第一一章 嵐の中の会談
1
小物の散乱する艦橋を見下ろしながら、フランツ・リライト・イワシュー准将はため息をついた。加速減速の繰り返しが二時間近く続いたので、乗員たちもぐったりしている。
こうした会談は公式非公式含め、二〇回以上行われてきた。しかし、このタイミングはイヤなのである。ブレーンとして信頼出来る人間がいない。
副官代わりのワイジェロ・マンスース少佐など、役には立たない。ジャック・オロールド中佐も頼りない。広報担当のミシェル・サイ少佐は任務上オブザーバーとして参加してもらうとして、あとはまたソーケツ少佐いやニキ・バックヤールに頼るか。気にくわないヤツだが、フレデリック・ベールマン少佐も使えるかもしれない。いや、ダメだ。アントワープの件はまだ終わっていない。
なぜ、隣席に小太りの男、アルフレッド・ドロッター大佐がいないのか? それだけが悔しい提督である。今さらメンバーズエリートのヨロメーグを畏怖するわけではないが、独りきりで有利な交渉が進められるとは思えない。
ここまでの作戦は八割かた予定通りだったが、この先が急に見えなくなった。敵将に乗り込まれては、白石美希奪回の機会も遠退く。敵将を乗せたまま、停戦中のサンピエトロが軍事行動をとるわけにはいかないだろう。
下のフロアが、波打つようにざわめいた。
イワシューも見下ろして、絶句した。ニキ・バックヤールが、四つ目の仮面無しの長いプラチナブロンドで入室してきたのだ。しかも、軍服はライトグレーではなく、提督府のダークグレーである。彼女は、一段一段こちらへ上がってきた。
ナスターシャ・ニジンスカヤ=コルサコワ中将が戦死した今、ニキの後見人はいなくなった。オルフェウスの超エリートたちも封印されるだろうから、ニキを養女に迎えるという選択もある。二六歳の提督は、ふと安易な考えを持った。
「喪服のつもりかね? 母君は気の毒だったな」
「元帥直属の部隊は、ダークグレーが正式なのです。ご存じのはずでは?」
知ってはいるが、システィーナ・ハーネイ少将の姿を模す意図があからさまなのだ。
「階級章を少将のものに換えよう。幸い、モリノ大佐は君とも彼女とも面識がない」
ショートカットで穏やかそうに変わっていた本人より、むしろニキの方がハーネイ少将らしい。入れ替わり説など信用しないが、噂としては語り継がれるだろう。
「提督。艦をバイロイトの左舷いっぱいにつけました。これで良いのですよね?」
マンスースが首を捻りながら報告してきた。そう。ベーゼンドルクではなくバイロイトが正しい。逃げられて困るのはヨロメーグの母艦ではなく、白石美希の乗るバイロイトの方だからだ。
「では、この真下の会議室へ招き入れよう。治安部に双方の護衛を。ミシェル・サイ少佐、ソーケツ少佐、それから、君にも来てもらおう。数合わせだと思って気楽にやってくれ」
普段と同じ調子で「分かりました」とだけ答え、マンスースはコンソールの操作に戻った。覇気は無いが、彼は物怖じするタイプではない。こうした任務には案外適任かもしれない。相手は三人だからこちらも三人で臨むべきだが、ミシェル・サイを正式メンバーとするのは我々の士気に関わる。
会談開始まで一時間半。下準備も十分とはいえないが、シリン人抜きでやりたいのは敵も同じ。であるなら、白石美希の引き渡しもあり得ない話ではない。無論、エミアール陣営へではなく、地球圏へという条件は必要になるだろうが。
キャシー・ベリーズ大佐も、交代時間より早く入室してきた。褐色の肌はツヤも良く、頑丈そうな体も外見通り。五〇歳を過ぎて長時間の加速減速はきついと思ったが、ダメージが無さそうで安心した。彼女はハーネイ少将もどきに視線を向けたが、驚くどころか興味も示さなかった。イワシューは、ニキの変装のためにポケットから銀色の髪留めを取り出しかけ、我に返った。
