第二章 メッメドールに消ゆ

   1


 行軍は、かつてなく順調なものだった。ワープ距離を最大限に取っていくと、安全確認の不十分な宙域にワープアウトすることも出てくる。それでも、敵のいない宙域を進むのは気楽だった。

 フランツ・リライト・イワシュー准将率いる救援艦隊は、一隻の脱落もなく恒星ローベルエツから四兆キロメートルの宙域に次々ワープアウトした。三裂星雲の中間補給基地では十分な補給も叶い、寄せ集めとは思えぬ立派な艦隊に仕上がっていた。

「一種異様な光景だな」

 歩き回るほどのスペースもない高速戦艦ユライシンの艦橋に立ち、イワシューは正面の肉視窓から麾下の艦艇を見渡した。通常、地球圏では艦隊行動を取らない高速艦たち。それが、一六六隻もこんな場所に集まったのだ。

 ローベルエツと第二番惑星デアトールとのラグランジュ点L5、すなわちデアトール軌道上に人工惑星オルフェウスがある。この距離では、肉視窓から白い光点としてローベルエツが確認できるのみで、恒星系に入った実感の湧かない提督である。

 一六万トンといえば大型艦に分類される艦体だが、火力は五万トン級の巡洋艦と同等で、機動性はデルハーゲンにも劣る。艦隊の半分を占める空母とて状況は同じだ。大型空母の艦体に、たった四〇機の艦載機。それさえ今は搭載されていない。

 これは、ミイラ取りがミイラになるよう、敵に仕組まれた戦いである。大量生産の天才など恐れはしないが、システィーナ・ハーネイ少将だけは侮ってはならない。戦力で一〇〇倍上回っていたジェイス・エイメルス中将がこんな嫌な形で敗北した理由が、他にあり得ようか。

「全艦、短距離ワープ用チャージ完了しました。ワープアウトからまだ一三分ですが、いかがなさいます?」

 アルフレッド・ドロッター大佐も、一仕事終えたという顔で立ち上がった。もう重力に慣れてもいい頃だが、狭い艦内を移動しやすいように、ここでは1Gが掛けられている。足取りは相変わらず重そうだ。

 コンソールはあと四座あるが、残りの艦橋乗務員は休息中である。交代要員無しで三交代制を取ると、艦内を静寂が支配するのだ。今はどの部署も一人ないし無人。それが不安感を高まらせる。

「長距離用のチャージを指示しておけ。最大ワープ距離はこちらが圧倒的だ。こういう戦いでは、心理的な余裕が鍵を握る」

 小太りの男は軽くうなずいたものの、あからさまに不満を口にした。

「ただ、ここで足止めを食うのはいかがなものでしょう」

 恐らく、手の内は敵に読まれている。敵艦隊の場所も友軍艦隊の場所も不明。かといって、探索機を出せばこちらの存在を知られてしまう。敵艦は我々の艦である。戦術アルゴリズムが知られているばかりか、集中指揮システムを持つ旗艦ルーブルや二隻のデルハーゲンに、こちらの艦艇の操作系統が乗っ取られる恐れさえある。となると、オルフェウスを奇襲する以外に選択肢は無い。防衛線を張っているだろうが、他に有効な手は無いのだ。

 資料によると、オルフェウスの現時点の総人口は九九億一九〇〇万人。最終的に一〇〇〇億もの子供たちが住む計画だというが、「旅の時代」の頃に言われた「一〇〇億人の壁」を連想せずにはいられない。一つの天体に一〇〇億以上の人間が集まると、社会が不安定になって滅亡へ向かうという学説である。当時は根拠無しと一蹴されたが、現代では支持する声が強い。


   2


「君が来てくれたか。装備については、推して知るべしだが」

 手元のコンソールが点灯し、いかめしい顔が映ったのは、二〇分ほど経った頃である。イワシューは反射的に立ち上がり、敬礼をした。旗艦クラスの艦の艦橋では正面に大きなパネルがあるが、ここでは上官を見下すような姿勢になってしまった。

