第八章 イグラレーロ

   1


 戦艦サンピエトロは、シリンとの中間点に到達した。浮遊要塞プロセルピーナを出航して六日目のことである。高速戦艦以上の巡航性能に、フランツ・リライト・イワシュー准将は苦々しさを感じていた。オルフェウスへ出撃した時、この艦さえあればもっといい結果が出せたろう。こんな突発的な出撃がありなら、あの時だって可能だったのではないか。コムザーク元帥は今回の任務も気になるらしく、特殊部隊レキシコンがまた乗艦している。

 広々した第一艦橋の下階のコンソールは、四分の一が埋まるのみ。不慣れな基準乗務員たちのはずだが、大きな問題も起こさず艦を運航させている。この提督府とて療養に入ったアルフレッド・ドロッター大佐を欠くものの、他のダークグレーはいつものメンバーである。

 なにも、好んで副官席を空けておくことはない。別の時間帯に提督府を統括しているキャシー・ベリーズ大佐やジャック・オロールド中佐のシフトを変更してもいいのだ。ところが、今はそこにライトグレーが座っている。

 これもコムザーク元帥の意向で、広報担当のミシェル・サイ少佐が入ったのだ。全艦隊の旗艦となる体制軍最大最強のサンピエトロを広告塔とし、地球圏の市民に向けて戦闘の実況中継を行うというのである。観艦式といい、中継といい、相次ぐ軍の失態のカムフラージュだろう。

 先ほどから、ミシェルがぎこちなくスイッチ操作を繰り返している。三つ並んだモニタにビッシリ表示されたカラフルな文字や記号を凝視したかと思うと、手元のキートップの文字が頻繁に変わるので、目的のキーがなかなか押せない様子。

「下のコンソールとは、全く別物なんですね。何が何だか正直……」

「ここには艦隊の全情報が上がってくるから、普段は映像を表示しないんだ。キー配列も、モードによって配置が替わる」

 提督府で新人研修でもなかろうが、こうした会話は気が安らぐ。もう二時間もすれば、中間補給基地だ。少々忙しくなる。

「提督。浮遊要塞イグラレーロ確認しました。ですが……妙なんです」

 後ろの席から、ワイジェロ・マンスース少佐の頼りない声がした。提督府に入るにはまだ若い一九歳。デルハーゲンで八ヶ月キャリアを積んだはずだが、まだ半人前のようだ。

 新人研修を切り上げ、イワシューは手元のコンソールにデータと映像を出した。オルフェウスへの中間補給基地ルアールジュとはまるで違う、プロセルピーナに近いほどの巨大要塞である。全長は一〇〇キロメートルを軽く超えるようだ。

 おまけに、周囲には一〇〇隻以上の体制軍艦隊が漂っている。緑色のデルハーゲンは、五番艦アントワープ。つまりは、第二主力艦隊の機動部隊がまるごとこんなところへ遠征していたわけだ。敵がビショップ級を出しているとはいえ、なぜ、この大艦隊を温存しているのか? そもそも、巨大要塞と機動部隊の目的は?

「イグラレーロ経由で、コムザーク元帥からの指示です。『サンピエトロはシリンへ向かわず、イグラレーロ外周に留まって艦隊の防衛にあたるように』」

 マンスース少佐は、言い終えると別の仕事に移った。イワシューが振り返ったことにも気づいていない。やはり、相棒がいないと思索は進まない。

 軍は、シリン侵略を企んでいるのか? それにしては、戦力があまりに小さい。シリンには我々の一個主力艦隊に匹敵する大艦隊があるはずだ。

「提督。港の中で発見しました。識別コードをラインラントに偽装していますが、シリンの大型戦艦パッサカリアというタイプです」

 報告はマンスースからだが、イグラレーロの基幹システムに接続してこれを探し出したのは、下部フロアのオペレータである。この迅速さなら実戦も期待できそうだが、この任務が終わればルーブルの元乗員と総入れ換えとなる。不条理な人事だ。

