第一二章 ターミネーション・ショック

   1


 戦艦サンピエトロは、空母アントワープの脱出カプセル回収を切り上げた。同時にバイロイトとの接舷を解き、敵味方数百の艦載機をかき分けて戦場の外へ向かい始めた。

 フランツ・リライト・イワシュー准将が第一艦橋へ戻った時には、キャシー・ベリーズ大佐の指揮で作業がそこまで進んでいた。

「良い判断だ。我々がエミアールを迎え出る形を取れば、タケオンも撤退しやすくなる」

「ヨロメーグは、こちらの思惑通り動くとも思われますか?」

 褐色の肌に、大粒の汗が光った。彼女の緊張も限界に近いのだろう。勝ち目の無いオルフェウスでの戦闘より、今の方が危機的状況だと言いたげだ。二人の敵将とエミアール、三者三様の思惑がどう交錯するのか、予測がつかない。

「ここは、タケオンを逃すはずだ。ヨロメーグは得体の知れない人物だが、奇策を用いる場面ではない」

 先ほどの威厳はどうしたのかと、彼女は遅れて入ってきた少将閣下に声を掛けた。

 ニキ・バックヤールは、会談の間第一艦橋を任されていたベテランより数段疲れており、四つ目のソーケツの冷たい殺気も無ければ、システィーナ・ハーネイの落ち着きも無かった。

「そういえば、アルマ・パイン准将はどうなったのだ?」

「連絡取れません。恐らく、まだアントワープの中でしょう」

 厄介なことになった。イワシューは、コンソールから第三艦橋のフレデリック・ベールマン少佐を呼び出した。

「状況は? 離脱させられそうか?」

「右舷リアクターと離発着甲板が七番から一二番まで機能していません。リモートでは修復不能です」

 報告に毒は感じられない。戦術はともかく、私情を持ち込まないことは評価しよう。

 まったく、作戦は裏目、裏目だ。初めから二隻のビショップ級と白石美希を逃してやればよかった。とはいえ、それではヨロメーグやタケオンがどう動くか分からない。この戦闘は無意味ではなかったわけだが、本部はそのような判断を下さない。シリンに入れ込んでいるヴァーツラフ・コムザーク元帥からのプレッシャーは、誰しも脅威だ。

 それより、アルフレッド・ドロッター大佐について早く確かめたい。戦闘配置が解かれるまでは、提督であっても私的な通信は慎まなければならないのだ。

「エルミタージュまで、距離七〇万キロ。依然、沈黙を続けています」

 イワシューは、オペレータの報告をコンソールで確認していた。互いにこのペースで接近を続けたら、射程距離まで三〇分もない。遭遇点はガス帯の中。もし、エルミタージュがルザンナ陣営に落ちたのなら、自ら不利な状況をつくるのは不自然だ。それとも、こちらを焦らせるための最大戦速か?

 ベーゼンドルクは遥か遠く。バイロイトも徐々に遠ざかっている。

「バイロイトの艦載機が、まだ八〇機ほど展開しています。修復作業が進みません」

 第三艦橋から、ベールマンが声を荒げて報告を入れてきた。

 わが艦からの砲撃は、もう届かない距離だ。しばらく単艦行動となるから艦載機も温存しておきたい。かといって、アントワープ周辺の機動艦隊はカプセル回収作業中で、艦載機の離発着がスムーズにいかない恐れがある。

 それを察して、後ろの席のニキが立ち上がった。

「私たちが出ましょう。ボンとキャロは、アスロックでもインバルガスでも出られるようにスタンバイしています」

「いや。三機でどうなるものでもない」

 それはとっさに出た言葉であり、考えとは逆のものだった。ルーブル突入の手際を見れば、アントワープの修復作業ぐらい十分に任せられる。ただ、ニキの顔にまだ疲労が見えたのである。仮面の下はいつもこうだったのかもしれないとは、後から思った。

「大戦艦オルセー発見! エルミタージュ後方二五〇万キロです」

 驚く間もなく、エルミタージュから通信が入った。一度見たら忘れないリーゼントは、寡黙な男シュラン・テーツ大将である。

「イワシュー准将殿。本艦はオルセーに追跡されている。至急、会談を開きたい……」

 通信は途中で切れたが、暗号化された合流ポイントは受け取れた。中間補給基地で設定した暗号だ。オルセーでは解読できまい。

 ガス帯へ入る直前で、エルミタージュはワープした。そこでも星間物質の濃度は高い。連星の太陽を持つ彼らならではか。最大ワープ距離は短くてもこの点では性能に勝っている。