 まばらな白髪と長い髭のせいか、命運尽きかけたストレスのせいか、名将はデータより一〇歳以上老けて見える。

「エイメルス中将、ご無事でしたか。そちらの状況を……」

 スローモーションのように敬礼を返してきたのを見て、イワシューも続けていいものかと躊躇した。元気そうな第一声は、強がりだったのだろう。

 各艦の状況データはすでに通信回線から入ってきており、疲れ果てた兵士たちの様子も伝わってくる。乗員の三割に非常用コールドスリープ装置を使って、酸素や水の消費量を抑えるあたり、指揮系統が正常に機能しているのがうかがえる。

「いったい、何があったのです? 艦艇の七割を奪われるというのは、まことに考えにくいのですが」

 若い提督は、皮肉と取られないように配慮したつもりだった。それでも、隣席のドロッターは下を向いて笑いをかみ殺している。

「私の任務を知っているのかね?」

 と、上官がその困難さをアピールし始めたので、イワシューは出撃前に聞いた作戦概要を簡潔にまとめて答えた。

 オルフェウスは、大量の人間を一五年の寿命で回転させ、確率的に天才を生み出す実験施設である。ハーネイ少将を長とする教育チームはその子供たちを煽動して、ワープ可能な宇宙船を独自に建造した。非人道的な実験をザロモンに直訴すべく、地球へ向かうためである。また、連中は、天才と認定された四〇〇名の遺伝子コードと生活記録を、体制軍に渡すことも拒否した。その遺伝子コードと生活記録を入手した後、オルフェウスを破壊して一〇〇億の子供たちと教育チームを抹殺することが、彼の任務というわけだ。

 エイメルス中将はうなずきながら、若い提督の話が終わるのを待っていた。

「電磁シールドこそ破れなかったが、わが艦隊はオルフェウスの地殻プレートを全壊させ、約九一億人の処分に成功した」

 ダークグレーの軍服にふさわしい尊大なる解説は、ここで急にトーンが下がった。

「しかし、そこで突入した部隊が捕虜に取られた。我々は要求を飲まざるを得なくなったのだ。今にして思えば、要求を飲むべきではなかった」

 初老に見える男は激しい痛みに襲われたかのように顔を歪めたが、言葉は止まらなかった。

「奴らは難題を突きつけ、捕虜を殺していった。それも、一分に一人ずつだ。我々は判断力を失っていた」

「明らかなクリーヴランド条約違反ですね。ただし、相手が人間だとすればの話ですが」

 イワシューの指摘の的確さに、彼はうなり声をあげた。あの子供たちは人間とは見なされていない。だからこそ、今回のように合法的な大量処分も可能なのである。

 そう、こちらの行為も彼らの行為も、条約違反、軍規違反、殺人罪のどれにも当てはまらない。この戦いの過程で起こったことは、すべて事故の範疇なのだ。昔、人間とロボットとの戦いでは想定された事態だが、こんな形で突きつけられるとは、誰が予測したろうか?

「アロイス・バレル長官以下一四五九名の教育チームは、全員オルフェウスに監禁されている。その意味は分かるだろう?」

「子供たちの独断なら、誰も罪に問われない。ハーネイ少将らしいやり方です」

 疲れた中将は、呆れたように首を横に振った。

「そんな話はしていない。悲劇が繰り返されるということだ。歯止めが効かんのだからな」

 歯止め? いったい彼は、殺戮されている人々に何の良心を期待しているのだろう?

「周囲にワープアウト反応多数。グラン・ディマージュ、アクトランド確認!」

 会話を遮って、僚艦のオペレータの声がコンソール越しに響いてきた。

「彼らのスキルは、理論値以上には高いようだな」

「提督! 早く指示をください!」

 指揮官が感想以上のことを述べないので、その僚艦の艦長が声を荒げた。

 めんどくさそうに、ドロッターが通信機のスイッチをオンにした。

「ビエルコ少佐、静かにしたまえ。こちらのリモートに従っていればいい」

 全艦隊、ヘタをすれば敵の全艦隊へも叱咤の声が響いた。通信の暗号化より、原始的な合い言葉でも決めておいた方が、役に立ったろう。

 イワシューは頭を抱えてみせた。

「ドロッター大佐。一つ、君の間違いを指摘しておこう。こちらのではなく、あちらのリモートだ」

 コンソールの表示は、操作系統が敵に奪われたことを示していた。


   3


 一六六隻の高速戦艦、高速空母はその二倍以上の通常艦艇に囲まれたまま、恒星ローベルエツへと直進していた。もし、外部に観測者がいるとすれば、敵味方の境界が判別できないだろう。全艦隊は空母グラン・ディマージュからコントロールされているのだ。

