第九章 Σ(シグマ)対Λ(ラムダ)

   1


 第一級戦時フル実装で一億二二〇〇万トンに達した戦艦サンピエトロでは、出港準備と要塞イグラレーロから積み込まれた装備の点検に追われていた。とはいえ、このところの強行軍に比べれば余裕がある。現に、この第一艦橋の提督府は、出航一時間前までは平時シフトの四人体制なのだ。

「ギラギラした人でしたね」

 ハンディコンソールで撮影したエミアール・クラウザー元帥を再生しながら、ミシェル・サイ少佐がため息をついた。

 肩まである金髪は綺麗だったが、顔立ちは平凡で中肉中背。派手さは微塵も無いが、一度見たら忘れられぬ迫力があった。部屋から出てきたのをパッと見ただけで、うちの広報担当もそれを感じ取ったのだろう。

「こんな眼をした人が、昔いたわ」

 昔というほど歳か? と軽いツッコミを入れようとしたフランツ・リライト・イワシュー准将だったが、彼女の真剣さに一瞬ためらった。

「ナスターシャ・ニジンスカヤ=コルサコワ中将。一五年前には猛将と恐れられていたわ。枯れてしまうのよ、こういうタイプの人は」

 乗員名簿によればミシェルは一九歳のはずだが、一万人の中にはワケありの乗員もいるだろう。

 あの品のある落ち着いた貴婦人の過去。戦闘記録なら、手元のコンソールから検索すれば済む。イワシューもすぐに試してみて、無意味さを知った。任官から今日まで、彼女はまんべんなく戦果をあげ、どこで転機が訪れたのかは推測できない。エミアールも、貴婦人のように枯れるというのか? そもそも、枯れるとは何を指すのか?

 アルマ・パイン准将率いる第二主力艦隊機動部隊が、ワープに入った。二七六隻からなる大艦隊だ。この工程には三〇分以上を要する。エミアール・クラウザー元帥の大戦艦エルミタージュも、ワープしていった。

 こちらは、ワープ能力が彼らの倍近い。現地で合流するには三日後の出航でも間に合う。

 主砲たる一二〇〇ミリ高圧震動砲は、巡洋艦の艦体に匹敵する巨大な四連装砲塔に搭載され、それが艦の上下左右に一八基装備されている。その一門が通常戦艦の艦首砲に等しい火力を持ち、最短発射間隔は一〇分の一未満である。つまり、サンピエトロの実質的戦力は通常戦艦七二〇隻分にあたるわけだ。パインの艦隊の二、三倍と言い換えてもいい。そのことだけでも、ラムダ因子云々と奇怪な噂が出ようというものだ。

 気分を切り替え、モニタ表示も切り替え、艦内の様子を見てみよう。

 外部艦艇のリモートを指揮する第三艦橋、艦隊を指揮する第四艦橋にも、オペレータが入っている。艦首右舷左舷格納庫、中翼右舷左舷格納庫、いずれでも無数の艦載機が整備中である。四基のメインエンジン、八基の斥力リアクター、八基のメインジャイロ、いずれも正常。四門の艦首二・六次元震動砲、一八基の主砲塔、四八〇基の副砲塔、一六〇門のミサイル発射管、すべて正常。八系統の統括システム、ワープ通信基点設備、及びワープ通信送受信設備、電波通信設備も正常。

 暇つぶしにしても、艦内全域のチェックなど限りが無い。

「提督。落ち着かないのですね。大丈夫。コムザーク元帥はシリン政策最優先ですから」

 上からものを言われているという違和感より、的確な指摘だと関心する方が勝った。

 そういえば、元帥はチェスキー星系の出身だった。地球型惑星のサンサダールではなく、木星型惑星ギノックスの衛星ソーソップで生まれ育ったと聞く。先日のプロセルピーナで、サンサダールなど焼き払ってしまえとジェグナン大将を叱咤した背景には、チェスキーのローカルな事情があったのかもしれない。