「私の判断で、会談中に戦闘状態に入ることもあり得ます。一応、念を押しておくわね」
「ほどほどにな。ラムダ因子にせいぜい用心することだ」
戦艦グレイブルの予期せぬ最期が、提督に火器の使用を抑えさせたことは否定できない。桁外れの大火力は、後方支援より単艦で四方六方を囲む敵を一掃するのに適する。この戦いは全力を出す場ではないのだ。そのことを、この妖艦のナンバー二は理解しているのか? 本作戦の指揮権はあくまでアルマ・パイン准将にある。それを忘れなければ、心配はない。
第一戦闘配置の上に艦内警戒態勢まで出され、一万余の乗員はみな右往左往している。ガズミク人を迎えるまでに全員配置につき、不測の事態に備えなければならない。
2
サンピエトロは、中央右舷の第三艦橋上部にある揚陸ハッチの前方四分の一だけ開き、一〇機のガズミク艦載機を収容した。
イワシューもそれを確認すると、ミシェル、ニキ、マンスースを連れて格納庫へ降りた。深緑を基調としたわが軍と、茶系統で統一されたガズミク軍が入り乱れてはいるが、計一〇〇人以上の兵士が一言も発していない。
広いスペースまで歩いていくと、相手側の三人は艦載機を降りて立っていた。三人とも男で、黄金の装飾が施されたオレンジ色の軍服姿である。高級将校に間違いない。
中央に体格のいい大男。端正な顔立ちである。
「ジェネラル・ヨロメーグ・オサーミン(ヨロメーグ・オサーミン将軍)です。フランツ・リライト・イワシュー准将ですね。お目にかかれて光栄です」
彼は流暢な現代英語で名乗り、握手を求めてきた。イワシューは握手の前に「はい。ようこそ」と返答するのがせいぜいだった。
右には、少し小さいが一九〇センチ以上はある筋肉質の若者。穏和そうである。
「ルテナン・ハモンド・トシム(ハモンド・トシム士官)です。あなた方のシステムで例えると、ヨロメーグの副官といったところです」
彼もまた流暢な現代英語であった。
左には、小柄で貧弱に見えるが軍のデータでは一七七センチ。マルオ・モリノ大佐の顔はよく覚えている。三六歳のはずだが、ガズミク人なら四五なし五五歳か。
「ルテナン・ハワーズ・エスハイネル(ハワーズ・エスハイネル士官)です。自己紹介は不要でしょう」
不思議と、彼の現代英語のなまりが一番強い。思い返せば、空母デルハーゲンではろくな会話もなかった。
面識はなくても顔は知っているのだろう。かつての体制軍大佐は三歩後ろのニキをチラチラと見ている。
完成された美と思われるヨロメーグから、柔らかいトーンで最初の質問が出た。
「そちらは四人のようですが、何か意図がおありですか?」
「オブザーバーとして同席をお許し願いたい。私も敵が多いのです」
ギリシャ彫刻のような顔が、その途端崩れた。敵将は両眼を細めニヤリとしてみせた。ジョークがウケたのではあるまい。
ミシェル・サイが広報の役割を簡単に説明し、マンスースが名前と挨拶だけで済ませ、ニキがシスティーナ・ハーネイ少将と名乗った。
エスハイネルの様子が変だったが、出てきたのは思いがけない発言である。
「提督。ドロッター大佐の姿が見えませんが、第一艦橋で万一に備えているのですか?」
「そんなところだ」
つく必要のないウソだが、提督は警戒して答えた。
「まだ、体力が残っていましたか。それはなにより」
「どういう意味だ? モリノ大佐」
すっかり偉くなった男は、軽く黒髪をかきながらため息をついた。
「彼は不治の病に冒されている。あなたはそんなことすら知らない」
オルフェウス戦の前から続いていた脚の不調は、単なる無重力勤務の副作用ではなかったというのか?