 まずは、シリン艦の素性について問いたださねばなるまい。

「イグラレーロに入港を申請しろ」

「しかし、提督。外周に留まるよう指示が」

 マンスースが余計な口を挟んでくる。反論は結構だが、今のは時間の浪費にしかならない。

「点検が必要だと言えばいい。就航すれば全軍の旗艦になるのだ。我々を軽んじることはあっても、この艦は大事にするはずだ」


   2


 もったいつけやがる。一時間二〇分の返答待ちの末、あと三時間待てという。どのみち待機だ。中で待っても外で待っても同じだ。

「第四艦橋で暴動発生! 総員第三戦闘配置、治安部は暴動の鎮圧にあたるように」

 第二艦橋発の唐突なアナウンスが、艦内全域に伝わった。

 イワシューたちも、第一艦橋でそれを聞いた。どの艦橋もすべての機能を持つが、平常時は艦体を挟んでこの真下にある第二艦橋が艦内を統括している。艦内の事故や事件に、提督が干渉するものではない。が、気にはなる。第四艦橋は艦隊を統括する部署。単艦行動の今はさしたる意味を持たないはずだ。

「乗員同士の乱闘騒ぎです。例の特殊部隊が、仮面を取るの取らないのという話で」

 深刻そうにマンスースが報告してきたので、提督は苛立った。

「仮面がどうしたというんだ。くだらんことを」

「くだらなくもないんです。キャロとボンは仮面を取ったのですが、ソーケツは断固として拒否を。それで、誰かが強引に仮面をはぎ取って……」

 子供のケンカか。いいかげんにしろ、と話を終わらせようとしたのだが、隣席のミシェルが身を乗り出して聞き入っている。

「その先は、治安部の報告待ちでして……」

「カタがついたら、ソーケツを一〇三談話室へ呼べ。営巣入りなら連絡をくれ。こちらから行く」

 簡潔に指示を終えると、イワシューは立ち上がった。提督がシフト通りの四交代とはいかない。休める時に休んでおくことが必要だ。そんな時に限って、引き止められる。

「提督。もう、カタがついたようです。映像、ハンディの方で確認してください」

 何だか知らないが、マンスースも有事には冷静な対応ができるようだ。

 イワシューは、ポケットからハンディコンソールを出した。軍服はライトグレーだが、肩まであるプラチナブロンドと丸顔に鋭い目。二週間前に看取ったはずのシスティーナ・ハーネイ少将が、幼さを残した一四歳当時の姿で甦ったのだ。

 貴婦人の言葉がよぎる。仮面の少女ソーケツの正体は、ニジンスカヤ=コルサコワ中将の養女ニキ・バックヤール。素顔を見せたがらない理由とは、これだったのだ。事情を知らない乗員たちが動揺するのも、無理からぬこと。

 オルフェウス上陸作戦のルーブル艦内で、ソーケツとシスティーナが入れ替わった可能性を、イワシュー自身まじめに考えてしまう。意識しなかったが、ソーケツの身長も一七〇センチほどはあった。成長して縮むわけはないが、数年前のハーネイ少将が一七五センチあったという方が錯覚なのかもしれない。

「よろしい。私が尋問しよう。ハーネイ少将と面識のある者を全員招集しろ」

 とは言ったものの、現在の基準乗務員は第一主力艦隊所属。イワシュー以下提督府メンバーは第二主力艦隊所属。ハーネイ少将は任官からオルフェウス派遣までの間、第三主力艦隊にいた。これでは接点が無い。

 彼女がクローンだとすれば遺伝子コードは同じだが、指紋や声紋から別人と証明できる。ただ、ハーネイ少将のデータが捏造だと疑われれば、そこまでなのだ。


   3


 ミシェル・サイを伴って、イワシューは第四艦橋へ降りた。銃を構えた治安部の兵士が一〇人余りと、ハーネイ少将の知人を自称する数人が、部屋の隅に並んでいた。問題の人物は中央のコンソールに静かに座っており、キャロとボン、問題を起こした兵士らは別室だという。