「総員ワープ準備」

「航路設定完了。ワープ機関起動まで一八分」

「オルセー急速接近中。敵の射程範囲まで二二分」

 下のフロアから、次々報告が上がってくる。

 合流先はオールトの雲の外側になるが、このガス帯の中からではノイズが多くて観測できない。かといって、ワープ観測機を出していてはオルセーをかわせない。そもそも、脆弱なワープ観測機は、星間物質が薄くなければ出せないのだ。

「提督。一〇〇時間以上前の観測データですが、合流予定宙域の状況をチェックしておきました」

 ワイジェロ・マンスース少佐め、この戦いの中でドロッター並の気遣いが出来るようになったか。嬉しくもあり、寂しくもある。

「よし。ワープ準備完了次第、ワープだ!」


   2


 オルセーからの届きもしない威嚇発砲をかわしながら、サンピエトロはガス帯を抜けるのと同時にワープした。

 ギリギリのタイミングが、第一艦橋を熱狂させた。イワシューも思わずガッツポーズをしている自分に気づき、バツが悪かった。

「ワープアウト完了。システムチェック」

「コンソール一三番から一八番までブルーアウト。第二、第三艦橋からもブルーアウトが報告されています!」

 下のフロアが騒がしい。女性乗員が六割を占めるためか、今さっきのかん高い歓声と低いざわめきのギャップが大きい。ブルーアウトとは計器異常。文字通りコンソールの画面が青一色になってしまう現象で、遠い昔につくられたコンピュータの基礎システムの名残である。

 ギュルルル……。微弱な振動とともに、天井の方から鈍い音がした。艦体に強大な力が加わり、それを軽減するために構造体がしなっているのだ。

「艦内警戒態勢! 原因を究明しろ!」

「焦らないで。これはターミネーション・ショックだわ」

 ベリーズ大佐に、軽くたしなめられた提督である。

 太陽風と周辺からの恒星風がぶつかる、太陽系最外縁部の現象。宇宙船で通過しても、航行に障害が出るほどの衝撃ではないはずだ。青色巨星ともなると、そうはいかないのか。

「エルミタージュ、捕捉できません。これは、レーダーやシステムの故障ではありません!」

「謀られたか?」

 イワシューは混乱していることを自覚しながら、指示を出せずにいた。

「下舷前方六〇〇万キロに人工物発見! ……ガズミクの監視衛星です」

 腹黒いヤツらめ。どうやってこちらのワープ先を掴んだのか? エルミタージュは、ルザンナの陣営に落ちたということなのか?

「巡航ミサイル発射準備」

「いや、待て。利用価値があるかもしれない」

 オペレータを制しておいて、提督にはこれといったアイデアは無いのだ。直感で動くタイプではないが、戦場での予感はよく当たる。

「右舷後方一八万三〇〇〇キロにエルミタージュ発見! いえ、消滅しました!」

「上舷前方一万二〇〇〇キロにワープアウト反応!」

 メインパネルに、オレンジと黄色で塗り分けられた細長い海洋生物が浮かび上がった。

 イワシューは立ち上がり、下のフロアへ向けて怒鳴った。

「全砲門、エルミタージュに照準! 先に撃つなよ」

 それに合わせたかのように、メインパネルがリーゼントの男へ切り替わった。

「あなた方には、ここで消えてもらう。地球圏からの弾圧は、二度と受けない」

「上官の命令に背くのか? それとも……」

 テーツ大将の眼が一瞬ギラリとしたので、イワシューはもう一つの可能性について言及しなかった。

「ルザンナ様には世話になった。それ以上、言わせるな」

「これが軍隊か? 君は、私情で人を殺すのか」

 これには返答無く、通信が切られた。悔しいのだろう。彼の行動は、エミアール、いや、ノースシリンの総意に違いない。が、敢えて問いただすまい。しかし、そうなるとルザンナとエミアールの対立は白石美希についてだけとなる。不可解だ。

 イグラレーロで開示されたデータが確かなら、エルミタージュの装備はこうだ。エンジンは後部に七基。斥力リアクターは前方に一基。高機動ジャイロは艦首に一基、艦尾に二基、後部両舷に二基の計五基。艦底部にパワーキャノンの俗称がある主砲が六門。巨大なかぎ爪状の主砲塔は左右に三基ずつ配置され、その間に艦載機の離着陸甲板がある。小型の格闘機や雷撃機等が計三〇〇機搭載されているという。艦の上部には、七〇〇ミリ三連装バリオンビームが九基。体制軍でいえばグレイブル、ガズミクでいえばビショップ級に近い。

