第一章 最初の失策

   1


「それで戦闘不能になったというのだな。バカバカしい」

 フランツ・リライト・イワシュー准将は艦橋のデスクを蹴るほど激高したが、敗軍の将を迎えにすぐさま出航せざるを得なかった。七割の艦艇を奪われ、残った三割にその乗員を収容したまま立ち往生しているというのである。

「提督。周辺恒星系に、可能な限りの高速艦を集結させております。いささか天井は低くなりますが、この艦で赴いては手遅れでしょうから」

 副官のアルフレッド・ドロッター大佐は心得たものだ。上官の暴言に動揺も見せず、隣席のコンソールから救助艦隊の編成を手早く終えていた。

 イワシューは、部下のジョークを笑ってみせた。一九七センチの身長は体制軍将校の中で四番目だが、艦内で頭をぶつけることはない。極限まで質量を絞った高速艦であってもだ。

 確かに、管制室が統合されたこの空母デルハーゲンの艦橋は広々している。上部の提督府でこうしたやりとりが行われていても、下部フロアの乗員たちは気づきもしない。兵員室の予備すら無い高速艦とは別世界だ。

 それが悩みの種である。高速艦で現場に間に合ったところで、愚か者たちを乗せて逃げ帰ってくるわけにはいかないのだ。艦艇の半分は奪い返さなければ、全員を生還させるのは不可能である。現場の詳細は知らないが、三裂星雲の中間補給基地まで戻るにも、水か酸素が保たないという状況に違いなかろう。

「巧妙ですな。噂は本当のようで」

 声のトーンは低かったが、コンソール操作が止まらないところを見るとドロッターに恐れは無いらしい。

 システィーナ・ハーネイ少将。あの女なら、やりかねない。五年ほど前から配属先が分からなくなり、暗殺説や亡命説が囁かれたものだ。それが最近、極秘任務で辺境の実験施設へ赴任しているとの怪情報に接した。

 ランダムな遺伝子コードの子供を大量に誕生させ、一四年間の徹底した管理教育によって天才を見いだすという、オルフェウス計画唯一最大の実験施設だ。子供たちの遺伝子には一五、六年で寿命を終えるよう細工がなされている。非人道的な実験だが、体制政府の方針に逆らう術はない。

 ハデス計画によって甦ったハーネイ少将は、二一世紀最大の天才であり、旅の時代の仕掛け人でもあった。彼女にとって、現代の地球圏の命運など関係ないのだろう。

 イワシューは、上部フロアのメインパネルに目的地の概要を投影させた。オルフェウスとは、人工物で表面が埋め尽くされた惑星か? そうではない。直径およそ一万キロメートルの球体は構造体そのものが人工物で、内部は空洞ということだ。人類最大の建造物が、こんな辺境で人知れず運用されていたとは、感心するばかりである。

「提督なら、強行着陸という選択肢もあったでしょうな」

「私でなくても、それしかないはずだが……」

 もっと小さな天体を予想していたが、惑星並みの大きさであれば攻略に失敗したとて不思議ではない。逆にいえば、相手の防衛網は隙だらけのはず。艦の一隻や二隻、降下させられないわけがない。地上には酸素も水も食料も、いくらだってあるだろうに。

「鎮圧部隊を指揮したジェイス・エイメルス中将とは、どういう人物かね?」

「よくは存じませんが、無能という評判は耳にしません。実戦経験も豊富だとか」

 二六歳の提督は、振り向いた一二歳年長の副官の目を見た。互いに分かっているのだ。敗北した者の能力など、はなから期待していないことを。

「提督。特殊部隊が我々に同行すると言ってきています。ヴァーツラフ・コムザーク元帥の直属とは、我々の行動はホットラインで筒抜けですな」

 レキシコンという三人組。聞いたことはないが、目的がはっきりしているのがかえって安心だ。秘密結社ザロモンが軍や政府に潜り込ませているフィンガーステッチであったら、ひとときも気を抜けない。