「イワシュー准将。みなさんを会議室へ。予定を一七分過ぎていますよ」
ニキがすっと前へ出てきて、眼力でスパイに下を向かせた。
「水色の薔薇とは、戦場で三度会っています。七年前の時はあなたが艦長だったのですね。当時は一三歳だったとか。感心します」
ボロを出させる気か、ヨロメーグはニキの目の前まで近づいて早口で喋りつづけた。ニキもニキだ。メンバーズエリートが生体改造による偽りの体だと知っているだろうに、美しい顔を見上げたままぼんやりしている。
トシムとやら、副官というのはウソで本当はエンジニアと見た。我々の心理戦など上の空で、さっきから格納庫の隅々まで観察しているではないか。
ニキが代わりにそれを指摘すると、筋肉質の若者はポカンとした顔をした。
「いやあ、無礼をとがめられたのかと思いましたよ。わが軍には明確な役割分担はありません。私もエスハイネルも、参謀でありエンジニアでもあるのです。同様に、わが国では軍人と民間人の区別もありません」
「それより、ハーネイ少将がなぜこんなところに?」
エスハイネルは、部下が口をすべらせぬうちに彼女に打撃を与えた。イワシューは、それを止めなければと思った。
「任務を満了したのだ。君もスパイなら、すぐに事情を察したと思ったが」
「サンピエトロは、元々あなたのために造られたのでしたね」
一瞬見えた元スパイの不快そうな顔は、論破されたことへの悔しさとは違うらしい。ハーネイ少将が乗っているはずがないことを、何らかの方法で掴んでいるのだろう。
どちらにせよ、我々は兵士たちの前でしゃべり過ぎたようだ。ドロッター大佐の重病説と、ハーネイ少将の登場。第一ラウンドは引き分けというところか。
3
会議室は、七人が入っただけで室温が上がるほど狭かった。奥行きのないテーブルで親密さを演出する意図はない。武器は持ち込んでいないが、万一の銃撃戦を避けるためにこの狭さが必要だったのだ。
「白石美希の件に関しては交渉に応じません。初めに、それを明確にしておきます」
まだ席に座る前のヨロメーグの一言が、我々に絶望感を与えたことは否めない。イワシューは、美貌の指揮官をいきなり脅すしかなかった。トシム以上に若く見えるが、外見で年齢は判らない。
「そうですか。我々には力ずくという選択もあり得ると、伝えておかなければなりませんね」
「それは、悪い取引ではありませんな。うん、悪くない」
ヨロメーグは、先ほどのように目を細めた。それにトシムはうなずき、エスハイネルは顔をしかめている。ここに、付け入る隙があるかもしれない。スパイの帰還にしては、デルハーゲンと鉄仮面の戦闘は派手すぎた。関係者の証言は公式記録を読んだだけだが、あの脱出劇には唐突な印象を受ける。
イワシューが思索を巡らせ、次の一手を講じる寸前のこと。さらなる一撃が襲ってきた。
「シリン人には退室願いたいですね。戦術にクレームはつけませんが、この会談の意図はご理解いただきたい!」
敵将は机を両手でバンっと叩き、勢いよく立ち上がった。自分と一〇センチと違わないはずだが、聳え立つ巨像の威圧感は二六歳の提督の経験にはないものだった。
右隣のニキもビクッとした。左隣のマンスースは腕組みしてどっしり構えてはいるが、反論の一つも無い。
敵将は右手を伸ばし、末席の黒髪を指さした。
「あなたは何者だ? 南極ドームの住人か、それともチェスキーの民か?」
ミシェル・サイ。体制軍の士官である。出身は要塞プロセルピーナ下端の都市。先祖も周辺恒星系へは入植しておらず、数世代に渡って中国に暮らしていた。と、記録にはあった。
彼女は何も言わず、席を立った。イワシューが引き止めるべきか迷っているうちに、ドアを開けて出ていってしまった。
「ご存じなかったようですね。サイキック・ソルジャーは現存するのです。チェスキーで遺伝子コードに刻まれた超能力は、六六六世代後まで受け継がれる。ルザンナ・クラウザーの言葉を信じるならばね」
ヨロメーグは満足そうに目を細めた。
エミアールの妹の名が、ここで初めて出た。ミシェルの件を掘り下げる余裕は無さそうだ。
「あなた方は、反乱分子に肩入れして何を企んでいるのですか?」
「成り行きです。成り行きとはいえ、本国の宝物苑ではもう絵図が描かれている。白石美希を本国へ連行するのは決定事項です」
敵将は、再度繰り返した。これ以上の戦闘を避けたいこちらの事情につけ込むのか。アントワープは間違いなく落ちる。
「イワシューさん。取引しようじゃありませんか。手の内をあかすのです。タダでは帰しませんよ」