 退屈な旅路が、また始まる。


   2


 四部屋一二〇平米からなる提督私用ブロックは、第一艦橋最下層予備フロアからさらに一五〇メートル下、三番主砲塔の後方に位置する。イワシューは、そのメインルームのソファーで眠気に誘われているところだった。

 渦陽星へ到着して九日目。戦艦サンピエトロは、惑星の公転面から大きく外れた虚無の空間で、待機を強いられていた。パインやエミアールは厳しいペースでワープを繰り返して二日前に到着したが、水面下の交渉を続けているようだ。

 ソファーに置いたハンディコンソールが、激しく鳴った。

「提督。プロセルピーナ本部から連絡です。至急、第三艦橋まで来てください!」

 第一艦橋の間違えではないかとハンディを見直したが、間違いではない。

 このブロックを出て風圧シューターに入ったら、右舷中翼ホールまでは四〇秒。ここで人工重力の方向が九〇度変わる。第三艦橋へは扉二枚だ。

「何をやっている、こんなところで!」

 一万人の頂点に立つ提督は、入室するなりライトグレーの無頼漢の襟首を掴んだ。フレデリック・ベールマン少佐。エンジニアではないが、艦の設備に詳しい彼がかり出されるのは不自然なことではなかった。

 六〇座のコンソールはすべて埋め尽くされ、ライトグレーの士官の他、ブルーの軍服のオペレータやグリーンの軍服の技術下士官が、ざっと一〇〇人以上ひしめいている。そんな彼らが、一斉に振り向いた。

 左奥のコンソールから、一人のダークグレーが立ち上がった。ワイジェロ・マンスース少佐である。

「提督。オルフェウス付近で、戦艦グレイブルが攻撃を受けているとのことです。今、発見したのですが、BRガス弾が撃ち込まれていて、乗員の生存は絶望的です」

 ハーネイ少将はいないというのに、元猛将の貴婦人が何も出来ぬうちに死んだのか?

「艦隊は?」

「ワープで全艦離脱。二光年後方で待機中です。敵が星図を手に入れる気なら、グレイブルでしょう」

 子供たちだけで星図をルーブル等へ転送できる可能性は低い。が、あの巨大戦艦が無傷で奪われるとなれば、一大事だ。艦隊が退いたのは懸命な判断だろう。

「やはり、ルーブルからのリモートを警戒して手動操縦になっていたようです。グレイブルのシステムにアクセス出来ましたが、こちらのリモートを拒否しています。生存者は依然確認出来ません」

 マンスースが、刻々と変化する状況を伝えてくる。ここの連中は仕事が速い。

 地球圏からもオルフェウスからも何千光年も離れているが、このサンピエトロが体制軍最高の設備を持っているのは確かなことだ。

 不意に、メインパネルが切り替わった。影が薄いので一瞬誰かと思ったが、参謀のジャック・オロールド中佐だった。

「提督、大変です。第一艦橋へ来てください。エルミタージュが、南極の艦隊から攻撃を受けています」

 シフトの違いから一度しか面識が無いが、艦長のカイゼル・リンゼル大佐も第一艦橋にいるはずだ。四〇男が二人揃って、頼りない。一五歳以上年長の部下を育てる気にもなれない。

「アルマ・パイン准将に指示を仰げ。それ以外は、君が判断すればいい。権限を与えてるはずだ」

 決して本心ではないが、イワシューはそう言ってでも面倒から解放される必要があった。

「あっちの艦隊に要請しろ。グレイブルに乗り込んで、こちらへ直接リモート接続させろとな」

「敵の制宙権の中では、グレイブルからの支援無しで接舷は無理との回答が……」

 直接の上官ではないと思って、ナメられたか。ワープ通信基点機能を持つ本艦ならば、一万光年を隔てても数秒のタイムラグでリモート操縦できる。

 それにしても、一〇〇〇人以上の乗員が、一人残らず毒ガスにやられることなどあるだろうか? パイロットや格納庫作業員の船外作業服を通すほど、BRガスは微細ではない。

 部屋の前と右隅で、同時に声が上がった。前からの報告は、グレイブルの自動操縦がオンになり本艦からリモート接続が掛かったというものであり、右の騒ぎはミシェル・サイ少佐が倒れたというものだった。

