お腹減った事件

事件編?

第32話 お腹減った事件 01

    ◆



 三大欲求。


 食欲。

 睡眠欲。

 性欲。


 私が認識しているのはその三つだ。

 他に諸説あるかもしれない。

 知らないけれど。

 そう、私も意外と知らないことはあるのだ。

 それに、知識として有していても体験をしていないので、分からないということもある。

 三大欲求の中だってそうだ。

 食欲は分かる。

 実際に私にもあるし。母親からの母乳と市販のミルクが主だが、お腹が減ると無性に泣きたくなって鳴きたくなる。お腹減ったよー、って。だが通じるのは兄だけだ。残念ながら今も。

 睡眠欲も分かる。

 私にも眠くなる時はある。ずっと寝ているが、ふと睡眠しなくてはいけないと思う所がある。というか人間、睡眠をとらないと脳内活動が鈍ってしまう。赤ちゃんで探偵な私が思考を鈍化させるわけにはいかない。唯一出来ることなのだから。

 性欲。

 これだけは分からない。

 というか判っちゃいけないと思う。

 色々な意味で。

 そうなると人間の三大欲求は赤子には適用されないこととなる。つまり『人間の』という冠詞は不適切ではないかと思う。

 では代わりに何が必要なのか。

 そう考えた時に真っ先に出てくるのが『七つの大罪』だ。

 食欲にあたる『貪食』。

 睡眠欲も一部にあたっている『怠惰』。

 性欲そのままの『色欲』

 そしてあと四つ。


『物欲』

『憤怒』

『傲慢』

『嫉妬』


 性欲が当て嵌まらないのならば、この中のどれかが代わりになるのではないか。

 そうなると赤ちゃんの私が今持っているものは何かと考える。

 まず『物欲』はそこまでないだろう。細かいのはあるが、そこまで不自由していないし。今、私がいるベビーベッドも、母親が私を取りやすいように前面部分が外せるようになっている。母親にも優しいし、ベッドもふかふかの布団がかなりたくさんあるので、あの固かったベビーカーに比べれば天国のようなものだ。というか、布類がかなりたくさん置いてある。……まさか片付けるのが面倒だとかそういうことではないだろうな。ないと信じたい。

 因みにあのベビーカーは新調された。今は凄い寝心地が良い。

『憤怒』も、そこまではない。ポンコツ刑事に対しては、怒りというか呆れが先に来る。怒るとしても自分の無力さに対してだが、そこまでではないのも事実である。

 となると残るは二つ。


『傲慢』

『嫉妬』


 これはあるかもしれない。

『傲慢』に関しては、自分の知識と頭の良さを過信しているのかもしれない。私自身、自分のことを名探偵だと思っている。

 うん。傲慢だね、私。

 でも赤ちゃん全てがそういう傲慢さがあるかというと、そうではないと思う。

 であれば、残るは『嫉妬』だ。

 これは有り得るのではないか。

 赤ちゃんは母親を独占したいと考え、いなくなると泣く傾向にある。

 他に兄弟がいたりする場合も顕著だ。

 だから母親に関わっている人を、知らず知らずに嫉妬してしまう傾向はあると思う。

 ……私の場合は違うが。

 あの母親に構ってもらえなくて嫉妬する、とかいうのは全くない。むしろあの母親と関わると疲れるので、授乳などの食事やオムツを交換する時以外は自由にしてもらった方がこちらとしては助かる。ひどくひどい言い方だが。母親は召使いではないのだから、そういう言い方はどうかと思う、と反省をする。私は傲慢が結構多いな。

 話を戻そう。

『嫉妬』については赤ちゃんも持ち得るだろう。


 ――ここで、唐突に告白しよう。

 私の場合の嫉妬は、兄に向いている。


 さっきまで欲について語っていたが、

 それは母が兄ばっかり構っている、という普通の赤ちゃんの例に沿っているわけではない。むしろあの人は兄を自由奔放にさせている傾向にある。

 では私が兄に嫉妬していることは何か?

 それは、今までの事件のこと。



 解決したことは、



 勿論、兄が推理したわけではない。

 ただ、兄が行動したことが結果的に解決につながっている。

 そこは誰もが気が付いている。

 だから、兄が褒められる。

 だけど兄は首を傾げるのみだ。そこで自分の成果にしていない。

 それは正直、私のプライドを傷つけずに済んでいるので助かっている。

 でも兄は、私の成果にもしない。

 私が発言しているということを誰にも言わない。

 私と正確に会話を交わせていることも言っていない。

 だから私の成果にならない。

 そのことについて『嫉妬』しているのだ。

 非常に小さなことだが、私には大きなことだ。まあ赤ちゃんだからまだ器小さいけれど。

 しかし、しみじみと自分は顕示欲が強いな、と思う。

 普通でいたいけど目立ちたい、という矛盾を孕んだ赤子だ。

 赤子が孕むというのは、何だかそれ自体が矛盾している言葉だ。

 私のことはこれから矛盾ちゃんと呼んでくれ。

 ……嘘ですごめんなさい。全然おかしいのでやめてください。

 話を戻そう。

 ということで、人間誰しも持っているのは『嫉妬』ではないだろうか。

『~欲』という形にするなら、根幹にある『独占欲』になるだろうか。

 相手を独り占めしたい。

 だから相手が向いている人に対して嫉妬をする。

 つまるところ、まとめると。


 本当の人間の三大欲求は

 

 食欲。

 睡眠欲。

 独占欲。

 

 そうでないかと私は提案する。


 うむ。将来の研究テーマにしようか。



 ――さて、ここまでだ。


 私が、ここまで長々と人間の三大欲求と七つの大罪について語っていたのは、実は理由があった。

 考えることで、他のことから眼を逸らそうとしただけだった。

 何から逸らす?

 それは、先の説明にもあった、人間の三大欲求にもあることだ。

 私は、三大欲求の内の、とある一つの欲求を強く欲している。

 ここまで一年も生きていないが、生まれて初めて、ここまで欲している。

 私の中で、私が意図していない部分が悲鳴を上げている。

 低く、唸る様に。


 ――ぐう、ぐう。


 そう。

 その欲求とは――食欲だ。




 

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