第七章 渦陽星(ワールプール・サン)
1
渦陽星の名は、ヨロメーグも今回初めて聞いた。太陽系から四七九九光年の距離にあるこの青色巨星は旧知のものだが、移民可能とされるスペクトル型からかけ離れ、○陽星の愛称とは無縁と思われた。
見てみろ。渦陽星とはうまい命名ではないか。伴星から主星へ流れ込むガス帯が、星を渦巻き状に見せている。これが、シリンの太陽だというのか……。
強烈な太陽風を電磁シールではじき飛ばしながら、戦艦ベーゼンドルクは彷徨う。その艦橋中央の席で、ヨロメーグはあまりの気味悪さに部下への指示をしばし忘れた。
渦陽星を公転する潤いの大地(ジオ・ネプチューン)に、シリンはある。海すらない不毛の大地。ガス惑星のごとく、両極と赤道では自転周期が異なる。その中間には岩石のうごめく流帯がある。都市は密閉されたドーム状だが、両極にしか住むことは出来ない。自転軸は公転面に対して大きく傾き、南極は昼ばかり、北極は夜ばかりである。
「黄金時代を築いた人々が、どうしてこんな場所へ?」
トシム士官の問いは、上官に向けられたものではなかったが、ヨロメーグは返答に窮した。
荷物に余裕など無いはずの移民船に、世界中の有名美術品や名器と呼ばれる楽器を積み込んだというエピソードは、ザロモン体制の創作ではないようだ。芸術を愛する人々? それだけで説明がつくとは思えない。移民時のサイコ・テロが真実なら、地球圏との確執は致命的なものだったに違いない。
「ガス帯の中に戦艦バイロイト発見! 国籍不明の艦隊と交戦中です」
相手は全長数百メートルで、どれも海洋生物を思わせる。艦の上下は不明だが、あの過酷な惑星では初めから着陸を考慮しない設計なのもうなずける。
バイロイトとえいばベーゼンドルクと平行して建造された最新鋭ビショップ級戦艦。第二機甲師団のメンバーズエリート・タケオンの手に渡ったと聞く。設計者が違うため、決戦とあらばガズミクの二大エンジニア対決にもなる。エンジニアでもあるトシム士官などは、興味津々であろう。
タケオンはエスハイネル同様に事務屋の印象が強いが、いきなりの前線とあって駆け引きを間違えたか。
いらついたのか、エンチャーが立ち上がった。
「閣下、バイロイトの形勢は不利のようです。援軍を送りましょうか?」
「艦載機は出さない。不確定要素が多すぎる。タケオンとてバカではないだろう」
恩を売らないことを、予めヨロメーグは決めていた。それに、現段階では囮としてシリン艦隊の砲撃を受けている可能性もある。彼らの分隊が、潤いの大地へ降下しているのかもしれない。
「北極ドーム南西部に大気流出を確認。国籍不明機が交戦中。シリン南北戦争のようです」
オペレータの報告に、艦橋じゅうが色めき立った。中でもエンチャーのはしゃぎようは、あからさまだった
「混乱に乗じてドームへ侵入しましょう。自分が指揮をとります」
「待て。タケオンが仕掛けたのだろう。我々はお宝が出てくるまで高みの見物と行こう。エンチャー士官は、上空一〇万キロに部隊を展開させておけ」
小柄で俊敏な男は、略式で敬礼すると艦橋を走って出ていった。
ヨロメーグ自身にもお宝の正体は分からないのだが、あのタケオンがリスクを冒すくらいの価値があるに違いない。
極小の無人偵察機から、次々映像が送られてきている。直径一〇〇キロを超える巨大ドームの中は照明が疎らだ。彼らは暗闇に慣れているのか?
シリンの艦載機が数機、ドームの亀裂から侵入していく。人体をかたどった格闘機だが、体制軍のアスロックより一回り小さい。わが軍のザブルと比較すれば半分以下だ。機動性は高いが有人だろうか?
無人偵察機もドーム内へ侵入し始めた。町並みというより工場群といった方がいい。それが、どこまでも続いている。人影がないのは警報かなにかのせいか?