「お目付役か。まあいい。艦載機三機なら、汎用のアスロックではなく小型のインバルガスを積ませろ」

 ドロッターはニヤリとしてコンソールから指示を伝えたが、その意図は余計な荷物を減らしたいからでも、艦隊総司令の息のかかった者への嫌がらせでもない。都市戦に向き、敵に知られていない機体の方が任務に適しているのだ。それも察せず逆恨みする連中だとしたら、役には立つまい。

 視線をコンソールに移すと、イワシューは即座に敵との戦力比を割り出した。エイメルス中将が率いた艦隊は、空母/三四、戦艦/七四、巡洋艦/二三七、駆逐艦/八九〇。その七割が敵になったとなると、状況は絶望的だ。

 タイムリミットは概ね一〇日。そのうち、艦隊の編成と出航までに一二時間、遠征に八日は要する。それまでは、準備に力を注ぐだけだ。

「ドロッター大佐。立てるかね?」

「無重力の方が都合がいいと、おっしゃりたいのでしょう? とんでもない。それ……」

 小太りの部下のジョークを、鈍い衝撃が遮った。

 続いて、うわずった声が下部フロアから響いてきた。

「提督! 早くコンソールからご指示を!」

 艦長のマルオ・モリノ大佐である。奥の指揮席から勢いよく降りたまではいいが、俊敏そうな体型は見かけ倒しであった。彼は、転倒して0・6Gの人工重力を張られたフロアに顔面を打ちつけたのだ。

 ただし、笑い声はどこにも無い。三十代で八〇〇万トン級の巨艦を指揮するのは早い昇進だが、彼には部下を萎縮させるような威厳は感じられない。細い一重の目は感情が読み取りにくいが、アジア系は概してそうだ。乗員たちは艦長に気を遣ったのではなく、索敵に必死なだけのようだった。

 艦橋には慌てた艦長以外の騒音はなかったが、外ではサイレンが鳴っているのだろう。乗員が次々に入ってきては席に着いている。

「壮観なものですな。このデルハーゲン、就航以来初の第一戦闘配置のようですよ」

 コンソールにつかまりながら、小太りの部下が下部フロアを一望できる場所まで歩いてきた。無重力区域での任務が続くと、誰しも悩まされる症状である。

 イワシューにとっては七五のコンソールを埋めていく乗務員らの姿より、前面メインパネルに映る戦況の変化こそがエキサイティングであった。

「ガズミクが、エイメルス中将の件を掴んだのでしょうか?」

「ならいいが」

 その一言で、腹心の部下はすべてを理解したようだった。

 オルフェウスへの鎮圧部隊が出撃したのは半月前。戦闘開始直後に奪われた艦艇があれば、そろそろ太陽系にたどり着く頃である。エイメルス中将からの救援要請の直後、かの地のワープ通信基点は破壊され、一切の情報が得られなくなっているのだ。あらゆる可能性を考えなければならない。


   2


「僚艦からの映像、解析完了しました。ガズミク艦の大口径バリオンビーム。距離四万四〇〇〇キロと推定されます」

 謎の衝撃から四分。下部フロアでのエンジニアの報告は、緊張感を欠いているように思われた。

 メインパネルには、左舷の化学(ケミカル)シールドが損傷する瞬間が映し出されている。戦闘中ならサブパネルにすら載らない情報だ。ガズミク艦からは射程範囲外で、こちらからは電磁シールドのノイズで艦影さえ捉えられない距離である。流れ弾と考えるのが妥当だろう。天王星軌道上とはいえ、近くに天体も艦隊も存在していないのだから。

 この非常時に戦闘を避けられた安堵の一方で、イワシューは苛立ちを感じていた。下の連中は結局、デルハーゲンは落ちないと思っているのだ。六年前にデルハーゲン・タイプ四番艦レーモンが大破した一件も、今では事故と見なされている。あの戦闘に参加した者は多いというのにだ。

