捜査編

第62話 山田太郎殺人事件 15

    ◆





 シバの部屋にあった死体は、老警部とポンコツ刑事が検分を行った。

 結果、死後からはかなりの時間が立っているという結論に至った。

 理由は首を切断されているのにも関わらず、出血がほとんど床に無かったためであった。恐らくは昨晩の間に殺害された、と見られている。ただ正確な検死ではないので、あくまでも参考程度に、ということのようだ。

 では、その死体は誰か、ということだが、正直な所が分からない、というのが結論だそうだ。

 中肉中背の男性というのは分かるが、実際に彼だ、という確信が出来るものがないとのこと。

 死因は不明。

 身体の方には致命傷になるような傷はなく、恐らくは頭部の方に何らかのダメージが与えられた可能性があるということ。もしくは斬られた方の首に絞められた跡があるかもしれない、という推定のみ。いずれにしろ特定は出来ないそうだ。

 ただ、首を斬られた場所は分かっている。

 シバの部屋の風呂場。

 そこに血がこびりついていたため、また風呂場に刃物が当たったらしき痕もあったので、ほぼ間違いなくここで首を斬られたとのこと。

 そこまでが検分結果。

 また、山田から、マスクが盗まれていることが申告された。

 申告通りに六個。

 いつ盗まれたのかは不明とのことだ。少なくとも昨日から部屋の鍵を閉めていなかったらしい。彼曰く『こんな不気味な人間の部屋に侵入するとは思っていませんでした』とのこと。不用心だな、と思う反面、人と接する上でそういうことがあったと、少し悲しくなった。


 因みに。

 首だけの死体と首無しの死体のインパクトが強すぎて忘れられている人もいるかもしれないが、もう一つ、切羽詰まった事態だったのだ。

 燃えていた『幻の塔』。

 結果を先に言うと、塔の延焼は既に止まっていた。

 塔の周辺が開けた場所であったこと、風がほとんど吹いていなかったこと、あとこれは推定ではあるが塔の内部に木材などの燃え広がるような素材がほとんどなかったことが功を奏したのだろう、森に火が移ることもなく、自然と沈火していた。

 それはニイとヤクモが塔の近くまで向かって確認し、私も遠ませながら見たので間違いがないことだ。

 一つの心配要素が減った。

 よかったよかった。


 ……いや、よくない。


 結局、塔の内部にあった外部との接続設備は壊れたままであり、その修理に入るには塔は危険な状態、ということなのだから。

 更に補足だが、今回の首の切断に使われたと思われる刃物は、塔の外の倉庫にあるらしい。そこは塔の入り口とは反対――ちょうど爆破があったと思われる地点の為、もしかすると犯人は道具を取ったことを隠すために爆発させたのかもしれない。いずれにしろ、そちらについても今は確認できない状態とのことだ。



「……以上が、今の状況となっております」


 食堂。

 そこに人々は集まっていた。

 いるのは、ニイ、サエグサ、ヤクモの従業員三人、ミワ、ゴミ、ロクジョウ、山田、老警部、ポンコツ刑事、母親、兄。

 いないのは二人。

 イチノセ。

 シバ。


「もう犯人はシバじゃないのか?」


 ゴミが言葉を投げる。


「イチノセの首があって、シバの部屋に胴体があった。あいつらは知り合いだってことだから、もめごとでも起こしたんじゃないのか?」

「その可能性は非常に高いと思われます」


 老警部は首を縦に動かす。


「但し、まだあの胴体がシバさんのものではないという確証が持てていない為、そう断定は出来ません」

「それにさー、そうなった時、シバさんはどこにいるんですか?」


 ミワが問うと、ゴミはふんと鼻を鳴らす。


「シバは今、島のどこかに隠れているんじゃないのか?」

「どうして?」

「どうして、って、衝動的に殺してしまって、逃げているんじゃないのか?」

「それは有り得ないよねえ」


 ミワが否定の言葉を口にする。


「これは明らかに計画されたものだよ。少なくとも、突発ではないね」

「何でそう言えるんだ?」

「だって首を斬られているんだよ」


 自らの首を差すミワ。


「首って結構固いし、斬るのって相当手間だよ? 骨もあるしね。衝動的に殺したんだったら、何でそんなことをするのさ?」

「それは……」

「それに、斬るための道具が塔の外にあるっていうのを調べておかないと駄目じゃん。殺してから探しに行くのって相当手間だよ。事前調査をしなくちゃ分からないよ」


 あとさ、と畳み掛けるように言を積み重ねる。


「何でシバさんは塔を爆破したのさ? イチノセさんの首を曝け出す様に放置した後に火をつけたのさ? その首を回収する必要はどうしてあったのさ? どうして胴体を部屋に晒したままだったのさ? どうして山田さんのラバーマスクを被せたのさ? どうしてまだラバーマスクを所持したまま逃げているのさ? あと……」