「わが軍のザブル、二機発見! ドームから出てくるところです」
それは、シリンの格闘機数機から追撃を受けていた。
「エンチャー士官、ザブルを確保せよ。シリンには目をくれるな」
指示を出した時点で、ヨロメーグは手応えを感じた。淡いパステルカラーをまとった流麗な艦艇たちが、接近しつつあったからだ。二方の追っ手を振りきってバイロイトまで戻るのは困難。となると連中は、シリンより我々に捕まった方が安全という判断をするに違いない。
「シリン艦より、エネルギー弾来ます。回避不能!」
次の瞬間、艦橋内は揺れ、何人かが声をあげた。まれにみる混乱である。最初の報告まで一分近く要したほどだ。
「区画二二三、二二六、二二八損傷!」
射程距離がこれほど長いとは。それも、電磁シールドを破る大火力。シリンを侮ったか。
ヨロメーグも、声が大きくなる。
「ザブル確保急げ! 収容次第、ワープだ。準備急げ」
「閣下。すでにワープ準備完了しています。損傷区画も今閉鎖し終えました」
ひとり悠然として、テラッジ艦長の低音の声が響いた。
2
戦艦ベーゼンドルクは、ワープで潤いの大地を遠く離れた。確保した二機のザブルが、サブ格納庫へ上がってくる。そこでは、エンチャー士官らが出迎える準備を整えていた。ヨロメーグたちは、艦橋のモニタからその様子を眺めることにした。
一機目から、ミラ・ソドムス、マノン・リリエルと名乗る二人の女性下士官が降りてきた。年長のソドムスが上官らしく、先にリリエルが降りてヘルメットを外した。長い金髪がこぼれ落ち、彼女がその前髪をかき分けると真っ白な肌と大きな青い目が現れた。
「ほほう。メンバーズエリートかと思ったぜ」
トシムが思わず私語をもらしたのもうなずける。下士官が生体改造を受けているはずもないが、滅多にない美しさである。メンバーズエリートとて、こうはならない。続いてソドムスも降りてきたが、容姿の方は記憶に残りそうもない。彼女たちの任務は、二機目の援護であるという。
その二機目からは、ヨロメーグの知った二人が降りてきた。小柄で粗野な振る舞いから、ヘルメットを取る前から察しはついた。ブルックリーバー将軍だ。もう一人は、髪の短い少年。生体改造を受けたメンバーズエリートのごとき美形である。ガズミクのエースパイロット、エスケス士官の顔はそのため印象深く、一度見たら忘れない。
美少年が再びコックピットへ戻って、少女の手を引いて出てきた。彼女だけパイロットスーツではないガズミク人らしからぬ服装に、ヘルメットだけかぶっていた。美少年がそれを取ってやると、サラリとした栗色の髪が現れた。大きな目も栗色で、真っ白い肌をしている。
状況から考えて、あのドームから連れてきたようだが、どういう素性か?
エンチャー士官からの報告は予想どおりであった。
「閣下、これ以上は五人とも黙秘すると言っていますが」
「それぞれ丁重にもてなしておけ。ただし、肩入れはするな。君は感情を出しすぎるきらいがある」
モニタに向かって、ブルックリーバー将軍が歩いてきた。ガニ股が品性に欠ける。
「ヨロメーグ。皇帝陛下の勅命である。早く我々をタケオンに引き渡せ」
メンバーズエリートに向かって、口の利き方も知らぬ。注意してもよかったが、ヨロメーグもタケオンも一〇年前は彼直属の部下であった。
「何を企んでいるか知らないが、エスハイネル士官は本艦に乗艦しているのだぞ」
経歴ばかり長い将軍の顔は歪んだが、屈服ではなく不快感の表現にすぎなかった。
陛下の勅命かどうかは知らぬ。この宙域でタケオンが最高位にあるのは、ガズミク人には常識のこと。体制軍のように、階級が同じだから互角というのはあり得ない。例えば、同じ将軍でもテラッジはブルックリーバーに一切逆らえないのだ。ヨロメーグも、タケオンから要求があれば拒むことは出来ない。
三年、いや二年あれば、立場は逆転しているのだが……。
「よろしい。黙秘の件は容認しよう。タケオンには無傷で引き渡す。軍規どおりにな」
ヨロメーグは格納庫へのモニタを切り、トシム士官を席へ呼んだ。
「ザブルの運用記録を調べて、探索機に行動をトレースさせろ。それから、エンチャーには確保したザブルをスタンバイさせておくよう伝えておけ」