「よろしいではありませんか。モリノ君は、提督の器ではないのですから」

 同じ大佐でも、提督府に属する者は将軍と同じダークグレーの軍服に身を包む。ライトグレーの大佐が、ダークグレーの少佐に敬礼することもあるだろう。この小太りの男から見れば、空母の艦長など持ち駒の一つにすぎないのだ。

 それは、任官以来八年間、大型艦の提督府を渡り歩いてきたイワシューとて同じだが、ライトグレーやその下のグリーンやブルーの軍服の者たちの心情は分かっているつもりである。

「奢りかもしれんぞ。少なくとも、下の連中はそう思っている。次の提督が乗り込んでくるまでの数時間を、千載一遇のチャンスだと錯覚することだろう」

 そう言われてはドロッターも深くため息をつくよりなく、ヨロヨロと奥の方へ歩いていった。天王星のウンブリエル基地まで、あと七〇分。荷物をまとめるにはちょうどいいタイミングだ。

 いよいよ、そこで第一、第二遊動艦隊が合流し、ある作戦が実行されるのである。イワシューはこの第二遊動艦隊八一〇隻を指揮してきたが、第一遊動艦隊提督ラリー・マクレーン准将に全権を託さなければならなくなった。

 モリノとは対照的に立派には見えるが、マクレーンという男、IQは決して高くない。七一歳という年齢は、生き延びたがゆえの昇進を示しているのだろう。

「右舷後方二五〇〇キロにワープアウト反応多数。識別コード確認。第一遊動艦隊です」

 オペレータの声が軽やかに響いた。

 メインパネルに漆黒の艦体を晒し、デルハーゲン・タイプ二番艦デルベレシスが突出してくる。

「本艦に並ぶらしいぞ。調整してやれ」

 モリノの指示も弾んでいる。

 メインパネルは僚艦からの映像になり、この真紅のデルハーゲンが漆黒の同型艦に並ぶ様子が捉えられた。これほどの巨艦同士が接近する機会は滅多にない。各々一二枚の離着陸甲板は閉じられたままで、薔薇の花ような華麗さを味わえないのが残念なほどだ。

「くそジジイめ。くだらん演出を」

 イワシューは独語しながら、こみ上げてくる笑いをかみ殺した。自分は見ていないが、つい最近、そのような機会があったことを思い出したからである。

 同じく二隻のデルハーゲン・タイプ、すなわち三番艦アクトランドと七番艦グラン・ディマージュが、オルフェウスの反乱鎮圧に揃って出かけたのだ。水色とこげ茶色の艦体がこうして並んでも、壮観さにおいては劣るだろう。それが二隻とも奪われた。そして、これからそれを取り返しに行く。一〇万トン、二〇万トンの戦艦、空母を一〇〇隻ばかり連ねてである。あまりに滑稽だ。

 高速艦といっても、運動性能が高いわけではない。一回のワープ航続距離と、次回ワープまでのスタンバイ時間が短いに過ぎない。ワープ機関が艦体の大部分を占めているため、一般の艦艇より鈍重でさえある。

 無補給で三七〇〇光年の大遠征を行っているガズミクに対し、わが軍の艦艇がワープ性能で大きく劣るのは止むを得ない。物量で圧倒的に上回る我々が、ガズミク本星攻略に踏み出せない理由はその一点に尽きる。しかし、そのもどかしさを違う相手に感じるとは、ついさっきまで思いもしなかった。

 ひょっとするとオルフェウスの連中は、奪った艦隊で地球圏へ攻め込むより、救援隊を待ち伏せて一網打尽にしようと企んでいるのかもしれない。彼らの当初の目的は、非人道的な実験をザロモンに告発するために地球へ乗り込むことだった。だが、彼らが独自に建造した(!)ワープ可能な宇宙船は破壊される。

 かくして、危険分子の掃討作戦は開始された。エイメルス中将の今回の任務である。

 煽動した者がいるにせよ、彼らの組織のほとんどは無垢な子供たちで構成されている。それが実戦を体験したために、観念的な倫理観が崩れ去って殺戮のみが目的になったとしても不思議ではない。となると、これは手強い。