 惑星デアトールにあるワープ通信基点の修復に向かっ別働隊も含め、分散配置したはずの艦艇が、すべて集められてしまった。

「こちらも、これほど密集体形にさせられると、マニュアルに切り替えて反撃に出るのは難しいですな」

「スキルが低いのは、こちらの方だったようだ」

 イワシューも反省せざるを得ないのだが、勝機が無いわけではない。

「四方六方囲まれたが、むしろ敵にとって不利な陣形だ。どこを狙っても味方に弾が当たるからな。連中は我々と交渉する気らしい」

「エイメルス中将が、もう少し気の利く方ならよかったのですが」

 副官の方はパチパチとコンソール表示を切り替えながら、首を横に大きく振っている。

 エイメルスの満員艦隊はといえば、酸素消費量を抑えるために戦闘配置も取らずに乗員の大半を寝かせている始末。勝ち目の無い戦いに懸命になって、死期を早める指揮官が優秀だとはいえないが、協力の申し出ぐらいあってもいい。

 リモートで操られるのを避けるには、操作系統をマニュアルにするしかない。単艦でも仕事が増えるのに、マニュアルで六〇〇隻の艦隊行動となれば、大量の人員が気力と体力を使う必要がある。動くに動けないのも道理というものか。

 真上に青、真下にこげ茶。二隻のデルハーゲン・タイプに艦隊が挟まれてることを、コンソール表示は伝えている。しかし、この高速戦艦ユライシンからは、敵、味方の艦艇で視界が遮られている。これでは、狙うに狙えない。

「提督。あの二隻はプロキシーなんじゃないですかね。つまり、本当の指示はどこかに潜んでいるルーブルから出ていて、デルハーゲンは中継点に過ぎない……」

「君もそう思うか。デルハーゲンだけでなく、ここにいる四〇〇隻はすべて無人。操艦出来る人間は、ほとんどいないはずだからな。ルーブル一隻に全員集めた方が効率的だ」

 効率的といっても、ルーブルの全システムが稼働し、熟練した管制員が九五〇のコンソールを埋めた状態での話である。乗員一万人の巨艦自体、少人数で動かせる代物ではない。となると、ルーブル本体は宇宙にはない。オルフェウスのドックに停泊しているとしか考えられないのだ。

「プラチナブロンドの美少女ですか?」

 と、見透かしたようにドロッターがニヤニヤしている。

 イワシューは、ポケットからハンディコンソールを取り出し、しばしば美少女と言われたシスティーナ・ハーネイの映像を再生してみせた。

「七年前の映像だ。まあ、誰でも知っているだろうがな」

 まだライトグレーの軍服だった自分の横に、肩の高さにも達するダークグレーの軍服の女性が立っている。同期の二人が、同時に中佐と准将へ昇進した日である。

 彼女は当時まだ一三歳。改めて見れば歳相応とも思えるが、あの時の印象はまるで違った。一七五センチはあろう長身にプラチナブロンドの髪を背中になびかせ、深く青い瞳はギラギラと輝いていた。

「この一年ぐらい後だな。ここへ飛ばされてきたのは……」

 イワシューとて、彼女の心情は察している。一〇〇億の子供から優秀な者を選別し、教育する。しかし、彼らは大人になることなく、卒業から一年で死んでいく。それが、隔絶された人工惑星で毎年繰り返されるのだ。気味の悪い日常ではないか。

 肉視窓から、迫ってくる鮮やかなエメラルドグリーンの球体が見える。第四番惑星メッメドール。あの色はメタンだろうか? 直径は木星に近いが、気流が無いのか縞模様は確認できない。まるで、平らな円盤のような奇妙な景観である。

「我々は、オルフェウスに足を踏み入れることさえ叶わぬようですな」

 小太りの男が立ち上がり、辛そうに屈伸運動を始めた。白兵戦があるとは思えないが、脱出時には体の自由度が明暗を分ける。

「いや、交渉はある」

「向こうは人員不足で、こういう攻撃を仕掛けてきたのではありませんか?」

 機動性に劣る我々の艦は、巨大惑星の重力圏では圧倒的に不利となる。いかにもハーネイ少将らしい手堅さではないか。

 ますます、エメラルドグリーンが近づいている。公転周期のせいだろう、オルフェウスもデアトールもローベルエツを挟んでほぼ反対側である。これほど距離があっては、巡航ミサイルさえ届かない。ワープで離脱するにも、艦隊が密集しすぎている。

