郎のような、招かざる客風の男に対しても、信じられないぐらい感じ良く聞いてきた。


「お客様、何かお探しですか?」


「あ、あの、この階にラウンジなんて無いですよね。」


「ラウンジの名前はご存じですか?」


「あの、間違っていたらごめんなさいね。傀儡室くぐつしつ、こんな変な名前のラウンジなんて、知りませんよね」


「お客様のお名前を伺ってもよろしいでしょうか?」


「次郎と言うんですけど」


「次郎様ですね。承っております。こちらへどうぞ」


呆然とする次郎に適度に配慮しつつ、感じの良さのコンテスト優勝者のような女の子は、そのキラキラした容姿とは凡そかけ離れた身のこなしで、次郎をさり気なく誘導した。


「こちらでございます。ごゆっくりお過ごし下さいませ。次郎様」


あー、こんな女の子にだって、昔は軽く声がけできたのになー。今や、むしろビビッている自分に嫌になる。


女の子は、明らかに従業員用通路のようなドアを開けると、そこは次郎のイメージする六本木の闇カジノのようなエントランスだった。


勿論、次郎はカジノどころか、六本木にすら行ったことは無いのだが、それぐらい次郎にとっては異界の内装となっていた。


「こちらでお待ちくださいませ。」


通されたのは、VIPルーム入口前の待合室のような感じだった。派手だが物々しいドアの前にソファーが置かれてあり、そこで座って待った。正直、帰ったほうがいいんじゃないか、と何度も頭をよぎったが、別にヤクザの事務所に来たわけでも無い。一応天下の伊勢仁だ。気を大きくして待っていると、ドアが開いた。


出てきたのは・・・和田夏子だった。


芸能界のドンと言われるあの和田夏子だ。


「龍ちゃん、いつもありがとね!じゃ、また」


老いたとはいえ、やはりオーラという奴だろうか、ろくな事が無いのがデフォルトな次郎にとっては、こんな老女ですら、まぶしすぎた。


「ナッコたん、またねー」


見送りに出てきたのは、白いスーツの男、和田夏子にこんな若造がこんな馴れ馴れしい口きけるという事はやり手のホスト、という奴なのだろうか?


「あ、お越しいただけましたね。こちらへどうぞ。次郎様」


眩しい、また眩しすぎる。勘弁してくれ。さっきの伊勢仁の女の子と言い、何なんだ。


「あ、そうです。すみません。求人広告見て来ました」


次郎は、間抜けな返答をして、引き返すなら今だぞ、という心の声を押し切り、重たいドアの奥に引率された。


部屋には、麻雀卓が置かれていた。バブルの時代の映画に出てきそうな、大げさでゴツゴツしたクリスタルの灰皿には、山盛りのタバコの吸い殻。


麻雀卓には、更に男が2人座っていた。1人はかなり高齢に見えるが、見たことがあるような顔だ。


「さて、紋次もんじ先生、どうしましょうか?この方」


「どうもこうも無いよ。君。どうするんだね?」老人は答えた。


この方、と言われたもう一人はと言うと、次郎と同じにおいのする男だ。雰囲気的にはどうも吊るしあげられている感じだ。頭がバーコード若禿げな所に親近感というか優越感を感じる。


「黙ってたら許してもらえるのは、小学生までだよ。アメリカでは、黙っているという事はYESという事だ」老人はつぶやいた。


かなり高齢には見えるが、意外と口が立つ。しかし、紋次もんじ先生?なんか聞いたことがある。


「分かった。いいんだな。よし。よく言った。後は頼むよ、龍君」


老人はヨロヨロと立ち上がると、絶妙なタイミングで、龍はドア向こうへエスコートし、待ち構えた女の子がそれを受け継いだ。


「さて、次郎様、はじめまして。私が今回の求人依頼者の龍でございます。」


「はじめまして。あのさっきいたお爺さん、どこかで見た覚えがあるんですが、有名な人ですか?」


「ええ。日本でも指折りの実力者ですよ。面田紋次おもたもんじ先生は」


そこで、さすがの次郎も思い出した。宗教団体面田会めんでんかいの一番偉い人だ・・やべー所に来たな。やっぱ逃げればよかった。








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