造形美の破壊か、いっそう目を細めた敵将は不気味なオーラを放っている。帰さないとは大胆な物言い。敵の懐に飛び込んで来たのはどちらなのか。
それからの三〇分は、密度の濃い会談となった。
シリンの実態を知った今、ガズミクは本国に艦隊を温存しておく理由が無くなったという。太陽系に展開中のものと同規模の機甲師団を、シリンへ派遣するか太陽系へ増援するかという段階まで話は進んでいる。それでもなお、本国には一個機甲師団に匹敵する大艦隊が残るのだ。合計すれば体制軍の全軍事力に匹敵する。
もし、シリンをザロモン体制下に置くことが出来たなら、ガズミクは戦力の二分を余儀なくされ、せっかく手に入れた白石美希の利用価値も無くす。
「やはり、准将の階級では無理ですかな?」
ヨロメーグがニキに視線を移したので、余計なことを言わせないことが先決だった。
「大将でも元帥でも、艦隊を自由に動かせるものではありません。シリン政策を覆すには、中央議会での承認が前提となります」
ほとんど知られていなかったガズミク本国の情報を得ながら、こちらは要求に一つも答えられない。シリンへの中間補給基地である浮遊要塞イグラレーロについても、人工惑星オルフェウスでの天才発掘養成実験とその結末についても、明かすわけにはいかないのだ。
任官以来大型艦の提督府を渡り歩き、体制軍最大最強の戦艦を駆るまでになったというのに、職業軍人のなんと虚しいことか。一時的にでも敵と手を結べば、半世紀以上続いた大戦を終結させられるかもしれないというのに。
エスハイネル士官が事前に説明していたのだろう。こちらの煮え切らない態度にも、敵将は怒りの表情を一度たりとも見せない。これが、メンバーズエリートの器というものか。
4
「結局、条件を飲まされましたね」
会談の終わりに至って、マンスースが初めて発言した。何の役にも立たないが、それは的を射ていた。利用価値の無い機密情報と引き換えに、白石美希と二隻のガズミク艦、さらにルザンナ・クラウザーまで逃すことを約束させられたからである。
うまくあしらわれたと、バカにされても構わない。ただ、古典的な交渉術に敗れたのではない。指揮官の裁量で戦略を変えられるガズミクに、可能性を感じたのである。その判断自体軍規に反するのだが、白石美希奪回のために数千人の犠牲を出すのなら、ヨロメーグの提案通りにやって同じ効果を得た方が賢明ではないか。
それでも、二六歳の提督は忠告せずにはいられない。
「シリン政策の転換は、一筋縄ではいきませんよ。インディアン座イプシロン星がチェスキーと呼ばれるようになった経緯は、ご存じでしょう。チェスキーとはボヘミアのこと。コムザーク元帥にとっては民族の誇りといったところです」
「それで、シリン政策に強く肩入れしていると?」
ようやく、情報らしきものを与える時が来た。イワシューは大きく首を振り、「いいえ、逆です」と語気を強めた。
「エスハイネル士官の一件で、シリンの場所を知られるくらいなら、サンサダールを焼き払え! と、えらい剣幕でした。理屈は合っていますが、何かが違うのです。彼は、どんでん返しを用意しているのかもしれません」
「地球の記憶を持つ者、ラリベラの記憶を持つ者。それがわが国のネックになっていることと似ていますね。実りの大地生まれの我々はともかく、昔を知る者が今さら地球圏に干渉しようというのは、道理に合わない」
昔を知っているからこそ、地球圏に干渉するのではないか? いや、敵将は当時のラリベラ弾圧の遺恨を言っている。確か、EU、アメリカ、インド、中国の順だった。ラリベラの民の地球資産凍結は、貨幣制度廃止後も裏社会に存在し続けた既得権益を消滅させた歴史的事件である。これが、第一次移民の引き金になったと言われている。
イワシューのハンディコンソールが反応した。シリンの大戦艦エルミタージュが、接近中だという。向こうの射程距離まであと一時間半。カプセルの回収完了には二時間を要する。気にかかるのは、通信がまだ不通だということだ。
「ルザンナ・クラウザーの野望が潰えたとして、白石美希を連れ帰る意味とは何でしょう?」
「それはタケオンが考えればいいことです。今はその必要も無いと思いますが」
相手にプレッシャーをかけようとして、そのまま自分に返ってきた。一刻も早く、エミアールに伝えなければならない。状況を見れば戦闘があったことは察してくれるだろうが、敵のビショップ級と接舷した本艦をどう理解するか?