 衛星ウンブリエルが見えてきた。艦隊は一応の安全圏に入った。提督府の一四名を連れて、まずは一一・八光年離れたチェスキー星系へ飛ぼう。

 任官九年目の若き提督は、半世紀の戦争経験者への挨拶もせぬまま、艦橋を後にした。


   3


 腹立たしい報告がイワシュー准将の耳に届いてから、五時間あまりが経過していた。チェスキー。今やどんな老朽艦でもワープ一回の距離にある恒星系である。すでに、五八隻の高速艦が集結しており、このいびつな艦隊を守るための空母と巡洋艦も一〇〇隻ほど派遣されてきた。当然、それらはワープ能力の低さゆえ救援艦隊に同行できない。

 イワシューは、ドロッターと共にその巡洋艦の艦橋で出航を待っていた。ガズミク艦隊の襲撃を受ければ、高速艦が殺られる公算が大きいからだ。

「ここより狭いのだろう? 八日も缶詰にされてはたまらんな」

「八日で済むとお考えで?」

 艦長席より下段のコンソールでのやり取りに、乗員たちは聞き耳を立てているようだった。このクラスの艦が旗艦になる局面は少ない。あるとすれば、数隻からなる旅団のような小編成。提督の他に副官や何人もの作戦参謀が乗り込むことはない。艦長席の横に提督ひとりが座るか、艦長が提督を兼任するのが通例である。だから、珍しいのだろう。

「済ませるとも。勝敗はともかく、戦いは短時間で決する。なにしろ、こちらには一日の猶予もない」

 軍の上層部への皮肉ではなく、提督にとって素直な感想だった。

 ここは、最初期に開拓された四つの恒星系の中で、格別の意味を持つ。後にガズミクを名乗る第一次移民を送り出したラリベラも、侵略者にとっては第二の故郷として重要だろう。だが、地球圏の人間にとっては、その二五年後に第二次移民を送り出したチェスキーこそが宝なのだ。

 人類の弱体化が始まる直前、いや、とうに始まっていたのだろうが、ここには科学文明の頂点に至った確証がいくつも残されている。建造後八〇年を経たメガラニカ国際宇宙ステーション、惑星サンサダールの自立生態系ドーム、そして、惑星ギノックス軌道上の巨大工業プラント。

 それらを生み出した技術者たちは、二億八〇〇〇万の移民とともに四八〇〇光年の彼方へ旅立ってしまったが、そのテクノロジーはザロモン体制の基礎となっていくのである。一方でその移民者たちはシリンという国家を建設したものの、荒涼たる大地で内戦に明け暮れ、衰退の道を進んでいるという。皮肉なものだ。シリン本星のある渦陽星の場所は最大級の機密であり、未だガズミクには知られていない。

「高速空母マーボルト改、八隻ワープアウト。ラリベラ、フレーネック、ルイテンB各恒星系基地へも集結完了しました!」

 旗艦となる高速戦艦ユライシンから、イワシューの巡洋艦へ報告が入った。

「各基地毎に順次出航しろ。三裂星雲の中間補給基地ルアールジュで合流する」

 予定より三時間ほど早いが、指示を終えた提督に喜びは一切なかった。勝ちを計算して挑める戦いは、そう多くない。だが、ここまで悪条件の任務はこの先もないであろう。

 艦橋を出る時、その不安をドロッターに言い当てられた。

「二隻のデルハーゲンを中核とした艦隊への攻撃プランは拝見しましたが、肝心のものが抜けているかと」

「認めざるを得ないようだな」

 イワシューは、この件に関わって初めてため息をついた。体制軍旗艦ルーブルが、子供たちの手に落ちたという事実である。全長二五〇〇メートル、運用質量一億トン。デルハーゲンなど物の数ではない。