 グレイブルから見えている灰色のオルフェウス全景が、映像として入ってきた。しかし、艦内外のカメラはセキュリティ保護のためか切られたままだ。これでは乗員たちの様子は不明だし、艦の損傷具合もデータを信じるしかない。それでも、操作系統がこちらに移ったのは幸いだ。騒ぎも徐々に静まってきた。これから指示を出すイワシューにとっては、好ましい。

「只今より、この第三艦橋を戦艦グレイブルの第一艦橋とする。総務局編成部は、運航に必要な人員を手配しろ。一時間後にオルフェウス攻略を開始する。グレイブルの艦長には、私が就任する。以上だ」


   3


 正確な距離、五九九一光年と七兆一四六六万キロメートル。正確なタイムラグ、片道三・七七秒。ルーブルのテスト航行で、ワープ通信を使った駆逐艦の遠隔操作試験が行われたとの記録があるが、実戦では初めてのケースである。本艦の設備がルーブルと同じとは限らないのだし。

 第三艦橋の六〇座のコンソールに六〇人が座し、この室内だけが第一戦闘配置という異様な事態となった。

 イワシューは後部中央の指揮コンソールを占有し、右隣にマンスース、左隣にしばらく休んでいたミシェル・サイ、艦内リモートの責任者としてベールマン、休憩中の操舵士の他に操艦要員としてレキシコンの三人も来ている。

 一〇〇〇万トン級の巨艦を操るには、少人数に過ぎる。戦闘に入れば、膨大な火器とタイムラグの都合上、自動に頼らざるを得ない。

 ベールマンがキー操作を終え、振り向いた。

「艦長。自動迎撃システム、セット完了。試射しますか?」

「試射などするか。リモートが働いているとバレるようなことは、一切やるな」

 ベールマンは薄笑いを浮かべながら、正面を向いた。重要な指示の忘れを皮肉ったつもりだろう。次は、オペレータの素直な報告だ。

「戦艦、巡洋艦、空母、多数接近中。六分後に自動迎撃が始まりますが?」

「構わん。やらせておけ。BRガス弾でダメージを受けたのだ。自動になっていても不自然じゃない」

 むしろ、相手を油断させるには好都合。迎撃パターンの隙を突かれたところで、その先は無い。訓練を積んだ兵士でさえ、グレイブルへ乗り移るのが難しいと拒否するのだ。素人の子供たちに、そんな芸当が出来るはずもない。よしんば中に入られても、自爆させてしまえば良いのだ。星図の流出も防げるし、仲間を見殺しにするわけでもない。超大型艦一隻の犠牲で、政府もそろそろバカげた戦略を省みることだろう。

 オルフェウスの深刻な損傷により、遺伝子コードと生活記録の入手ではなく子供たち本人の拉致が、ナスターシャ・ニジンスカヤ=コルサコワ中将の任務となった。それが不可能となった今、残された道は一つ。オルフェウスそのものの破壊である。

「艦長。私たちの腕なら、敵をかいくぐってオルフェウスの前へ出られます」

 見透かしたように、ソーケツが航路図と操艦データを示してきた。四つ目の仮面で表情は隠されているが、イワシューは憎しみに満ちているように感じた。養母を殺されたからではない、もっと深い憎しみである。

 トッド・リライト、キンバリー・アルフ・イワシュー、ドナルド・マクルール・イワシューという三人の歴史上の天才の子孫として育ったフランツ・リライト・イワシューには、オルフェウスの子供たちとソーケツいやニキ・バックヤールの苦悩を、微力ながらも想像できるのである。