「彼らには、帰ってもらっていいでしょう」

 最初に、部隊のリーダーだというボビー・アリドウス大尉から、自称知人たちが役に立たなかったことが報告された。皆、何度か見かけた程度で、野次馬根性から名乗り出たようだ。

「私は、帰るつもりはないよ」

 グリーンとブルーの軍服の下士官の中にライトグレーが一人いるとは気になっていた。バサッとした金髪が丁寧に固められて印象が変わったが、フレデリック・ベールマン少佐であるようだ。ハーネイ少将のかつての部下というより、イワシューは高級士官学校の同期生として記憶していた。

「君やランディ・ムークが一四期生の出世頭なら、私はその対局にあるようだ」

「私怨かね?」

 アリドウスの太い腕が、一歩出ようとしたベールマンを制した。

「君だって、マーク・カール・ヴィンソン大将が内勤になった途端に転落が始まったじゃないか。恨みなど無いさ」

「私には、後ろ盾など必要ない。任務を遂行するだけだ」

 昔のライバルに「ほほう」と相づちを打たれ、出世頭の二六歳は近くのコンソールを蹴り飛ばした。そして、無礼な少佐の胸ぐらを掴んで放り投げた。

 筋肉質の一八四センチも、イワシューの前では子供同然だ。マッチョという形容は誰もしないだろう細長い体には、周囲が目を丸くするほどのパワーが秘められている。

 ベールマンはゴロッと床を転がった後、肘や膝を押さえながらゆっくり立ち上がった。

「あの頃はムークがいたから、こうはいかなかったよな。お前、今ならムークにも勝つぜ。アングロ・サクソンのボンボンが、バカどもの尻ぬぐいばかりでいい加減嫌気がさしてるんだろ?」

 イワシューは、暴言に返答する気など無かった。それでも、殺気だった気分は隠せないようだ。ミシェルは後ずさりして下を向いてしまい、ソーケツは不機嫌そうにプラチナブロンドを振り乱した。

「ニキ・バックヤールだね。母上から聞いている」

「なら、私が拘束される理由はありませんね」

 四つ目の仮面など被っているから、ややこしくなるのだ。顔を出していれば、似ているというだけで済んでいたはずだ。

「一つ聞きたいことがある。ルーブルで何があった?」

「モニカ・サーブルとアスカ・キリエには、指示通り賦活剤を投与しました。システィーナ・ハーネイには……、これも指示通りです」

 コムザーク元帥の指示通りという意味か? かたや賦活剤で二、三年は寿命が伸び、かたや……。

 提督は再び悔いた。あの時よく考えれば、体制軍本部がもう一度討伐軍を出すと読めたはずだ。モニカの唐突な体調悪化やアスカの興奮状態が、賦活剤の副作用だとなぜ気づけなかったか。

 ソーケツ、ベールマン、治安部の猛者たちが、それぞれ間を置いて第四艦橋を出ていった。

「提督。ベールマン少佐とソーケツ少佐の間に、何かあるのでは? そんな気がします」

 ことの顛末を見て、ミシェル・サイが発したのは意外な感想だった。

「そういうものか?」

「そういうものですよ」

 感情で動いているのなら、恐れることはない。かつてのベールマンは、今や無きアクトランドの管制室長として機動戦場戦法を編み出した逸材。仮面剥ぎ取り事件の裏に企みがあるとすれば、要注意である。

「広報担当として、ぜひともこの一件を本部へ伝えて欲しいものだな」

 イワシューに作為は無かったが、ミシェルは目を丸くした。

「そうですか。分かりました」

「もうすぐ入港する時刻だ。また同行願おう。コムザーク元帥が知っておくべきことが、待っているだろうからな」


   4


 イグラレーロの内部は、強いて言うならプロセルピーナに似ていた。プロセルピーナといっても、あれは規模が大きすぎて全貌を知る者はいないだろう。宇宙港の構造と港町、都市を結ぶリニア路線等が、同じ雰囲気を持っていたというだけの話である。