「了解しました。確保したヤツを、ですね」
トシムは、忙しそうにコンソールを操作し始めた。
タケオンめ、たった数日で北極の連中と何の密約を交わしたか。南北戦争にとらわれてはならぬ。北極の内紛につけ込んだか、あるいは体よく利用されたかのどちらかだろう。栗毛の少女が何者でどれほどの利用価値があるのかを、早く知りたいものだ。
「戦艦バイロイト、いつの間にか急速接近中です」
「いつの間にかとはどういうことだ!」
トシムは怠慢オペレータを叱咤したが、報告は事実としか言いようがない。バイロイトが光点として見えた直後には、真横に並ばれていた。
深緑のベーゼンドルクに、褐色のバイロイト。設計者が違っても、大きさや形状は似たものになる。ただ、あちらの方が通常空間での機動性が格段に高いらしい。
メインパネルに、ニヤけた軟派男の顔が投影された。
「やあ、ヨロメーグ。取引に応じようじゃないか」
取引? 捕虜を受け渡せと命令すれば済むことを、何の企みか。
「時間が無いので、用件だけにするよ。ガズミク標準時二一時一九分、六番惑星付近で北極の要人と面談する。君も参加したまえ」
「それは命令でしょうか?」
タケオンは鼻で笑ってから答えた。
「都合のいいように解釈したまえ」
「ご命令とあらば、従いましょう」
3
潤いの大地の一つ内側を公転する惑星アベルスア。周囲には渦陽星から流れ出たガスが漂う。複雑な軌道ゆえに寒暖の差が激しい死の世界だ。それでも、電磁シールドをまとった宇宙船を持つ人類にとっては、天然の要塞として重宝する。シリンの将兵で知らぬ者のない難所、アベルスア・ラバード(高圧気流帯)である。
ヨロメーグはトシム士官を伴い、戦艦バイロイトへ乗艦していた。連れてきた捕虜は栗毛の少女のみ。他の四人はベーゼンドルクに残してある。本当は少女一人を残したかったが、そうもいくまい。
「中の様子はずいぶん違うな。白い艦橋というのを初めて見た」
タケオンへの関心よりバイロイトへのそれが勝っているような発言は、ヨロメーグ自身意図したものではなかった。トシムも高い天井を見上げたままである。この造形美はシリン人好みに違いない。
中央席のクセ毛の男が立ち上がった。
「ヨロメーグ閣下、ワカーリン将軍です。今は本艦の艦長をしております」
直属の部下だった時代は操艦技術に優れた操舵士であったが、このような高機動艦では、テラッジのような視野の広さより技巧こそ求められよう。
「超大型艦、下舷より接近中。オルセーです。本艦への接舷を要求しています」
「僕は信用ないのかな。まあ、好きにさせてあげなさい」
困惑顔のオペレータに、タケオンも同じ表情で答えた。こういうところに、ヤツの得体のしれなさを感じる。感情を出さないように心がけているのか、それとも感情を持たないのか?
連絡艇を出さず艦同士を接触させて乗り移るのは、戦闘が起こらないように注意する相手に使う手段。あくまでガズミク流解釈だが、シリン人とて同じ意図だろう。
先ほど発見した数種より格段に大きな戦艦が、バイロイトの真横へ停まった。その艦体は扁平で極端に細長い艦首を持ち、全長はこちらより若干長い。真っ黒、いや、光の加減で真っ白にも見える。一種の化学シールドか。カバーのついた大口径砲が三門ずつ二列。その間に離発着甲板らしきスペースがある。裏側は滑らかで一般的な三連装砲塔が並んでいる。
接舷に手間どい、使者をバイロイトの貴賓室へ案内するのに一時間半を要した。ヨロメーグがタケオンとともに入室すると、派手な軍服の二人がソファーでリラックスしていた。
オレンジ色の長い髪をカールさせた鋭い目の女性が、立ち上がって右手を差し出した。
「ノースシリン大戦艦オルセー艦長、ルザンナ・クラウザー中佐です。エミアール・クラウザー元帥の妹ということわりは、必要ないでしょう」
次に、やせ形のインテリ風の若者が、右手を差し出した。
「ピョートル・イヴァイチ・モトローです。第四席参謀、つまり北軍で四番目の権限を持つ者と思ってください」
「異国人相手と思って、好き勝手なことを」
ギラギラして見えた女性が、無邪気そうに笑った。