 子供たちを殺す道を選ぶか。それも良いだろう。

「分かった。操縦を任せよう。射程範囲に入り次第、次元震動砲を発射する」

 あたかも、パズルであった。敵の動きを予想しながら、グレイブルの進路を決めていく。すでに交戦も始まっており、受けているダメージも大まかに想定する。

 右舷、上舷、下舷、左舷。傍目には意味不明な、ソーケツのジャイロ操作。ボンが時折、あらぬ方向へ砲撃する。キャロが一〇秒後の敵の進路を読み上げていく。

 タイムラグを経て送られてくる映像には、敵をかわし、敵を撃破する様子が刻まれている。死の巨艦が舞うには、あまりに美しい戦場だ。

「射程距離まで四秒!」

「次元震動砲発射! 目標、オルフェウス!」

 オペレータの報告に間髪入れず、イワシューは叫んだ。

「外れた?」

 誰からか、私語が漏れた。

 ルーブルが、直前に次元震動砲を発射したのだ。射程距離は同じなので、グレイブルまでは届かない。しかし、次元断層をつくってこちらの砲撃を外すには十分である。人が乗っていたら、目の前から突然オルフェウスが消滅し、即座に異変に気づいていたろう。

 リモート操縦がバレていたのか? 一〇〇〇人もの命を乗せた巨艦が、あのようなアクロバット飛行で突っ込んでくるわけがない。モニカ・サーブルかカール・ライスフィールドがそこまで洞察したのなら、褒めてやろう。

 苦し紛れにルーブル最強の兵器を使っただけなら、偶然の戦果。シグマ因子を宿す不沈艦らしい。

「リモート切断。二発目の次元震動砲で、グレイブル本体が撃破されたようです。残念ですが」

 マンスースの声は沈んでいたが、すぐさまコンソールのスイッチを切ったところは職業軍人らしい割り切り方だ。それが合図となって、次々にコンソールのスイッチが切られていく。誰もが、早く立ち去りたいのだろう。彼ら仮の基準乗務員が所属する第一主力艦隊では、こんな過酷な戦闘は稀なのである。

 終わってみて、イワシューの中に一つの疑問が沸いてきた。貴婦人は、ジェイス・エイメルス中将の報告書に目を通さなかったのだろうか? クリーヴランド条約の通用しない相手だ。核兵器も生物化学兵器も、あるものは何でも使ってくる。いかなる戦術で挑み、敗北していったのかは、戦史の永遠の謎となるだろう。謎が、オルフェウスに神格化につながらないことを祈るのみである。


   4


 イワシューが第一艦橋へ戻ったのは、交代時間より三〇分少々前であった。その判断は、当たっていた。サンピエトロの周囲には、肉眼で見えるほどの密集体形で友軍艦隊が集結し、身動きの取れない状態になっているではないか。

 この時間帯の責任者たるジャック・オロールド中佐は、右手で薄い髪をかき乱しながら、左手だけでコンソールを早打ちしている。

「どういうことだ。重力シールドを掛けているのか? アルマ・パイン准将はどうした?」

「空母アントワープは、艦隊を半分連れてベーゼンドルクを包囲中ですが、形勢は良くありません。こちらは、未知のビショップ級に翻弄されている状態です」

 オロールドの副官から一通りの説明は受けたが、イワシューとしてはコンソールから細かい戦況をチェックしておく必要を感じた。

 なるほど、ガズミク艦はこの二隻だけか。援軍が来ないうちに、手を打たなければならない。エミアール元帥の情報網を信じるなら、大戦艦オルセーを含んだ三隻の中に白石美希が幽閉されている。最もシンプルなのは、三隻とも葬り去ってしまうことだ。

 シリン南北統一への大きな障害とあらば、小さな犠牲である。と、緊急体制政府は考えるに違いない。サンピエトロがここへ来たということは、そういうことだ。

「主星と伴星を結ぶガス帯へ、ビショップ級を追いつめろ! 話はそれからだ」

 その一言を境に、指揮権がイワシューへ移った。オロールドは「すみません」とだけ告げ、中央の提督席から歩き去った。

 話はそれから。とは、提督自身に向けた言葉であった。戦術とは、予め用意しておくものではない。コンソール上でいかに優れた戦術であっても、実戦では愚鈍極まる敵に負けるかもしれない。戦局の変化とともに、有効な戦術は違ってくる。その素早い転換が、愚か者には行き当たりばったりの無策に見える。やりきれないことだが、形式ばかり立派な戦術に固執して戦局を悪化させることを思えば、仕方がない。