 イワシューは、ワイジェロ・マンスース少佐、ボビー・アリドウス大尉、ミシェル・サイ少佐ら十数名の部下を引き連れ、大要塞の司令部へ上った。

 エントランスは、すでにダークグレーの集団に陣取られていた。要塞周囲に浮かんでいた艦隊の提督府の連中であることは、メンバーから容易に判った。その中央から大柄な中年女性が立ち上がり、早足で歩いてきた。第二主力艦隊機動部隊提督。空母アントワープに乗艦していたのだろう。イワシューは任官当時の上官に、思わず敬礼した。

「アルマ・パイン准将。こんな場所に参謀をほとんど集めてしまって、どうしたのです?」

「最近は、提督府の人間に全員ダークグレーを着せるでしょ」

 パインは細い目をいっそう細めた。

 なるほど。やけに人数が多いと思ったが、提督府全員ではないらしい。よく見ると少佐、中佐の階級章ばかりだ。半分は、別動艦隊の提督府というわけだな。

「楽園があるのよ。シリン……潤いの大地と言ったかしら。あそこは人の住める状態じゃないから、別の星系で惑星の軌道変更と環境改造をね」

「シリンではなく、我々が?」

 パインの目がまた細くなった。

「というより、軍が三〇年ぐらい前から実験してたのよ。惑星の軌道変更さえ実用化されれば、移民先だって爆発的に増えるでしょ。お陰で、完成間近の逸品をシリンにも提供出来るってわけ」

 サンピエトロの任務とは、その楽園の守護、または破壊するという脅し?

「ガズミクの介入で作戦は流動的だけど、私の下についてもらうわ。不本意でしょうけど、不沈艦を沈めようなんていう無茶はごめんだから。システィーナのような柔軟性が、あなたにもあればいいのだけど」

「ハーネイ少将は死んだのですよ。私はこうして生きています」

 今まで無関心そうだった後ろのダークグレーたちが、一斉にこちらを見た。と、同時にパインが口を押さえた。この人は相変わらずだ。

 ダークグレーたちの会話から、オルフェウスの反逆自体知らなかったらしいと分かった。パインおばさんは、振り返って「後で話すから」と一喝して部下を黙らせた。部下よりこちらへ伝えたいことがあるらしい。

「あなたは、ラムダ因子のことは聞いてる?」

「シグマの次はラムダですか? シグマ因子でルーブルが不沈艦になったという話も、プロパガンダでしょう」

 彼女は声をひそめ、顔を近づけてきた。それでも足りないと思ったか、背伸びをして耳打ちしてきた。

 ラムダ因子とは、ひとたび出撃したら殺戮を行わなければ帰還できない宿命だという。大昔の妖刀村正の例もある。その刀を抜いたなら、人を斬らねば鞘には納まらない。確か、一五〇年ほど前の論文でその理論は証明されていた。そして、ラムダ因子を持つ艦は戦艦グレイブルとサンピエトロの二隻であると。

 イワシューはハンディコンソールを取り出し、グレイブルの戦績を調べた。ほぼ同型のザイドリッツに比べ戦闘は遥かに多く、出撃のたびに敵を撃破している。現在は貴婦人に率いられ、オルフェウスへ向かっていると出た。中間点の三裂星雲へ到達するにはまだ数日かかるだろう。

 ハンディを覗いていたパインおばさんが、それを見て青ざめた。

「なんてこと! ナスターシャはもう戻って来れないわ」

 ルーブルへの恐怖心は理解できないでもない。先日のオルフェウスでは自爆の危機すら回避したのだ。指揮官も亡く、事実上戦闘不能のルーブルがなおも生き残るとすれば、討伐軍に不測の事態が起こり任務を果たせなくなる可能性が高い。グレイブルが本当に妖艦なら、不測の事態といっても計画変更等ではない血塗られたものとなる。