ノースシリンは、彼らの言い分によれば南極ドームから追い出された人々による寄せ集め国家だ。軍隊も国家のカラーを反映するものだろう。
この場は、タケオンとルザンナの交渉。ヨロメーグは、自称北極のナンバー四とともに一歩引いて見守ることにした。自動翻訳はうまく機能しているようだが、互いの言語が未知のままで話し合いとは、我々も焦ったものだ。
「ラリベラの民が、今ごろ何を干渉しようというのです?」
「我々はガズミク人です。今の地球圏をご存じですか? ラリベラをリベラルのアナグラムかという始末で、すべてはもう昔の話になりました」
ザロモン支配体制には触れず、タケオンもしたたかなものだ。
「エチオピアのラリベラ王の精神を受け継いで、ロス一五四星系に理想郷を築こうとしたのですね。それも地球圏の陰謀で潰され、実りの大地(ジオ・サターン)へ」
「半分正解ですが、あなた方のように地球圏から逃げたわけではありませんよ。今でも、地球圏の動きを警戒しているのですか?」
回りくどいぞ、タケオン。と、身を乗り出したヨロメーグだが、ルザンナも駆け引きは得意らしい。すぐに座り直すはめになった。
「お連れは気が短いようで。それとも、邪魔が入る心あたりでも?」
そう。体制軍もバカばかりではあるまい。将兵の質はともかく監視システムは立派な出来だ。長距離巡航艦の類でなく、戦力になるものを送ってくるのなら、まだ数日の猶予はある。怖いのは、連中がすでにシリンを手なづけているかもしれないことだ。不覚にも交渉相手につけ込まれるところであった。タケオンの助け船も嫌みたらしい。
「ヨロメーグ、君は有能すぎるのだよ。僕のように頭の悪い人間は、他力本願が信条でね」
「では、作戦はすべて我々の方で」
ルザンナは目を光らせ、モトローはさらに鋭い眼光を放った。
「結構ですとも。僕らは援護に専念したいと思っていたところです」
タケオンの横顔は穏やかなままで、相手の変化を見逃したのではないかと不安ですらある。
4
ヨロメーグは、ルザンナとともに大戦艦オルセーへ入った。モトローはバイロイトに残っている。栗毛の少女とトシムもバイロイトに残してきた。大昔の政略結婚でもあるまいに、互いに人質を取った形で不自由になった。
オルセー艦内は、ガズミクや体制軍と違った雰囲気を醸し出している。床は大理石調(大理石そのものか?)、壁はテラコッタ調(テラコッタではないのか?)。そんなホールを抜け、えんじ色の分厚い絨毯敷きの廊下を進んでいくと、薄暗い円形の広間へ出た。コンソールが数十基並び、その半分に兵士が座っている。
「ここが第一艦橋です。その辺におかけになって」
ルザンナが右手で指し示したコンソールは、指揮官用ではない普通のものだ。ヨロメーグは抗議しようと辺りを見回したが、指揮官が座る場所は見当がつかないのだ。
「おお」っと、声が上がった。すると、女性たちが艦橋の一角へ集まり、ヒソヒソ話し始めた。
「背がお高いのですね」
「お綺麗ですのね」
その中の二人が声をかけてきて、フフフと笑った。自動翻訳が不調なのか、意図が不明である。
チェスキーの黄金時代より、現在のシリンは文明が低下したか。それとも、医学をもてあそぶ悪習から逃れるほど、彼らは進歩したのか。
「顔と体は、メンバーズエリートの看板ですから。元々の私では、お嬢さん方の関心を引くこともなかったでしょうな」
「ラリベラの民の時代まで遡っても、我々とあなた方との接点はほとんど無いのです。あなたはエイリアンなのですよ」
褒め言葉とは思えないが、苦笑するにとどめて、席につかせてもらおう。
ルザンナも隣の普通のコンソールへ座った。
「南極かぶれと笑われますが、姉の趣味ですから仕方ありません。今日はもう演奏は無いですが、あればかえって耳障りでしょう」
彼女の視線が、少し先のフロア下へ動いた。コンソール無しの座席だけが、五〇以上横長に並んでいる。オーケストラ・ボックスだとすると、「演奏」とは比喩を誤って翻訳したわけではないようだ。
「白石美希には自覚があります。行き先がガズミクに変わったとしても、やり遂げてくれるはずです」
白石美希? 唐突な話題だ。栗毛の少女の名か。確か、第二次移民の指導者が白石太陽といった。彼女はその末裔か?