 ガス帯の濃度を計測する。あそこに入り込めば外部からのワープアウトは無いし、火器の射程距離も半減する。そもそも、気流の強さから狙いもつけられない。互いに身動き取れない状態となるが、どちらがより困るかといえば、敵の方である。機動性を奪われれば、しょせんは一隻。こちらの物量をもって動きを封じるのは容易い。

 問題は、相手がバカではないらしいこと。我々が第一番惑星の内側まで追い込まれたのが、その証明である。サンピエトロは、次元震動砲はおろか主砲も撃てない。渦陽星へ多大な影響を及ぼし、潤いの大地を滅亡に導くやもしれないからだ。ガズミクのビショップ級をも遥かに上回る火力は、強すぎる孤独である。それが仇となり、今はただバカでかいだけの凡庸な存在に成り果てている。

「オルフェウス付近へ展開していた無人探索機の記録が、転送されてきました」

 いつの間にか艦橋に入っていたマンスースが、嫌な報告をしてきた。珍しく気の利いた解釈が付け加えられていたが、喜べるものではなかった。

「ルーブルはオルフェウス上空にいました。他の艦隊の動きも考慮すると、ひと月前の三倍はまともな乗員がいたと考えられます」

 コンソールの操作ぐらい二、三日あれば覚えられるが、それは教育者あっての話。システィーナ・ハーネイ少将の他に教育チームが協力したとしても、艦の運航やリモートについて一通り教えることが出来ただろうか? それも、戦闘の最中にである。その後、ハーネイ少将は死に、教育チームは地球圏へ引き上げた。あの時以上に戦えるわけがないのである。

「記録は本部へも送られたな。こちらからは余計な解釈をつけるなよ」

 この戦闘記録の意味を理解する者は、本部にはいないだろう。

「エミアール・クラウザー元帥より入電。『白石美希は、ガズミク艦バイロイトに乗艦中。ガズミク本星へ向かう模様』。提督、どうしますか?」

 マンスースはえらく慌てた様子だが、信用できる情報だと思い込んでいるのか? そんな保証はどこにも無いが、エミアールとて我々に大役を任せている。こちらもリスクを負うのが筋というものか。目の前の謎のビショップ級の呼び名が決まって便利にはなった。

「賭けに出よう。本艦が単艦でベーゼンドルクを急襲する。その間に、パイン准将にはこちらへ回ってもらう。全艦隊で包囲すれば、バイロイトも動けないだろう」

 その指示が伝わる前に、イヤな報告が入った。オルフェウスのメイポック中心部から、音楽が聞こえてきたという。何か、古い形式の曲らしい。地表の都市は壊滅したと思われたが、まだ機能している場所があったことになる。

「解析させろ。報告は戦闘の後でいい」

 嫌な予感はするが、我々には目の前の戦闘の方が重要である。

 上部フロアのメインパネルに、アルマ・パイン准将の顔が大写しになった。艦橋からではないらしい。

「動きが読まれているわ。アントワープは落ちるかもしれない。今、指揮系統は艦首のサブに移して、交代要員を艦載機に乗せているところ」

 マルオ・モリノ大佐が来ているとすれば、デルハーゲン・タイプの攻略法は心得ているだろう。ならば、術中にはまったと見せかけて仕掛けるのも手か。作戦の詳細は、言葉での説明よりコンソールへ送られてきたものを見た方が早い。

 無人の脱出カプセルを放出するだけで、かのヨロメーグがペテンにかかるものだろうか?