 ほとんど同時に、イワシューとパインのハンディコンソールが信号音を発した。どちらも、ノースシリンの大戦艦エルミタージュが、イグラレーロ付近にワープアウトしてきたことを伝えていた。流麗な艦体はオレンジと黄色のツートンで塗装され、艦尾の方にストライプと水玉の模様が見えた。化学シールドの副産物ではあるまい。奇妙だ。


   5


 奥の部屋のドアが開き、二人の提督の名が呼ばれた。

 第二主力艦隊第二遊動艦隊提督。つい一月前までの肩書きが懐かしいイワシューである。オルフェウスへの旅路の最中、艦隊は壊滅的な被害を受け、行動を共にしていた第一遊動艦隊は旗艦と提督を失ってしまった。ガズミクの太陽系前線基地ハンニバルを攻略するどころか、土星域への攻撃すら難しくなった。

 部屋で待っていたのは、ポール・アジュワイト大将である。ライバルといわれるエド・ジェグナン大将のがっしりした体とは対照的だ。筋肉のほとんどない軍人らしからぬ風体。数年後には、いずれかが体制軍のトップに立つことになる。

 他に見知らぬダークグレーが数名と、政府高官らしき数名、さらに、地味だが風変わりなデザインのスーツを着た数名が、大きなテーブルを囲むように座っていた。シリン人だろうか?

 イワシューはパインとともにダークグレーの末席に座った。

「状況に変化があったらしいわね。待たされた挙句追い返された方が、気が楽だった」

 パインの独り言に軽く相づちを打ったものの、イワシューとしては逆の考えであった。

 スーツ姿の真ん中が、ノースシリンのエミアール・クラウザー元帥だという。照明とパーマの加減か、金髪の細かいウェイブが輝いている。密集した長いまつげの奥のギラギラした眼光は、人を威圧するに十分なものだ。彼女は、アクセントは強いが明快な近代英語でしゃべりだした。ラリベラ時代の古い表現も見られる。

「簡潔に申しましょう。ルザンナを討ってください。今、我々が二つに割れては、南極につけ込まれます。地球圏やガズミクを相手にするより、厄介なことですから」

 地球圏すなわちザロモン体制は、第二次移民の指導者の末裔である白石美希をシリン女王として擁立して、南北統一国家を樹立する方針なのだという。

 エミアールの妹ルザンナが、それに反対する派閥を形成したのは三年前のこと。互いに武力衝突は避けてきたものの、つい先日、突如ガズミクが介入。女王拉致事件が起こったというのである。

「まだ正式な女王ではありませんが、すでに南北で周知のことなのです」

 なるほど、それはよろしくない。敵の敵は味方とすれば、ルザンナが南極に取り込まれるかもしれず、南極とガズミクが手を結ぶ恐れさえある。

 大戦艦オルセーとやらの資料は使者から得たが、二隻の超大型ガズミク艦への対抗策は問題である。一隻は、ヨロメーグ将軍が乗艦するベーゼンドルクという新鋭ビショップ級。もう一隻はそれに匹敵する規模の未確認艦。

「新惑星から帰還させたエルミタージュとともに行動してください」

 シリン艦は航続力に劣ると思い込んでいたが、新惑星開拓の特別仕様で体制軍の通常艦艇程度のワープ機関を持っているという。

 エミアール指揮のエルミタージュと現地での北軍艦隊が、彼らの戦力。こちらは、停泊中の艦隊の八割を出す。提督はアルマ・パイン准将。旗艦はアントワープ。戦局がどう変わるか予測がつかないため、大型空母グルーメン三隻と大型戦艦ラインラント二隻に提督府を分割乗務させる。イワシューのサンピエトロは、あくまでパインの下で活動する。

 超々大型戦艦(八〇〇)/一、超大型空母(六〇〇)/一、大型空母(二〇〇)/三、中型空母(八〇)/二一、大型戦艦/二、中型戦艦/一〇、巡洋艦/八四、駆逐艦/一五五。※括弧内は軍用艦載機数。