 艦長席のコンソールが切り替わり、若い女性の姿が映し出された。イワシューは、それが誰かということより、バックの風景がルーブルの第一艦橋に違いないことに興味をそそられた。

 肩まであるストレートの黒髪に、長いまつ毛と黒目がちの目が印象的な女性。初めて見る顔である。色白だが、顔の造作はアジア系のようだ。上半身しか見えないが、軍服を着ていないことと、車椅子に座っていることは情報として価値があるだろう。

 これが地球圏での出来事なら、民間人ゆえに無重力下で筋力を低下させたと見るが、ここでは違う。彼女は寿命が尽きかけているのだ。

「モニカ・サーブルと申します。アルサック特別区の責任者です」

 声のトーンも高校生らしいが、彼女が教育チームのスタッフではなく、かの地で生み出された天才の一人だということは別の理由から分かった。この実験で、初めてIQが五〇〇を超えたという報告は昨年のこと。理論値とはいえ、人類最高の知性の持ち主の名を忘れるイワシューではない。

 忘れないといえば、ルーブルが、かつて第一艦橋に乗務したフランツ・リライト・イワシューの記録を残していないわけがなかった。

 カメラが右に移動し、細身の少年が映った。

「僕は、カール・ライスフィールド元帥だ」

 元気はいいが内容のない自己紹介の後、彼がパチンと指を鳴らするとカメラが別室に切り替わった。ルーブルの中央ホールである。そこで、大人たちがざっと一〇〇〇人、ごろごろと寝そべったり座ったりしている。

 カメラが、モニカのもとへ戻った。

「教育チームの方々です。お返しするには条件があります。直ちにこの実験を中止し、私たちに施した寿命制限遺伝子を正常に戻すことを要求します。要求が満たされない場合は、ザロモン体制に対し宣戦布告します」

 強い眼光が、若い提督をたじろがせた。言葉から怒りは感じられず、内容の方も幼稚だとさえ思えた。それでも、なぜか威圧されるのだ。はしゃいでいても鋭い目のままだったハーネイ少将ともまた違い、嫌な気分にさせられる。それにしても、ハーネイ少将はなぜ出てこない。


   4


「戦闘が行われている?」

「右舷の方か?」

 高速戦艦ユライシン艦橋の二人のオペレータの私語が、発端となった。

 その直後、高速空母マーボルト改七一番艦から、四機のアスロックが発進。続いて、高速戦艦ボナンザ一九番艦が主砲発射。さらに二秒後、同一八番艦が艦尾ミサイルを四基発射。

 敵艦隊では、大型戦艦ラインラント・タイプが大破。続いて、中型空母シディアが中破。そのすぐ前方では、三隻の中型戦艦シリウスが互いに衝突し、惑星メッメドールへと引き込まれていった。

 口火を切った味方の艦は、当然自発的に操作体系をマニュアルに切り替えての発砲であった。しかし、その後は敵の攻撃に対抗するため、または艦の衝突を避けるためのやむなきマニュアル操艦であった。

 肉眼で僚艦の艦形が判別できるほどの密集体形の中、各艦の操舵士の技量とそれ以上に運が明暗を分けた。

 イワシューは立ち上がったまま、ドロッターはフロアに座り込んだまま、三〇秒ほど無言であった。その長さはボイスレコーダーの記録から明らかだが、ドロッターは「いやあ、腰が抜けてね」と作り笑いをし、イワシューもそれをとがめられずにニヤニヤするだけだった。