 だというのに、こちらはターミネーション・ショックのダメージが残ったままだ。無論、二重三重のバックアップにより一〇〇パーセントの性能は出せる。問題は、突然別タイプのコンソールを使う羽目になる人間の事情が考慮されていないことだ。

 ランディ・ムーク少将が指揮したテスト航行の記録によれば、そこまで踏み込んだ訓練は行っていない。この戦いは、乗員個人個人の経験と能力に大きく左右されるだろう。最大ワープ距離、機動性、火力、いずれもこちらが数段上回ってはいるが、実戦においてはさしたる優位でもない。


   3


 ミサイル、主砲、副砲の激しい応酬が四〇分間続いたが、双方とも艦体に損傷を与えられなかった。その間に、第一艦橋の乗員の三割が、一〇分ほどかけ艦体を挟んで真下にある第二艦橋へ向かった。本来は艦内統括の部署だが、操作系をより多く戦闘に割り振りたいのだ。万一、敵が艦内へ侵攻してきたら、第二艦橋の全コンソールを元の乗員に明け渡さなければならない。いや、ブルーアウトでそれでも足りないくらいである。

 第三艦橋は、ワープ通信を介してアントワープの修復とカプセル回収の指揮を続けている。第二艦橋より近いのでここを利用したいところだが、コンソールの半数がブルーアウト状態で、むしろ助けを求めているありさまなのだ。

 艦内カメラを適当に切り替えながら、イワシューは「ウーッ」と唸った。どこの部署も機能不全で、乗員たちが走り回っているのだ。テーツ大将の思惑通り? とんでもない。ここまでの醜態は想定していないだろう。

 エルミタージュの距離が近い。互いに射程範囲内だというのに、電磁シールドを張って一歩も退く気配はない。あの寡黙さは、彼が武人であることを示していたか……。

 イワシューはコンソールを覗き込んだまま、意識を無くした。

 気づいた時にはコンソールの画面と操作卓に血が飛び散っており、前頭部に脈を拍つような痛みが襲ってきた。立ち上がってみると、上部下部両フロアとも乗員たちが倒れているのが見えた。かすかなうめき声も聞こえる。

 ベリーズ大佐は、階段の途中まで転がり落ちたまま動かなくなっていた。ミシェルは席から床に滑り落ちた形で、ニキはコンソールの操作卓にもたれかかるように気絶している。

 コンソールの表示をチェックすると、緊急システムが稼働して操作系統が第二艦橋へ移ったと示されていた。第一艦橋の真上に、エルミタージュの主砲が直撃したのである。上下対称でも、敵には第一艦橋と第二艦橋の区別がついたというわけか。

 脱出時の利便性から、四つの艦橋はいずれも艦体から露出した鐘楼にある。巨大艦の宿命だ。その分、電磁シールドと重力シールドはいかなる攻撃をも防ぎ、それらが機能しない場合にも七層一二〇〇ミリに及ぶ化学シールドが、ビーム照射に三〇秒は耐えるはずなのだ。あの主砲がパワーキャノンと呼ばれるのもうなずける。

 下部フロアの後部ドアから、船外装備の一団が入ってきた。一瞬、イワシューはコンソール下の銃に手を伸ばしたが、彼らの姿が体制軍のものなのは明らかであった。

 コンソール上には、侵入者たちの一覧が表示されている。有益な機能だ。部外者が入ってくればすぐさま分かる。リストの中に、フレデリック・ベールマン少佐の名があることも見逃さない。

「部署を離れて、何をしている!」

「提督。第一艦橋の状況が全くモニター出来ない状態でしたので」

 一団の中の一人がヘルメットを取った。なるほど、空気の流出があるかどうかも分からないから、船外装備だったわけか。

「第二、第三、第四艦橋、及び第一、第二管制室をサブに移す。各所に打電せよ。それから、負傷者の治療と代わりの人員を手配!」

 両手で額の汗を拭うようにして、イワシューはおのれの血だらけの姿を自覚した。

「私の応急処置も頼もう。指揮権はジャック・オロールド中佐に。いなければ艦長のカイゼル・リンゼル大佐に」

 しかし、彼らでこの戦況を打開できるだろうか? 普通の状態なら誰の指揮でも大差ないが、今は違う。

「それから、次元震動砲用意。全砲門だ」

 一撃で恒星を破壊する巨砲が艦首に四門。射程距離三億キロ。我々はいったい何と戦うつもりなのか? こんな危険なものを本来使うべきではない。血を求めるラムダ因子のなせるわざか。刃は自分に向かうこともあるのだと、戦艦グレイブルが教えてくれた。この戦闘はどちらかが沈むまで終わらない。