ラムダ因子の宿る妖艦の宿命だ。シグマ因子によって不沈艦となった戦艦ルーブルがいかなる運命を辿ったかを考えれば、恐ろしくもなる。限られた人間だけとはいえ不老不死を手にしたこの時代、魔術的な手法で物に宿命を与えるなど、あり得ない話だが……。
出撃すれば必ず血を見る。ガズミクに対してでも、空母アントワープに対してでもなく、ろくに関わりのないシリン人に対して刃が向こうとしているのだ。
今度は、イワシューとヨロメーグのハンディがほぼ同時に反応した。きっかけは分からないが、双方の艦載機隊同士が交戦中だという。
「サージェント・リリエル(リリエル下士官)が発砲」、「タケオン閣下の指示」、というガズミク基準言語が断片的に聞き取れた。教養の不足ではない。彼らの言語に接する機会はほとんど無く、我々はその文法すら十分に把握できていないのだ。
「エンチャー士官を回せ」と、ヨロメーグがいつも使っている言語で怒鳴った。現代英語の紳士的な発音ではない。傲慢な性格が垣間見えた。その後で、彼とトシムがほとんど同時に「コールドフィー」という謎の言葉とともにため息をついた。
「コールドフィーとは、どういう意味なのです?」
「汚いという意味です。卑怯、陰険、下劣。そうしたニュアンスのね」
ヨロメーグは目を細め、ゆっくり立ち上がった。会談は、終わりである。
5
ヨロメーグは、トシム、エスハイネル、そして、一〇〇人ばかりの護衛を引きつれて紫の巨艦を後にした。
「スペクトル解析の結果待ちですが、コーティングは薄いですね。未知の装甲を持っている可能性が大きい」
トシムは、連絡艇の中でサンピエトロについてしゃべり続けていた。訪問もいくらか役に立ったろう。イワシューの器は量りかねるが、体制軍の不自由さは再認識させられた。
「ところで、あのシスティーナ・ハーネイは本物かね?」
「いいえ。頻繁に瞬きをするクセがありませんでしたし、もみあげも剃っていませんでした。公式記録では一五歳当時で一七七センチですが、彼女はそれより明らかに小さく、二一歳にしては若すぎる。意図がまったく不明です」
エスハイネルは淡々と述べるのだが、案外ヌケているようだ。イワシューは、内輪の事情からニセモノを本物に仕立てたに違いない。それほど似ているにも関わらず、ニセモノが誰なのか見当がつかないのが、気がかりである。
そして、白石美希がバイロイトにいることを知っていながら、ベーゼンドルクを沈めようとしなかったという謎。あれほどの大火力であれば、不可能ではないはず。内紛で艦の機能が一〇〇パーセント出せないのかもしれない。
もう一つ、ミシェル・サイなるサイキック・ソルジャーを同席させる際に敵将が「敵が多い」と言った意味も、結局分からずじまいであった。
タケオンとエミアール。二つも邪魔が入っては、それらを確かめる術も無し。シリンの通信システムは完全に旧世代の代物だ。こちらとて、ガス帯の中では大戦艦オルセーとの連絡はつかない。戦線が拡大しないうちに、ベーゼンドルクだけでもガス濃度の低い宙域に逃れてワープしようではないか。
コラム 三枚目のモナリザ事件
西暦二〇四四年、ルーブル美術館で起こったモナリザ盗難騒動は、「三枚目のモナリザ事件」として知られている。事件が発覚したのは、三月二〇日午前一一時過ぎのことである。この時、既に開館日は月に五日間のみとなっており、その日は六日ぶりの開館日だった。展示室で数人の観客が騒いでいるので警備員が駆けつけてみると、二枚の絵画に異変が起こっていた。モナリザが、三メートルほど離れて二枚展示されていたのである。
一見したところ二枚は同一であり、早速その真贋が鑑定されることになった。しかし、いかなる方法を用いても、二枚は全く同一という結果しか出なかった。以来、二枚とも贋作で本物は盗難にあったのではないかと言われ始める。すなわち、三枚目のモナリザ探しである。結局、それも見つからず三年余りが過ぎたある日、事件は思わぬ展開を見せる。
ルーブル美術館は全収蔵品のデジタル化を進めていたが、問題のモナリザはそのデータから復元されたものと判明したのである。一枚は本物、もう一枚は複製。複製には非公開のマイクロパターンが埋め込まれており、一件落着となった。
とはいえ、この事件によって美術品の信頼が大きく揺らいだことは間違いない。ただ、この時期、美術市場は衰退し始めており、大きなスキャンダルとはならなかった。
次第に省みられなくなった美術品は、その後、地球上から多数持ち去られることになる。歴史を持たないチェスキーで好まれ、今日シリン人の所有となった所以である。ラリベラも同様に歴史を持たないが、ラリベラの繁栄した時代には、余計なものを運べるほど宇宙航行に余裕が無かったのである。
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