 そう、オルフェウスにいるのは、ハーネイ少将と千人ないし二千人の教育チーム。残りは、一五歳以下の子供たちだけだ。

 この子供たちこそ、遺伝子コード改変に行き詰まった我々が苦し紛れに行った実験の産物である。その成果は……、知ったことではない。

 いくら大きくともデルハーゲンは空母。自動迎撃の火力は小さい上、そうした事情から艦載機を乗りこなせるパイロットなど、ほとんどいないと考えられる。

 だが、ルーブルは違う。万一の時には、オルフェウスそのものを破壊するために派遣された最大最強の戦艦である。就航以来、自動で稼働したという記録は無いが、四門の二・七次元震動砲は一撃で太陽を粉砕し、重力シールドはあらゆる攻撃を無力化してしまう。

 それでもチャンスはある。まともな軍備を持たないオルフェウスが、不沈艦ルーブルをまんまと奪取したのだ。その逆もある。


   4


 無数に漂う褐色の艦影の奥に土星のリングを目視しながら、ヨロメーグは艦橋に足を踏み入れた。四二歳。ガズミク第一機甲師団において最も若いメンバーズエリートが、最新鋭艦ベーゼンドルクの指揮権を手にした瞬間である。

 広大かつ複雑に入り組んだ室内は一見無秩序だが、ワンフロアに全席を配置した機能性の高い設計なのだ。四〇名の艦橋乗務員たちは、もう中央通路の左右に整列し、新指揮官を迎えるべく敬礼していた。最も手前の長身の青年だけが、よく知る部下である。

「随分、ご立派になられましたね」

 体格だけが自慢のハモンド・トシム士官らしい感想だ。

 敬礼したまま直立する彼の前まで歩いていくと、その帽子の頂点までが視界に入った。ベーゼンドルクへの乗艦は初めてであり、ここには彼以外新参の部下ばかりのため、生体改造で身長が三〇センチも伸びたという実感が得られない。二、三日後には、旧知の艦長らが前旗艦ワルキューレから引継を終えて乗艦してくる。その頃には調子も出るだろう。

 ヨロメーグが敬礼を返すと、なじみの部下を初め艦橋乗務員らは次々敬礼の手を下ろし、各々のコンソールへ着いていった。

 バールベック、バラクーダに続く三隻目のビショップ級戦艦の就航である。ヨロメーグも中央の指揮席に腰を下ろし、最初の指令を出した。

「全艦、ワープ準備。目標、ウンブリエル。ワープアウトと同時に総攻撃を開始する。二隻の薔薇に集中砲火せよ」

「閣下! 赤い方もでありますか?」

 トシムが声を荒げ、コンソールから飛び降りた。

「無論だ。最後通告はすると言ってある。無能なスパイは命取りになるからな」

 熱くなるのも早ければ、冷めるのも早い。彼は納得した様子で席へ戻っていった。エンジニアとしては優秀なのだが、戦術家の才能は見られない。

「全艦ワープポイント設定完了」

「空母オリゲルドよりワープ通信。回線開きます」

 二人のオペレータの声がほとんど重なった。

 メインパネルに、浅黒い肌の精悍な顔立ちの青年が映った。猛将と恐れられているマツー将軍である。といっても、それは敵の評判。わが軍では、第一機甲師団総司令の「軍人マー」をもじった「善人マツー」という、あまり格好よくない俗称を持つ。

「ヨロメーグ閣下。サンサダール・チェスキー付近にて、敵の長距離巡航艦を三三隻確認。大型艦三隻の長期未確認と関連があるかと」

「やはり、敵は第二次移民とも交戦状態にあるようだな。しかも、事態は逼迫している」

 ヨロメーグは、少々時間が欲しかった。シリンはどこにあるのか? 国力はいかなるものか? 対外政策はどうか? 何一つ分からない状態では、地球解放がどう影響するか判断しかねる。

「作戦に変更がなければ、本艦隊も合流しますが」

 直属の部下ではないが、彼の有能さは誰もが知るところ。その旗艦は空母オリゲルド。ベーゼンドルクより格下のナイト級とはいえ、質量は逆に大きく二三〇〇万トン。艦載機も一〇〇〇機を超える。その麾下には、ナイト級、ルーク級、ポーン級総勢一六〇〇隻の艦艇と九万の将兵。それが加われば、戦力は倍増といっていい。

