立国編 2人から村へ。村から国へ
第2話 次郎の日常
「はい、木村さん、明日も元気でよろしくお願いしまーす。それでは失礼しまーす」
「なんだ、明日もお前ら、迎えに来るのか!塩捲いてやる!包丁が出るかも知れんぞ!」
「はい、それでは、明日もまた、9時にお迎えに上がりますね〜」
「来るなと言っとるじゃろ!」
「それでは失礼しまーす。」
介護老人保健施設のデイサービスに日中預けられた高齢者を、車いす対応のハイエースで送迎するのが、次郎の日課と言えば日課である。認知症の高齢者というのは、暴言、暴力は付き物だ。だから逆に、認知症でも、子供に返ったように、笑ってばかりいる人を見る時は救われる。
施設利用者4名をハイエースで何とか今日も自宅に送り届け、施設に帰ってからは、それなりに事務仕事もする。介護保険や生活保護によって高齢者達の施設利用料の大半は賄われているので、そんなに現金が施設に出入りはしないが、経理のおばさんに施設の売上を見せてもらって驚いた。
かなりの額だった。俺の給与は、3年で月1500円昇給したが、自分ってもしかして、搾取されているのだろうか?誰がこの金を分配しているのだろう。少なくとも俺には回ってこないのは分かったけど。
「おい、次郎。あの新しく入った女の子、多分金払えばやらしてくれるぞ。夜勤、2人になるように組んでやろうか?顔は微妙だが、体はかなりいいぞ」同期入社の介護職である、英二がニヤついて言ってきた。
「なんで分かるんだよ」
「母子家庭よりもキツイな。旦那は引きこもりのDV野郎だ。離婚できない事情でもあるのかねぇ。ガキだけなら何とかなるんだろうが、旦那がヤバイらしいんだよ。こっちが」英二は頭を指した。
「なんか、事件起こしたらしい。金がかかるんだってよ。盗み聞きした」
「あー、なんで俺達、こんな所でこんな事やってんだろうなー。人の下の世話するようなガラじゃないだろ。どうみても俺もお前も。笑顔で高齢者を送り届けるタマか?」笑いながら次郎は言った。
「なんだよ、急に」英二が驚く。
次郎は、こういう事を言うタイプじゃ無かったからだ。
「俺お前には言ってなかったけど、実はずっとモダンダンスをやっててさ、もう15年になる。」
「何モダンダンスって?」
「バレリーナのバレーってあるだろ。ああいうのの現代版だよ。クラシックな感じじゃなくて、現代の抽象的なアートっていうのか」
「ようわからんけど、確かに言われみると、次郎は体つきが違うよな」
「仕事終わって、毎日実はレッスンしてるんだ。土日もほぼ、ダンス関係の事をしている。昨日、付いている先生に言われたよ。もう俺も35歳、この年で出演料もらえないって事はどういう事かわかるか?って」
「引導渡されたって事か・・・」
「そういう事さ。何だったんだろうな。俺、実は大学行ってた事あってさ。皆には言ってないけど。結構有名な大学だったんだ。ダンスにはまって、すぐ辞めちゃってさ。若い頃は何でもできると思ってたんだけどな〜。いつの間にか俺もオジサンだった・・・」
「久々に飲みに行くか?」
「いや、やめとこう。お前も大変だろ。貴重な金を俺の情けない話聞く為に使ってもな」
「そうか。ま、まだ人生終わったわけじゃねーよ。俺を見てみろよ。酔った勢いでブスだけど、我慢してやろうとして、酔いすぎて結局いかなかったはずなのによ。我慢汁だけで双子が出来た身にもなればよ。」
「やめてくれよ。結局その奥さんと、もう2人更に作ってるんじゃないか。立派なもんだよお前は」
「4人のガキどもは、俺と嫁に似て、どいつもこいつも、馬鹿そうだし、容姿も悪い。だが、こいつらのお陰で、一応毎日、仕事ができているのかなって最近は思うようにもなったよ」
「複雑だよな。人生」
「ああ、複雑だ。全く複雑だよ。こんな人生難しいなんて、誰も言わなかったぞ。」
「湿っぽい話になったな。じゃ、お疲れちゃん」
「ああ、お疲れ」
次郎は、スクーターで、ボロアパートに向かった。いつもなら、直行してダンスしに体育館に行ってるのだが、さすがにもう吹っ切れないと。ダンスやらないなら、こんな介護士なんてやってても、しようがないよなー。英二には悪いが、仕事変えるしか無いな。さすがにこのままじゃホープレスがホームレスにまっしぐらだ。
次郎はコンビニによって、無料バイト情報誌を立ち読みする。真っ先に奇抜な募集に目が行った。
「ダンス上級者かつ、老人介護が得意な男性求む。ハイエースの運転が一流。年齢学歴問わず、報酬は弾む。」
なんだこれは・・・。
大体、報酬は弾むって、普通、時給いくら、とかさすがに書くだろ・・・。
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