「事情が飲み込めませんが」
ヨロメーグの聞き方が素朴だと笑って、ルザンナは簡単な歴史を説明してくれた。
移民は、白石太陽を長とする一隻の巨大移民船サルタンによって行われた。その前に、バーメンウィッヒ博士率いる巨大工作船コンポジションが出航しており、潤いの大地のテラフォーミング(環境改造)が行われることになっていた。
ところが、その惑星の環境はザンメル(集合)観測機のデータからの予測より遥かに劣悪であった。一〇年に及ぶ環境改造は困難を極め、八万の乗員の三割を失った末、南北の極点にドーム都市を築くのが精一杯だったのだ。そこへ、移民船が到着する。その時点で、互いの衝突は必然といえた。
工作船の五万六〇〇〇人は常春の南極ドームに陣取り、バーメンウィッヒ博士は公爵を名乗って中世風の城を構えた。要人たちも皆広大な土地を独占し、思い思いの城を建てていった。それ以外の乗員は、ドーム外壁付近や城と城に挟まれた谷底に高層集合住宅を建て、狭いながらも生活空間を手に入れた。
移民船の二億七七〇〇万人は、その二割が辛うじて極寒の北極ドームへ降りることが叶ったが、南極の庶民よりさらに狭い家に住むしかない。残りの八割は、移民船で潤いの大地を周回し続けることになる。
北極から南極への合法、違法の移住。工作船の改造、宇宙戦艦建造という南極の武装化。人海戦術による北極の外惑星開拓と工業化。それらは間もなく、南北戦争へ発展する……。
それから数十年。キーパーソンの白石美希を中心に、シリン南北統一計画が進んでいるという。
「シリンという国名がいつどこから出てきたのか、誰にも分かりません。南極からとも北極からとも。それがかえっていいのでしょう」
感慨深げに、ルザンナは結んだ。
移民船団の中で帝政が布かれ、識者らが発案し貴族委員会で選定された国名「ガズミク」とは、成り立ちがえらく違う。
「それで、私は何をしたらいい?」
ヨロメーグは、任官以来最も面白い作戦を予感していた。内容はともかく、エミアール・クラウザーの妹とやら、組んだことのないタイプである。
5
さきほど艦橋で声を掛けられた女性に案内され、ヨロメーグは一等士官室と称される部屋に入った。人工重力が張られているとはいえ、棚に並べられた陶磁器は不安定な印象である。
シリンの科学力は決して高くないと聞いたが、バーニアやスラスターによる等加速度運動は捨て、斥力リアクターと高機動ジャイロによる等速度運動だけでこの巨大戦艦を運用するとは潔い。ジャイロの動作も滑らかで、艦橋でも一切の振動を感じなかった。
「さしずめ、これも姉の趣味ですかな」
「ええ。血の繋がらない姉君の。越境者ですから趣味も風変わりかと思えば、南極貴族そのもので」
彼女は口元を大げさに抑えて、フフフと笑った。ここの乗員は、噂好きらしい。
「政治犯ということでしょうか?」
「バーメンウィッヒ公爵の側室の娘として帝王学を修められ、軍事にも長けたお方。なまじ外交に利用するより、軍のトップとして戦っていただくのが北極の利益になります」
露骨すぎる。ヨロメーグは思わず「汚ねぇーな」と独語した。
「コールドフィーって、何ですの?」
うまく訳されなかったらしい。シリン人には汚いという概念が無いのか?
白い軍服の左胸ポケットに、古い英字風の装飾的な模様が見えた。階級章のようだが、一応聞いてみよう。
「ええ。兵長です」
「お若く見えますが、もう下士官でいらっしゃる」
彼女はニッコリ笑った。
体制軍とは違い、入隊時に下士官に任官するという形態もあるのか。
「君は何歳だね?」
「九歳になります」
ヨロメーグは耳を、ではなく自動翻訳を疑った。潤いの大地の一年は観測によると地球時間の約七年半に相当する。どちらにせよ、計算が合わない。
「驚かれたのですね。北極では八歳で成人です。これも成長ホルモンの投与と化学教育のたまもの。過酷な環境で生き抜くために、楽しい時間は短いのです」
シリン人たちの妙な無邪気は、子供時代を削られたせいらしい。
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