 天王星に集結している敵艦隊が、わが軍の太陽系前線基地である要塞艦ハンニバルへの総攻撃を目論んでいるとの情報は、ガセかもしれない。彼らが対シリン戦に戦力を割いている現状からすると、攻撃を免れるための陽動作戦といったところだろう。あの程度の火力で、ハンニバルが落ちようはずもない。

 わずかな損失で叩けるとしても、目の前の敵は全艦隊の一割にも満たない。それより、戦力を分散して敵の動きを封じた方が、得策かもしれない。

 果たして、敵の敵は味方か? シリンが我々に接触して来ない理由は何なのか? 第一次移民当時入植可能とされた惑星はすべて調査されたが、何の痕跡も見つからなかった。その事実が、一つの結論を導き出す。

 そもそも、我々の後に第二次移民など無かった。シリンという国家は敵のでっちあげであり、外交の駒に過ぎない。とするならば、善人マツーの目の前に集結した変則的な艦隊の目的地が謎として残るが……。

「作戦に変更はない。参戦を歓迎する」

 ヨロメーグは、長い思索の末に決断した。長いといっても一秒には満たない。大脳の改造で、思考速度が二桁以上上がっていたのだ。


   5


 ビショップ級戦艦ベーゼンドルクは、一五〇〇隻の艦艇を従えて天王星の衛星ウンブリエル付近へワープアウトした。ナイト級空母オリゲルドを含む一六〇〇隻も、ほぼ時を同じくして付近へ現れた。いずれの艦隊も、前衛には長距離砲を備えたポーン級突撃艦が配置されている。

「閣下。全艦、敵艦隊の四〇パーセントを射程範囲内に捉えました!」

 そして、こちらの最前衛さえ、まだ敵からは射程範囲外である。

「全艦砲撃開始! 目標、黒い薔薇。ウンブリエルの防空圏に注意しろ」

 ヨロメーグの指示は簡潔だった。

 二隻のデルハーゲン・タイプのうち二番艦デルベレシスだけが標的に選ばれたのは、距離が近かったからに過ぎない。ただ、ラリー・マクレーン准将が戦死し、マルオ・モリノ大佐が命を存えたことは、ガズミクにとって幾許かの意味があるだろう。

 黒一色に塗られた艦体の解体していく様が、天王星の淡い黄色を背景に映えている。それに巻き込まれるように、数十隻の僚艦が大破していく。

 ビームも電磁シールドも、出力はこちらが上である。レーザーにしろビームにしろ、一点に一定時間照射しなければ効力は無い。体制軍艦艇の装甲にコーティングされている化学シールドは、命中したビームのエネルギーを瞬時に拡散させてしまう。また、両軍とも使用する電磁シールドは、ビームの軌道をランダムに変化させ瞬間毎に命中点をずらす。

 真空に近い宇宙空間でも、射程距離が数千~数万キロメートルしかないのはそのためだ。よって、攻守ともに出力の大きさが勝敗を決めるのである。

「敵の陣形が、変わってきています。ワープの恐れあり!」

 トシム士官が叫んだ。ベーゼンドルクの艦橋乗務員の中で、彼が最初に気づいたらしい。ワープアウトから三五分。現状で再ワープ可能なのは本艦だけである。敵もその程度のことは経験から分かっているだろう。何という物量。いくら沈めても、敵が減ったという実感が無い。(存在すればの話だが)シリンへの派兵を行ってなお、余剰戦力があるということか。

 すかさず、オリゲルドからマツー将軍の通信が入った。

「わが艦隊は、散開し衛星オベロンへ向かいます。それで、敵の援軍を分散させられるでしょう」

「分かった。艦載機も準備しておけ」

 ヨロメーグの指示は、また短かった。

 だが、出す気など無い。空母はたいがい、艦載機の発進直前まで外部にそうと知られない構造になっている。が、発着口を開けたりカタパルトをスタンバイさせたりして、敵を威嚇することもある。今回は、明らかに後者だ。

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