第58話 山田太郎殺人事件 11
◆
午前七時。
部屋にある時計が正しければ、その時刻に私は目覚めた。
横には母親。いつもはベビーベッドで寝ているから珍しい光景だった。
私の逆隣りには兄が寝ている。
本当に邪気のない顔をしている。眼福眼福。
やがて母も兄も起き、私達は食堂へと向かった。朝ごはんは聞いていなかったが、バイキング形式のようだ。
私? 私は事前に母から朝食を摂りましたよ。美味しそうな朝食なのに食べられないのにきついですよ。これがあとどれくらい続くのか考えたら憂鬱になるよ。〇歳児から鬱という現代の闇に囚われてしまうよ。嘘だけど。
食堂では人がまちまちといた。ニイもサエグサも、ヤクモと共に食事を忙しそうに運んでいた。料理人のヤクモまで出なきゃいけないとは、従業員足りていないのでは、と思うのだが、実際は大食らいが二人いるという特殊な事情故にだろう。
一人はロクジョウ。筋肉質な体型にあう食べっぷりだ。
もう一人はポンコツ刑事。
……おい。その小さな身体のどこに入っているのだ。きっと乙女がうらやむ体質なのだろう。
そんな波乱の朝食を終え、小休止をした後に、私はベビーカーに揺られて舗装された道を辿って塔へと向かった。
塔の前。
今までの森の中とは打って変わって開けた場所。風が塔の周りに巻き付くように吹き荒れて森を吹き飛ばしたかのようなイメージだ。もっとも、今は無風であるから証明できないが。そもそもそんなこともあり得ないが。多分、建設上の何かの縛りだろう。
塔そのものについては古臭く、こちらもこだわりを感じた。入口もかなり大きな木の扉であり、雰囲気を醸し出している。こういうの大好き。早く中に入りたい。
そんな逸る気持ちは、まだ誰も入っていないことで収まっていく。
塔の前には既にほとんどの人が集合していた。
案内役のニイをはじめ、主催者側のサエグサとヤクモ(格好はコック服ではなくニイと同じようなスーツに着替えている)、ミワ、ゴミ、ロクジョウ、老警部、ポンコツ刑事。
そして山田太郎。
相変わらずいい天気なのに暑苦しい恰好をしている。いつものタブレットも左手に持っている。
「九時になりましたね」
ニイが塔を背負うようにこちらを向きながらそう告げる。決して通さないようにしているわけではなさそうだが、誰も前に出ようとはしていない。
「イチノセ様、シバ様がいらっしゃっていませんね。どうなさったのでしょう?」
「イチノセさんはまたあれじゃない? 気分が乗らないとかじゃないの?」
ミワが肩を竦める。確かにその確率は高い気がする。加えて、昨日山田と揉めたので顔を出しにくいというのはある気がする。かといってメインイベントをさぼるというのもどうかと思うが。
「でもシバさんまでいないのは珍しくないですか?」
ポンコツ刑事の問いにニイが「確かにそうですね」と頷く。
「寝坊とかでしょうか? モニターなので必ず参加していただきたいのですか……サエグサさん、ヤクモさん。申し訳ないのですが、本館に戻ってお二人の部屋に向かって来ていただくように言っていだけないでしょうか?」
「分かりました」
二人が首を縦に動かした――
その時だった。
ドゴオオオオオオンン
猛烈な爆音。
並びに一瞬の光。
無風状態だったにもかかわらず、強烈な風が前方から吹いてくた。
耳が痛い。
目も痛い。
というかびっくりしすぎて何が起こっているのか把握できない。
そんな状態が数秒続いた。
だが、何が起こったのかは前方を見れば判った。
前方の塔。
そこから火の気が上がっていた。
完全に塔が崩壊してはいないとはいえ、先程の光と爆音と強い風。
そして上がっている火。
その状況から推察するのはただ一つ。
『幻の塔』が――爆破された。
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