 まあいい。こちらの動きに従って、二隻のビショップ級が思惑通りの進路に乗った。どちらが仕掛けるにしても、あと三時間はこのまま直進するしかない。連星ならではの気流をうまく味方につけた。


   5


 会議を始めるまでに、三〇分以上を浪費した。アントワープ、サンピエトロともに超大型。多数の乗員が艦内を移動するには難がある。こちらは、第三艦橋に管制員を集めるだけだが、あちらは総員退避以上に厄介な配置転換なのだ。要するに、グレイブルにやったようにアントワープをリモート操縦しようというのである。

 イワシューは、準備が整うまで第一艦橋で暇を潰さねばならなかった。イライラする気分は、待たされたからではない。フレデリック・ベールマン少佐が第三艦橋を指揮する事態になったせいである。彼はデルハーゲン・タイプを熟知しており、事実、空母アクトランドでの活躍は大いに話題になったほどだ。

「第三艦橋、全員配置につきました」

 固められた金髪の男が、パネルに映った。

「それから例の音楽。解析結果以外に報告が上がっていないので、私から一言。あれはアイーダの凱旋行進曲ですよ。ハーネイ少将が弾いてくれました。昔、卒業式の入場行進で流れたと言ってね」

 言われてみれば、オルフェウスでは新暦五五年の三月二五日。本来なら今日がエリートスクールの卒業式だった。凱旋行進曲という曲名に意図は無いのかもしれない。解析の結果、スクールに設置されているオルガンのソロで、録音されたものだと分かっている。ハーネイ少将が生きていて、今演奏しているのではないのだ。

 サンピエトロの第一、第三艦橋、アントワープの第一サブ、第二サブ艦橋の四元中継による会議は、滞りなく進んでいった。会議といっても、作戦の是非を論議したり、戦術を提案したりというのは、前世紀のやり方。乗員の中には未だにそんなイメージを持っている者もいるようだが、実際は二隻のシステム間の自動調整が会議時間の大半を占めている。

 我々の考えた作戦は、こうだ。まず、サンピエトロがベーゼンドルクに急襲する。と同時に、アントワープ率いる艦隊が離脱してバイロイト包囲に向かう。戦況にもよるが大半の艦載機を出し、バイロイトの動きを封じる。可能なら、内部に侵入して白石美希を奪取する。

 だが、アントワープが危険な状態となったら、カラの脱出カプセルを放出して降伏する。クリーヴランド条約により、ガズミクは降伏した敵兵を攻撃できない。バイロイトは周辺に漂う無数のカプセルのため、戦闘を停止せざるを得ない。サンピエトロとしても、カプセル回収の名目でベーゼンドルクとの休戦を提案する。

 勝利すれば良し。敗北してもこちらのダメージは最小限だし、相手を話し合いのテーブルにつかせられるかもしれない。

 気がかりなのは、エミアール・クラウザー元帥の大戦艦エルミタージュ。潤いの大地は、ここから遥か遠い。直接見るのは無理だし、むやみに無人探索機を出せば南極に我々の存在を知られかねない。今はエミアールとシュラン・テーツ大将の武運を信じるしかないのだ。

 第一艦橋の下のフロアが、にわかに緊張感を帯びてきた。

「ガス帯脱出まで、あと五分」

「補助エンジン出力上昇中」

「総員、対ショック準備。艦首から艦尾方向へ、4Gを越える圧力が二五分継続します!」

 モリノ大佐よ、いやヨロメーグよ、これが切り札だ。ルーブル・タイプが等加速度エンジンを装備していることを知っていたか? ガス帯を抜けてもなお濃厚な星間物質の中では、何人たりともワープは不可能。機動性という点では、揺れすら感じずジグザグ航行の行える等速度ジャイロが優れている。が、二五分間加速し続けた本艦の速度は、ベーゼンドルクの最大戦速の二倍に達するのだ。バイロイトがそれ以上の性能だとしても、追っては来れまい。

「メインノズル全開!」

 下部フロアで操舵士が叫ぶと、あちこちでうめき声がした。着席しているにも関わらず床に転倒する者さえ数名いた。あろうことか、物が床を転がってくる。それも五個や一〇個ではない。軍のオブジェクト・レス思想はどこへやら。艦橋に私物を持ち込むバカはいないだろうが、我々は高機動ジャイロに慣れすぎた。

 ドロッター大佐がいれば、気の利いたジョークでも出ているところだ。ジョークが無くても、イワシューはポケットに手を入れて笑っていた。

「艦橋に私物を持ち込んだバカは私だった」

 システィーナ・ハーネイの髪留めが、まだ入っていたのだ。

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