 堂々たる大機動部隊だ。

 野性的な顔立ちの青年が入室してきた。スーツからシリン人だと分かった。栗色の髪は大昔のリーゼントヘアーで奇妙な雰囲気を醸し出しているが、ピリピリした殺気は文化の壁を越えて伝わってくる。

「エルミタージュ艦長、シュラン・テーツ大将です」

 彼はそう名乗って末席に座ったまま、最期までしゃべらなかった。エルミタージュがどれほどの艦かは知らないが、艦長の階級が大将とはただごとではない。

「ルザンナが南極へ上ることがあったら、因果というものね」

 会議が終わってエミアールが立ち上がる時、ボソッともらした。シリン第一公用語のバルト語らしい。その前後にも言葉があったが、イワシューの古い時代の言語の知識で理解できたのはそこだけだった。

 部屋を出る前から、シリン人たちは大声でしゃべりだし、肩を叩き合って笑った。文化の違いだろうか? これで将校というのだから、士気も知れたものだ。


   コラム  グリモワール(中央議会)とノルブリンカ(宝物苑)


 第二次緊急体制政府の本部は、オーストラリアのケアンズにある中央議会だ。グリモワールの語源は「魔術書」であり、文字通り魔術による行政を実現した人工知能を差していた。実態は前世紀の企業、大学、研究機関の集大成ともいえる超科学で、常人には理解不能なため魔術という比喩が使われた。

 そのグリモワールとは、現在、浮遊要塞プロセルピーナを管理している知性体ヒステリアとほぼ同じだと考えられている。グリモワールは当初北アマゾン砂漠に設置されていたが現在行方不明で、木星軌道まで運ばれてヒステリアになったという説もある。

 これを運用したのが秘密結社ザロモンであり、地球圏支配の礎はグリモワールによって築かれたといって過言ではない。

 地球圏が(第一次)緊急体制政府との戦争に敗北した後、ザロモン統治下ながら中央議会による民主政治が復活。議会は上院、中院、下院の三院制で、それぞれ地球域(地球・月・宇宙ステーション)、太陽系域(各惑星・衛星・浮遊要塞)、近隣恒星系域(ラリベラ・チェスキー含む、太陽系から半径数十光年の恒星系)からの代表者、各二五六名で構成される。それでも、中央議会はグリモワールと呼ばれ続けている。

 ガズミク本国で中央議会にあたるのが宝物苑だ。二一世紀後半、四〇年間に渡って続けられた「サラス(地球)の解体」と呼ばれる大規模な遺跡発掘プロジェクトの最中、チベットのポタラ宮の地下からある宝物が持ち去られた。どういう経緯かそれがラリベラに渡り、第一次移民とともに牧陽星(パストラール・サン)へ旅することになった。ラリベラ成立の経緯から、宝物は骨董品の類ではないとする見方が大勢を占める。

 宝物苑は、皇帝を議長とする貴院と、怪人ギィ、聖人リー、賢人フー、軍人マーの四超人が交代で議長を務める衆院からなる。貴院は常任のメンバーズエリート(約二〇名)と、軍属から選出の計一〇〇名。衆院は士官以上の軍人から選出の一〇〇名から成る。ガズミクは軍事政権であり、一般人は存在せず「軍人」と「軍属」に二分される。皇帝の存在から独裁政権と思われがちだが、実際は民主主義なのだ。ただ、軍事的には上官に絶対服従のため、民主主義は議会の中に限定される。

 シリンは、さらに複雑である。南極ドームではバーメンウィッヒ公爵家が最大の有力者だが、国家元首ではない。北極ドームは無政府状態で、サブロール・スクルーチン、エミアール・クラウザー両元帥が長らく覇権を争っている。尚、国名の「シリン」は意味も起源も不明だが、自然に広まっていった。その成り立ちがシリン人の自由な気質に合うとされ、統一後の国名として決定している。

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