「ああ! もううっさいなあ! 俺が間違っていたよ!」


 ゴミがダン、と机を叩く。


「衝動的ではないのは分かった! だがシバが犯人なのは間違いないだろ!」

「だから何で、って聞いているんだってば」


 ミワもひるまずに反論する。女子高生探偵をやっていると、こうやって相手になめられて話を聞いてくれないことも多々あったのだろう。


「計画的殺人でシバさんが犯人なら、どうして自分が犯人ですっていうように姿をくらますのさ。それこそ計画して自分が犯人にならないようにすればいいじゃない」

「っく、それは……」


 言葉に詰まるゴミ。

 が、思いついたように顔を上げると、


「そ、そうだ! 敢えてこの場にいないように見せつけたんだ!」

「ん? それはどういうことなんですか?」

「シバが犯人。それは変わらない」


 ゴミが眼鏡をくいっと上げる。


「だが『シバという人物が逃げている』。そう思わせることが重要だったんだ」

「そう思っていたのはゴミさんじゃん」


 ミワのヤジを無視して、ゴミは続ける。


「シバは逃げていない。それどころか――この場にいる」


「はあ?」


 呆れ声を返したミワに、私も同意する。

 ゴミの言いたいことは分かるし、言おうとしていることも分かるが、あまりに安直すぎる推理だ。推理すらなく、言いがかりになるだろう。

 本当に細かいことを考えずに、思いついたことを言うだけ。

 ゴミという男の底が知れた。

 恐らく、彼はこういうのだろう。


「シバは――」


『私だ、と言いたいのでしょうか?』


「……っ」


 出鼻をくじかれたようで、ゴミは再び言葉に詰まる。

 当然だ。

 だって犯人のトリックを見破ったと思ったら、その当人から推察を言われてしまったのだから。

 正確には言ったのではなく、提示したのだが。

 山田太郎。

 彼が持つタッチパッドにはそう記載してあった。


「っ、そうだよ!」


 ゴミは指先を山田に突き付ける。


「シバは『山田太郎』としてこの場にいる! 外部からの侵入を防げば問題ない、と思わせて内部で殺人を繰り返すつもりなんだよ!」

「顔が見えないからって行方不明者が成り代わっている、って安直だねえ」


 ミワが首を横に振る。


「じゃあもともといた山田さんはどこに行ったのさ?」

「昨晩にシバと二人と一緒にいるのはみんなも見たから、山田太郎という人物はいるんだろうさ。だから、どこかに軟禁しているんじゃないのか? 入れ替わるタイミングは色々あるはずだ。昨晩からな」

「じゃあ館を探せば山田さんがいるってこと?」

「もしかすると殺されているかもな」


 それこそ本末転倒だ。

 無茶苦茶を言っているのを理解しているのだろうか。


「山田さんを殺して入れ替わるのならば、それこそイチノセさんを殺害したことを見せつける必要なんかないじゃないか。死体が無ければ謎の失踪、っていう形で済むんだから」

「さっきも言った通り、内部からの犯行を油断させる為だ。それ故に死体が一つ必要だった」

「だったらイチノセさんの首を見せる必要はないじゃん。シバさんの部屋の死体だけで十分だよ」


 それにさ、とミワは付けたす。


「私がもしシバさんで犯人だったら、自分を行方不明にする際にイチノセさんも行方不明にするよ。そしてその後、誰かに攫われた、とか言って外部の存在をほのめかして内部に戻ってくるよ。その後に山田さんに成り代わる。そうした方が外部の犯行に見せられて、かつ、同じ方法で逃げることも出来るんだから」

「そんな方法だと、その……」


 と、言葉を絞り出したが、反論できないようだ。


「……とにかく! 山田がその素顔を見せれば済む話だ!」


 ゴミは山田に向かって再び吠える。


「お前のその素顔がシバじゃなければこの推理ははずれなのだから! さあ見せろ!」


『嫌です』


 山田は、はっきりと断った。


『昨日も言いましたが、私のマスクを剥がそうとするものは誰であっても許しません。物理的でもそうでなくてもです』

「お前が素顔を見せないということは、犯人だと言っているようなものだぞ」

『犯人ではありません。

 ですが、マスクの下を見せるのは絶対に嫌です』


 山田は強い意志でそう綴っているようだ。


「じゃあお前が犯人だ! 間違いない!」


 ゴミはもう滅茶苦茶だ。理路も何もない。

 しらっとした空気が食堂に流れる。


「な、何だよ、お前ら……俺のどこが間違っているんだよ!」


 ゴミが机を再びに拳を叩きつける。

 誰も擁護しない。

 間違っているのはゴミの方なのだから。

 そんなの赤ちゃんでも分かる。

 実際に私、赤ちゃんだし。


『いいえ。あなたは至極真っ当ですよ』


「えっ?」


 みんなが驚きの声を上げる。

 彼を擁護する声。

 よりにもよって一人だけ――声の出ない彼だけが、ゴミを擁護した。

 山田太郎。

 彼はタッチパッドを叩く。


『私はこんななりですし、怪しいです。

 だからあなたが言ったように成り代わりなど考えられるでしょう。

 疑われるでしょう。

 それは仕方がありません。

 怪しいのですから』


「……」


 ゴミが目線を逸らす。流石にバツが悪いのだろう。

 あれだけ犯人犯人言っていた人間からこんな言葉が投げられたら、正直反応に困るに決まっている。

 それを分かっていてか分からずか、山田はこんな提案をしてきた。


『だから提案です。

 私を あの「懲罰房」に入れて監視してもらえませんか?』


「え? あそこにですか?」


 ニイが難色を示す。

 流石にあの施設に人を入れることは同意しにくいだろう。

 だが、


『私の無実を証明する為でもあるのです。

 お願いいたします』


 山田は頭を下げる。

 まっすぐで綺麗な頭の下げ方だ。


「……分かりました」


 ニイもそんな山田の気持ちが伝わったのだろう、首を縦に振った。


「但し、あなたの無実をより証明するべく、私もあの部屋の前で見張らせていただきます」


 見張り。

 というのは言葉だけで、恐らくは客にそんなことをさせることに負い目を感じているのだろう。それ故の自責の念で、同じところに入るのは色々な障害があるので出来ないので、せめて外で同じような境遇で過ごそうという意気込みなのであろう。

 そう解釈した。

 山田も同じように解釈したようで、


『分かりました。

 お手数をおかけしますが、どうかよろしくお願いいたします』


 再び頭を下げた。



 こうして山田は、懲罰房に入ることとなった。

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