 ベールマン少佐は、上がってくるとニキを抱き起こした。ダークグレーの軍服が、彼に錯覚を起こさせたようだった。彼女が目を覚ましたので、ベールマンは気まずそうに後から来た部下に手当を任せた。ヤツの気持ちは、分からぬでもない。

 イワシューは、ベールマンから白い止血シートを手渡された。ニキに渡しそびれたからではないようだ。ヤツは声のトーンを落とした。

「戦艦ザイドリッツと一四〇隻の艦隊が、あと一二時間ほどで到着します。アルマ・パイン准将の艦隊と入れ替わりに、イグラレーロに常駐していたようです。ビショップ級が二隻現れたと聞いて、アジュワイト大将が慌てたのでしょう」

「一週間以上前に出撃して、何の連絡も無しというわけか。信用のないことだ」

 イグラレーロでは、地球圏からさらに第三の艦隊を呼んだのだろう。バカバカしい話だ。

「提督はランディ・ムーク少将だそうです。高級士官学校第一四期生が、相次いで三人死ぬなんてのはゴメンですよ」

「サンピエトロが落ちるというのか? 冗談を言う余裕があるのなら、管制室のサブで指揮をしろ。艦載機戦に持ち込めば、こちらは物量で勝る」

 ベールマンが下のフロアの重装備の男に合図すると、彼はハンディコンソールを素早く操作した。これで、一通りの指示は終わった。

 提督はようやく衛生兵から手当を受け、傷口の痛みを初めて実感した。ベールマンが帰りかけて振り返った。

「生身でルーブルに突入したそうだね。今みたいな単艦行動ならいいが、一〇〇隻以上の艦隊で提督が死んだらどうなるか分かってるだろう?」

「私の後釜など、いくらだっている」

 ヤツも同感だろうと思ったが、共感の表情ではない。

「君が、冷酷だと恐れられてるのはな。部下を見殺しにするからじゃない。自分の命を簡単に投げ出すからだ」

 反論はしないが、それは誤っている。部下を盾にして自分だけ助かろうとする愚かな指揮官を、たくさん見てきた。多くの場合、部下からの信頼は低く、指揮官の方が裏切られる羽目になる。自ら最前線に立つのは、自分の命を守るためにも合理的な方法なのだ。


   4


 第一艦橋の上部に被弾してから一時間二〇分間に渡って、指揮系統の混乱が続いた。すべてがサブに移った時には、第四艦橋と第一管制室付近にも被弾しており、乗員たちを恐怖させた。

 額に包帯を巻かれて、イワシューは第一艦橋のサブへ入ってきた。敵に侵入された際のカムフラージュも意図されるだけあり、室内は狭く天井も低い。冗談ではなく、天井を這う配管に傷口をぶつけそうである。全員で見られる大型パネルもなく、コンソールが三〇基整然と並べてあるだけだ。メンバーは減ったが、どのみち半分以上はケガで動けまい。

「戦況はどうだ?」

 と、提督府の連中を捜してはみたが、マンスースやミシェルは、ずいぶん離れた席にいた。コンソールの機能の違いから、バラバラに座るしかなさそうだ。まあ、いいかと、提督は後部中央のマスター席から、戦況をチェックした。

 エルミタージュは、こちらの正面から逃れるように移動し続けている。艦首の次元震動砲を撃たせないためである。八〇〇メートルからなる砲身は、その先端だけ向きを変えて発射できる仕組みにはなっていない。本来、星の破壊や大艦隊の掃討を目的にした兵器であり、たった一隻を狙って撃てる代物ではないのだ。

 それにしても、電磁シールドも化学シールドも通用しないとは、ガズミクのビショップ級以上の脅威である。逆に、敵のシールドの強力なこと。この距離で主砲の直撃に十分耐える。巨大な本艦でこそ四本の砲身を一基の砲塔に収めて自由に動かせるが、通常艦では可動不能の艦首砲だ。大艦隊をもって包囲しなければ、戦いにすらならないだろう。

