<6>
マルコムは事情を聞いて険しい顔を更に怖くした。肉屋の主人とは思えない筋肉質な体とその怖い顔は驚くほどに似合っていたが、それを嬉しいとはイザベラは思わなかった。
肉屋のカウンターは
子ども達にとっては追いかけられる時と同じか、それ以上の恐怖の時間だった。店の中にある吊るされた鹿の
「ビリー」
「な、なんだよ」
「嘘は吐いていないな?」
「当たり前だ」
「神に誓って?」
「神だろうがなんだろうが、目の前で言ってやるさ。嘘なんか吐いてねぇってな」
「……分かった。その話を信じよう」
三人の顔がぱあっと明るくなる。だがマルコムは許した訳ではなく、立て続けに言い放った。
「ただし、窃盗紛いの行為を働いたのは事実。お前達は俺と一緒にその宝石とやらを返しに行き、神の前で
「えーっ! やっぱり罰あるのかよ!」
「当たり前だ、馬鹿者。子どもだけで危険な真似をしおって」
「だ、だって人を呼びに行く時間なんて」
ギロリ、という擬音が聞こえてきそうな程にマルコムは眼球を動かしてジョセフを見た。睨んでいるつもりはないのかもしれない。しかしその顔は
「ジョセフ、君はもう少し賢いと思っていたが、ビリーからあまりよくない影響を受けているようだな。いいか、ヴィンスはジャス教徒の者達と争っていた。ならばそれは彼らの問題だ。我々が出る幕ではない。その場では、教会の人達に言うべきだった」
「んな事してもヴィンスは救われない! あいつの弱虫さは親父も知っているだろう?」
「なら今度のお前の行為はヴィンスのその臆病さを救ったか?」
「……それは」
ヴィンスがあれで変わることが出来ただろうか。ウィルソンは頷くことは出来ない。ジョセフもイザベラも。
「いいか、自分を変えるのは自分だ。周りがそれを助けることは出来る。誰かが人を
「……ごめんなさい」
イザベラが真っ先に頭を下げた。その頭に、マルコムのごつごつとした大きな手が迫る。手が触れた瞬間、イザベラの肩が跳ね上がったが、しかし優しく髪を撫でるような仕草以上の事はされなかった。
「分かればいい。今から聖堂に行くぞ」
「うん、分かった」
「はい」
ウィルソンとジョセフも返事をした。マルコムはかけていたエプロンを外し、カウンターに置いた。
「店を少しの間閉めなければいけないな」
「ごめん」
「悪いと思っているのならいい。今度からはちゃんと考えて行動しろ。いいな?」
「うん」
しゅんとして大人しくなったウィルソンを見て、マルコムは背中をぽんぽんと叩いてやった。
「教会に行く前にマグナスに話を通そう。あいつは俺と旧知の仲で、街の
「親父」
おずおずと盗んだ宝玉が入っている袋を手渡すウィルソン。その頭をマルコムは何も言わずにいきなり叩いた。けっこうな音がして、イザベラとジョセフが小さく悲鳴を漏らした。
「いってぇ!」
「馬鹿者。盗みを働いたのはお前だろうが。お前が直接それを持って謝りに行くのだ。それが道理というものだろう」
「分かった、分かったからもう叩くなよ!」
「分かればいい」
視界の端ではジョセフとイザベラが震えている。しかし流石のマルコムも人の家の子どもを殴って叱りつけることはしない。
「二人もだ。私が一緒に付き添って頭を下げよう。いいな?」
「うん」
「分かりました」
「良い子だ」
そしてマルコムは二人の頭を優しく撫でた。その後ウィルソンの頭もガシガシと強めに掻いてやる。ウィルソンはその手を鬱陶しそうに振り払った。イザベラは、その時のウィルソンがはにかんでいたのを確かに見た。
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