「これほど混沌とした戦場も珍しいですな。事態はそろそろ収束したようで」

 小太りの男がようやく席に座り直すと、コンソールを操作し始めた。

 ユライシンが惨事に巻き込まれなかったのは、騒ぎの前方にいたからに過ぎなかった。騒動の張本人たちに自覚は無さそうだが、叱咤しても萎縮するだけで効果はない。

 そのオペレータの一人が深刻そうな表情に変わった。

「提督、大変です。特殊部隊の格闘機が三機発進しました。インバルガスではなく、アスロックで出たとのことです」

「どういうことだ」

 若い提督は、コンソールのテーブルを勢いよく叩いた。

「インバルガスではオルフェウスまで飛べないので、アスロックを巡航装備で出したとのことです」

 指揮官として、主要兵器のスペックは承知している。問いただしたいのは、命令を無視してアスロックを載せたことと、今出撃したことについての理由である。

 特殊部隊の名はレキシコンといったな。メンバーはボン、キャロ、ソーケツの戦闘員三名に、今回は一八名の支援要員。三名の方はいずれもコードネームで、人種、年齢、性別も不詳。リーダーのソーケツは四つ目と噂される。中間補給基地ででも、面談の機会があれば良かったのだが……。

「提督。中央突破しかありません。ご覧になったでしょう」

「君こそ、見ただろう」

 腹心の部下は、今さっきの混乱で敵の動きが悪かったことを言っている。それより、エメラルドグリーンの雲海へ吸い込まれた十数隻こそ、我々にとっての現実なのだ。

 イワシューは、手を伸ばせば届く距離に座る乗員たちから、無言のプレッシャーを感じた。艦橋といっても、ライトグレーの軍服は艦長のみ。あとはブルー二人とグリーン二人。第一戦闘配置だから、これでフルメンバーである。この少人数を掌握出来ないようでは、艦隊の指揮など不可能というものだ。

「レキシコンのアスロック三機確認。密集体形の外へ出て、オルフェウスへ直進していきます。最大戦速です」

 デルハーゲンを落とそうとしないあたり、バカではなさそうだ。イワシューは、決断が遅れた気がしてイライラしたが、最初の発砲から六分しか経っていない。

「彼らに任務を伝えろ。オルフェウスに着き次第、ルーブルを発見せよ。可能ならルーブルに潜入し、操作系統を破壊せよ。それから、エイメルス中将にも伝えろ。半数でこっちの敵を掃討、残りでレキシコンを援護させろ。六時間以内にカタをつけると言ってやれ」

「第二戦闘配置でいい。交代要員は待機させずに眠らせたままでいいと付け加えてな。それと、レキシコンの方には、後方にインバルガスをスタンバイさせるとな」

 イワシューの早口の指示と、間髪入れぬドロッターの補足。これで、いつもの調子に戻った。この強引な戦術で、数十隻の友軍艦隊と数千人の乗員を失うのは確実だが、敵にイニシアティブを取られるよりは良さそうである。

 はたして、何隻メッメドールの重力圏から逃れることが出来るのか……。


   コラム ガズミク成立


 第一次移民は西暦二一〇五年から〇七年にかけて、ラリベラ星(いて座ロス一五四)系から約三七〇〇光年離れた牧陽星(パストラール・サン)系の惑星・実りの大地(ジオ・サターン)へ向け旅立っていった。総勢一億八〇〇〇万人が七〇〇隻余りの移民船に分乗し、四〇年の長旅に賭けたのだ。

 当時のワープ技術は低く、一回一・二三光年の跳躍を五日毎に行っていた。事故により途中で脱落した船も少なくない。船団は出航時期によって概ね六つに分断されていたが、ワープ通信により互いの状況は把握していたという。

 二〇年ほど経った頃、地球への帰還を望む一派が反乱を起こした。中間点を越えると帰還が難しくなるため、止むなく二隻の移民船が帰還希望者に割り当てられた。しかし、一隻目は別れのセレモニーの最中、爆破されてしまう。それは粛正目的の陰謀であり、旅を続けるしかなくなった二隻目の搭乗員がその恐怖を後世に伝えた。この反乱を期に、専制国家ガズミクが誕生したのである。

 もう一つ、ガズミクには隠蔽された歴史がある。地球圏からは星雲の陰になっていた領域や、等級が低く未発見だった恒星等は、旅の途中で新たに観測が行われた。移民可能な惑星の発見もあった。地球圏から約五四〇〇光年という遠距離ながら、環境はどの惑星よりも地球に近い。二〇〇万人が、その新天地へと進路を変えることになった。

 後に「ラドルシア」となる彼らの旅が終わったのは、二一八〇年。つい二〇年前のことである。このことは、地球圏はおろかガズミク人のほとんどが知らない。

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