 例のガズミクの監視衛星は生きているらしい。ヨロメーグも見ているに違いない。ギリシャ彫刻のような顔がどう歪むか、逆に見物したいものだ。シリンの力に歪み、我々の力に再び歪む。想像するだけで愉快である。

 イワシューのコンソールに、浅黒い悪友の顔が映った。

「ムーク。まだワープ一回の距離はあるだろう?」

「なんだい、そのザマは。今度は、刀でも持って一騎打ちしてきたか?」

 くだらないことを言う。何か言い返そうと思っていると、画面が切り替わった。アルフレッド・ドロッター大佐である。

「モリノ大佐に、妙なことを吹き込まれましたな」

「じゃあ、体は大丈夫なのか」

 力が抜けた思いだが、気を抜くのは間違いであった。

「脚は何とか動くようになりました。これで半年は前線にいられます。地獄へ落ちるのは一年は先でしょうな」

 ムークがイライラしたように画面を切り替えた。

「雑談は後だ。北極ドームのスパイから情報が上がってきた。ルザンナとエミアールの対立は、我々の支配を逃れるための狂言だ。白石美希をガズミク本国に送り込むというのはとっさの機転だろうが、悪くない手だな」

 横の画面には、この先の戦術が表示されている。

 イグラレーロには、ジェイス・エイメルス中将が新造艦スパルビエロで入ったという。グレイブルやザイドリッツほどの火力は無いが、立派な高速戦闘空母だ。こんな辺境へ出せるのなら、エイメルス救出時に出して欲しかった。

「コムザーク元帥がよく許したものだな」

「アジュワイト大将の独断だ。シリン政策の裏で何か企んでいるらしい」

 ジェグナン大将との次期トップの争いも結構だが、私欲で戦略を立てられてはザロモン体制を倒す者がいなくなってしまう。

「ピョートル・イヴァイチ・モトローには注意しろ。ヨロメーグのような策士じゃない。とてつもなく頭の良い参謀だ」

 モトローとは誰だ? ひょっとするとシュラン・テーツとは偽名か?

 ともあれ、この戦闘を仕組んだ意図は地球圏への牽制だろう。わが軍最大最強の戦艦サンピエトロが沈めば、インパクトは大きい。エルミタージュが正攻法にこだわっているのも、戦力を見せつけたいからだろう。その正攻法が、仇になる。


   5


 渦陽星から五光年。何もない宙域に戦艦ベーゼンドルクは留まっていた。ワープ可能な連絡艇を搭載しているから、事故のリスクも最小で済む。

「リリエル下士官の部隊が全滅したようです」

 トシム士官の報告に、盟友の部下の死を悼む意図はない。タケオンがガズミク本国へとの帰途に着いた今、身内がいなくなったのは歓迎すべきことだ。人の良さそうな笑顔の下は、単機ワープの出来ない艦載機を敵地に放置する冷血漢。ああいう輩との共同作戦は避けたいものである。

 ヨロメーグは、無様な紫の巨艦にはさほど興味を持てず、中破した緑の薔薇と周囲の艦隊の様子を入念にチェックしていた。

「シリンの大戦艦、よくやるなぁ」

 トシムの独り言は漠然としていたが、戦術の巧みさや火力の大きさへの感心ではないだろう。長い内戦の産物か。高濃度ガス帯戦に特化された局所戦用戦艦が、障害物の無い宙域で健闘したものである。

 一方、エスハイネル士官はまだ体制軍の軍人のつもりか、先ほどから苛立っている。

「イワシュー准将もナメられたものだ」

 ザロモン体制にとっては、シリンとて地球圏の属国だ。何かあっても、彼はエミアールの顔を潰すわけにはいかないのだろう。

 我々の考えるべきは、ガズミク本国の宝物苑の動きである。対シリン戦略と地球解放戦線がどうなるかを、いち早く掴まなければならない。

 そこへ、ハーマからの通信が入った。相変わらずの悪人面である。ビショップ級戦艦バラクーダは、ガズミク本国から太陽系へ戻る途中だという。

「君はシリンから撤退したまえ。新たな任務がある。すぐに出航しないと間に合わないぞ。せいぜい励むことだな」

「了解しました」

 ヨロメーグはそれだけ答えると、メインパネルに向け敬礼した。同じメンバーズエリートでも、まだ最低位。ハーマにさえ逆らうことはできないのだ。無補給でまた大遠征とは、ついていない。

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