不勝神話 ~ワールプール・サン(1)

サンロフト

序章 旅の終わり

 ゲーテ、モーツァルト、ダ・ヴィンチ、ニュートン、アインシュタイン。そんな天才たちが、同じ時代の同じ場所に生きたとしたら……。

 そんなことが二一世紀中盤頃、現実にあった。サロンであれ、ネットであれ、天才たちが集っては常人には理解不能な先端科学をつくりあげていった。ワープ技術の獲得、周辺恒星系の開拓、そして、二度に渡る数千光年彼方への移民と、社会が激変した半世紀であった。

 食料問題、環境問題、その他の難問も次々改善の方向へ動きだした。世界中の埋もれた才能が開花したのだと、誰もが熱狂していた。だが、それは誤りであった。

 一〇〇年に一人の天才が同じ時代に五人も生まれたのは、遺伝子コード改変の流行に過ぎない。過度の遺伝子コード改変は均質な人間を増産し、人類の平均知力はわずか一世紀で下降に転じてしまった。

 彼ら五人にしても、貨幣制度を廃止することで企業等の利権を消滅させ、あらゆる特許を自由に使えるようにしただけであった。資本主義社会が培ってきた智の遺産を、短期間で浪費した以上のものではない。

 実機ワープ試験が成功した西暦二〇七一年から、渦陽星(ワールプール・サン)系への最後の移民船が出航した二一三四年までを、現代の歴史では「旅の時代」と呼ぶ。

 熱狂の覚めた後は、周知の通り。政治や経済のシステムが崩壊し、地球圏(太陽系を中心とする周囲数十光年)はザロモンと名乗る秘密結社の支配下に置かれてしまった。これが、緊急体制政府である。

 無論、体制への抵抗は強かった。しかし、一億七〇〇〇万の犠牲者を出しながら、ザロモンを倒すことが叶わず、第二次緊急体制政府の誕生となる。

 間もなく、ガズミクという国家を築いた第一次移民による地球解放戦争が勃発し、地球圏の人々は不本意ながらもそれを迎え撃つ形となった。

 ガズミクはタイタン基地奇襲から二週間で土星域の制宙権を獲得したものの、三五パーセントの艦隊を失って防戦に転じた。残存艦隊の掃討に出た体制軍だが、艦艇の性能と将兵の能力差から作戦はことごとく失敗。

 ザロモンも愚民化政策を改めざるを得ず、人間の遺伝子コード改変を八〇年ぶりに再開した。同時に、過去の天才を甦らせる「ハデス計画」と、大規模な管理教育から天才を選別する「オルフェウス計画」が実行に移された。しかし、前者は体制軍内に軋轢を生み、後者は反乱によって終焉を迎えたのである。

 時に西暦二三〇一年。フランツ・R・イワシュー、ヨロメーグ、ニキ・バックヤール、ピョートル・I・モトロー、モニカ・サーブル、システィーナ・ハーネイ。「旅の時代」の始まりを彷彿させる六人の天才が、歴史の表舞台に登場した。

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